電池でジャンボジェットを飛ばす。夢のようなエネルギー活用の基礎をつくりたい。
学生時代はロボット工学に打ち込んだ平野達也。3Dプリンタ、モータ制御、プログラミングなどの技術を駆使しながら頭のなかのイメージを実体化させることに夢中になった。そんな平野がモノづくりのたのしさを感じていたのは幼少期の頃からで、ジグソーパズルやブロック遊びに時間を忘れて没頭することもあったとか。
「説明書通りにつくるよりも自由にブロックを組み合わせるのが好きでした。ふと気づくと謎の乗り物がいくつも量産されていました(笑)」。
あふれるほどの想像力と創造で満たされた思い出は平野のモノづくりの原風景だ。
独創的なアイディアを形にすることが好きだった平野が将来の道として選んだのは、やはりモノづくりの世界だった。「小さい頃からモノづくりが好きだったので機構設計や開発に絞ってはいたものの、製品としては車、家電、ロボットと幅広い分野で考えていました」。複数の企業を検討するなかでパナソニックを選択したのは、モノづくりの環境もさることながら、人もつくる会社だと感じたからだ。「後に上司となる方が面接を担当してくださったのですが、私の伝えたい想いを引き出す質問を投げかけてくださるなど、人のよい部分を見ようとする姿勢に好感を持ったのも入社の決め手です」。
入社6年目を迎えた現在、自動車、バイク、自転車などの動力系バッテリーの機構に関する研究開発を担当。また、既存の技術や概念に捉われないバッテリーそのものの新たな可能性や活用方法を見出すことにもチャレンジしている。平野が携わるバッテリー開発の領域には、さまざまな構造・しくみが存在するが、構造のコアとなる部分はケースのなかに格納された複数の電池が電力を供給するという比較的分かりやすいものだ。しかし、それゆえ、よりシンプルな構造をめざすとなると、かえって研究開発の難易度が高まったり、クリアすべき課題が増えることも少なくないと平野は言う。
「現在、コンパクトで高容量なバッテリーの機構開発に取り組んでいます。コンパクトと一言でいっても、その実現には安全面や強度、組み立てのしやすさ、生産コストなど、相反する複数の条件が成り立つようにしなければならないため、頭を悩ます場面も少なくありません。とりわけ注意を払うのが安全面です。バッテリーは正しく設計し、正しく使用すれば安全ですが、それが損なわれると最悪の場合、人命に関わることもあります。だからこそ、そうしたトラブルを未然に防ぐための新たな構造開発や新材料の検討など、バッテリー開発全体を俯瞰して取り組んでいます」。
平野をはじめとする研究開発メンバー一人ひとりが担当製品や研究テーマを持っており、個別に研究を進めつつも意見交換や技術連携しながら多様な課題に取り組んでいるそうだ。
社名の一部である「エナジー」という言葉は電池などのエネルギーそのものを指すだけでなく、社会貢献や人の役に立つこと、あるいはエネルギーの未来を描く活動・働き方も含んでいる。そうした社風は平野の日々のチャレンジにも良い影響を与えていた。「世の中の役に立つのでは?」と思ったものを研究テーマとして設定し、自由に取り組める環境のなか、平野が研究開発の醍醐味を特に実感したものとしてあげたのが約3年前に取り組んだ「電池過熱時のバッテリー内部の可視化」というものだった。
バッテリーの安全性を支える数ある要素のなかで、特に重要なものがバッテリーに内蔵された電池が過熱に至った際の噴出物の対策であり、それはバッテリーの安全設計において常に立ちはだかる高いハードルであると平野は言う。
「実際に電池が過熱に至った際、どういったものがバッテリーの内部で噴出しているかを正確に知ることはできませんでした。そこで、これまでの考え方や固定概念をいったん横に置き、もともとは別の用途の技術をこの問題に応用させ、バッテリー内部の変化を見ることができる新たな技術として構築したのです」。
当時、電池過熱時の噴出物の対策は重要な技術課題であった。そんななか、平野の取り組みは関係各所の目に留まり開発に貢献することとなった。「この研究は私にとってもひとつの転機となりました。さまざまな部署と連携する機会にもなりましたし、エネルギーに携わる研究者としてワンステップ前進できたと思っています」。
太陽光、石油、ガス・・・人や社会の営みに欠かせないエネルギーは多々あるが、エネルギーそのものを蓄積、運搬、保管できるバッテリー分野は可能性とチャレンジに満ちていると平野は言う。
「実はバッテリーの分野はまだまだ発展過程にあります。性能と品質の向上にはゴールがありません。たとえば、車であれば急速充電や長距離走行を可能とする技術革新、自転車で言えばさらなる軽量化によるバッテリー交換の負担軽減などが求められます」。
エネルギー活用=持続可能な社会という視点で見ると、劣化した電池パックのリサイクルやリユース技術の確立など、地球にやさしいバッテリー開発も大切だと言葉をつなぐ。「バッテリー開発がますます進歩していけば、循環型電池でジャンボジェットを飛ばす未来もあるかもしれませんね。そうした発展に寄与できる基礎研究に私自身もこだわりを持って取り組んでいます」。
バッテリーの進化と、持続可能な社会の構築。大きな視座で仕事に取り組む平野が見つめる未来像は思いのほか身近なところにあった。「自分の研究開発で家族や友人、身近な人が幸せに過ごせる世の中にしていきたいですね。それがきっと世界中の人々のお役立ちにも繋がると信じています」。
お風呂に入っている時や通勤の時に、ふと頭によぎる仕事のこと。「あの手段はどうだろう?」「あの構造は無理があるのではないか?」。根っからの研究志向の平野。従来のバッテリーの概念から距離をとり、ゼロリセットの発想で新たなバッテリーの姿を模索する時間は特にやりがいを感じている。
「バッテリー開発はちょっとした工夫や発想が大きな変化につながります。その最適解にたどり着くまでは困難の連続ですが、その突破口を見つけた時はこの研究開発をあきらめずにやってよかったと実感します」。そう話す平野の笑顔は、少年の頃、ジグソーパズルの最後のピースをはめた時の表情ときっと同じだろう。
<プロフィール>
*所属・内容等は取材当時(2023年8月)のものです。