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一人ひとりの物語に、一人ひとりのパナソニック

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パナソニックの人は、一人ひとりが志とそれぞれの夢を持っています。そしてそのすべては「物も心も豊かな理想の社会」の実現のためにあります。そんなパナソニックで働く一人ひとりの志や夢を… もっと読む
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記事一覧

施工管理を通して、笑顔の街づくりに貢献したい。

2つ下の弟と遊ぶ時は、いつもブロックで何かをつくった。自分が住んでみたい3階建ての家だった…

ヤシ廃材をアップサイクルし、母国マレーシアと日本をつなぐ架け橋になりたい。

「工学に優れた大学で研究したくて、日本に留学しました。仙台市にある学校を選んだのは、雪を…

AVシステムのSEとして、お客さまになくてはならない存在になりたい。

「私は、SE(システムエンジニア)の仕事をしていますが、よく営業と間違えられるんですよ」。…

情報資産を分析・活用し、パナソニックのビジネスを進化させたい。

ひとり1音しか出せない音が幾重にも重なって、ひとつの美しい音楽になる。それが吹奏楽のたの…

海外拠点の調達リーダーへ、次の世代につなぐロールモデルになりたい。

「父のようにグローバルなフィールドで活躍するのが、子どもの頃からの夢でした」。国内外の拠点…

世界規模のモノづくりとブランドを、“法律”で守り続けたい。

母が法学部出身、叔母は現役の弁護士。そんな2人が近くにいたからだろうか、山澤奏子が大学の…

電池のソフトウェアを進化させて、もっと安全に世界を動かしたい。

小さな頃から、「おもしろそう」に導かれるように貝野友美は、進むべき道を選んできた。直感的に惹かれたモノゴトは、やってみないと気が済まない。過去や経験にとらわれることなく、今自分が感じている気持ちに素直に向き合う。そうしてたどり着いたのが、電池のソフトウェアを開発する仕事だった。 幼少期を過ごしたのは、京都府福知山市と大阪府堺市。6歳まで過ごした自然豊かな福知山では、木に登って遊んでいたのを覚えている。堺に移り住んでからも、男の子と一緒にサッカーをするようなおてんばだった。昔

法務の仕事を通して、人や社会の役に立ちたい。

「プロのサッカー選手になることが、夢でした」。そう語る伴寛之は、小3からサッカーを始め、…

子育てしながらキャリアを積み重ね、自分も成長したい。

「狭い視野を広げること、それがテーマでした」。マーケティングに携わる森本なずなは、学生時代…

IoTに欠かせない組み込み技術で、会社へ社会へ貢献したい。

「東日本大震災で広いエリアに起きた停電。それが大学で電気工学を専攻したきっかけでした」。自…

開発・製造・販売・顧客のデータ連携で、お客さまに寄り添うパナソニックをつくりたい…

入社2年目の春、菅原滉平は関係会社に1年間の修行に出された。彼が所属する部署は、それまで…

安全と品質を追求して、世界中でパナソニックのファンを増やしたい。

新しいものにどうしようもなく惹かれてしまうのは、たぶん海と砂丘に囲まれた少し田舎の街で育…

「IoTセキュリティはパナソニック」、そう認知されたい。

「できるなら、セキュリティに関わる仕事をなくしたい」。自動車サイバーセキュリティの研究開発…

マテリアルズ・インフォマティクスを駆使し、エネルギー材料を革新したい。

「父の存在が、大きかったです。父は岐阜県の東濃地方で1300年の歴史をもつ陶磁器『美濃焼』など、セラミックスの研究者。地場産業として美濃焼の付加価値を高める研究をしていました」。エネルギー材料の研究開発に携わる横山智康は、自身の研究者としてのルーツをそう語った。「小学生の頃は、夏休みになると父から自由研究のテーマを与えられて夢中で取り組んでいました」。 たとえば松葉を使った排気ガス量の測定。松葉の気孔は特徴的で、大気の汚れが観察しやすい。真っ黒に日焼けしながら、あちこちから