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デザイン思考で描く「未来の校章」~KAIKEN PROJECT ③ パナソニック・プロジェクトメンバー座談会~

2023(令和5)年4月、京都市立開建高等学校(以下、開建高校)へと生まれ変わる京都市立塔南高等学校(以下、塔南高校)。現役の高校生とパナソニックのデザイナーが新しい学校の未来を一緒に考え、校章のデザインに落とし込んだ「KAIKEN PROJECT」。デザインマガジン「Story of Future Craft」では、このプロジェクトを3回に分けて紹介。最終回は、プロジェクトに参加したパナソニックデザインのメンバーが集まり、高校生と進める上で直面した課題や、それをどう乗り越えたのか、あるいは自分たちの経験につながったことなど、KAIKENプロジェクトを振り返りました。

▲左から、脇阪、山越、岡澤、朝倉(オンラインで参加)、中川、松田デザイン・松田氏、中塩屋

京都で地域と初めて取り組むプロジェクト

――KAIKENプロジェクトが発足したきっかけを教えてください。

中川:パナソニックデザインが京都に拠点を構えて4年。そろそろ京都に何かお返しができないかと考えていました。そこに塔南高校の萩原先生から、開建高校の校章デザインをお願いしたい、というお話をいただいたのです。でも単純にグラフィックデザインの完成品をお渡しするだけで本当にいいのだろうか、という思いが頭をよぎったんですね。さらにお話をうかがうと、新しい高校の教育理念は「社会との協創」とのこと。であれば、この校章デザインについても塔南高校の皆さんとパナソニックで「協創」するのがいいのではないかと考えました。そうして、パナソニックデザインが長年培ってきたデザイン手法を駆使し、生徒自身が自分たちの思いを込めた校章をデザインするプロジェクトをやりましょう、という話になったんです。

デザイン本部 FLUXリーダー 中川

とはいえパナソニックデザイン京都にとって、こうした地域との共同プロジェクトは初の試み。プロセスを最初からがっちり固めるのではなく臨機応変に進めていけるメンバーでチーム編成することにし、部門横断的に声をかけていったんです。リーダーには常に変化に対応できプロジェクトのリーディングに長けている脇阪を。そしてメンバー選抜にあたっては、このプロジェクトを楽しむことができ、なおかつ一緒に組み立てていけるスキルを持っていることを条件にしたんです。その結果、ファシリテーションや柔軟なプロセスチェンジに長けている者、グラフィックデザインに長けている者、そしてコミュニケーションスキルに長けている者が集まりました。

――プロジェクトリーダーとしてどのようなことを意識しましたか。

脇阪:企画当初からパナソニックのデザイン手法を校章デザインに活用することが決まっていたので、当社のデザインプロセス「気づく」「考える」「つくる」「伝える」の4ステップでワークショップを実施することにしました。あとは実際にプロジェクトを動かしながら修正を加え肉付けしながら進めたんですが、思ったよりも生徒からアイデアが出てこなかったり、ビジョンが明確に共有できていなかったり…。当初は内部で毎週のようにミーティングを重ねましたね。各ワークショップで到達してほしい目標に対して、具体的に私たちで何を用意していけばよいか、協議して、実行に移して、またフィードバックをもらう…これを繰り返しながら進めていきました。

デザイン本部 FLUX UI・UXデザイナー/KAIKENプロジェクト リーダー 脇阪

――皆さんはそれぞれどういった役割だったのでしょうか。

中塩屋:私と山越さんはワークショップ設計を担当しました。校章をデザインするにあたって、生徒にはまず開建高校の未来を構想してもらうことにしました。私たちは普段から業務において「未来」のことを考えていますが、これまでデザインに携わっていない学生に、どれだけ分かりやすく楽しみながらやってもらえるかに力点を置きながら、全体のワークショップを設計しました。

山越:「このシートを埋めてください」みたいな進め方はだめだろうなと思っていて、ワークショップとそれに付随する課題の目的や意図は、特に丁寧に説明するように心掛けました。最初はあまり自主性が出てこなかったのですが、次第に生徒が積極的に動いてくれるようになり、デザイン案を絞る際にはクラス全員を対象にヒアリングも実施してくれたりと、その変化には驚かされました。

デザイン本部 未来創造研究所 デザインストラテジスト 山越

岡澤:私は、チームビルディング設計とワークショップのファシリテーションを担当しました。私たちが思う以上に高校生にとって学年の差は大きいようで、どのチームもお互いになかなか意見が言えず、壁を感じていたんですよね。

デザイン本部 FLUX UI・UXデザイナー 岡澤

そこで、生徒の考えやアイデアの光っている部分を積極的にピックアップしてほめたり質問して深ぼりすることを意識しました。そうすることで、例えば先輩相手であっても遠慮せずアイデアをどんどん主体的に出してもらえるんじゃないかなということを期待しました。

岡澤がチームビルティングとして提案した「新聞積み上げチャレンジ」
メンバーが一気に打ち解けるきっかけとなった

朝倉:私はリサーチ設計を担当しました。具体的には、各チームのデザインアイデアに対して先生や他の生徒からフィードバックをもらい、検証するというプロセスの設計です。インタビューガイドやキーワードマップをつくるなど、検証をスムーズに進めるための準備に時間をかけました。常に意識したのは、高校生の想いや考え、何ができて何は難しいのか、というところです。高校生のアイデアや直面する課題は予想と異なる部分も多くて、普段の仕事との違いを感じました。

松田:私は上がってきたアイデアやラフスケッチをデザインに落とし込んで、生徒と一緒につくりこみました。生徒から上がってきたものを最初に見たときは、とても完成度が高く思いも込められていたので、「私の出番はないんじゃないか」と思いましたよ(笑)。各チームで何個かに絞って見せてくれるのですが、選外になったデザインの中にも捨てるのはもったいないアイデアがたくさんあったので、可能な限り吸い上げて次のデザインに盛り込んでいきました。

松田デザイン 松田氏(中央)

脇阪:今回のプロジェクトは松田さんがいなかったら成功しなかっただろうなと思います。それだけデザインをブラッシュアップする精度が素晴らしかった。

中塩屋:スキルだけじゃなくて人柄もありますよね。生徒からも信頼されて一緒につくり上げてくれました。

開建高校の未来=自分事にするために

――特に苦労した部分は、どのようなところでしょうか。

脇阪:進めていく中で、実は塔南高校の生徒自身も新しく誕生する開建高校のことをあまり知らないことが分かってきたんです。先生から一定の説明は受けてはいるものの、開建高校での未来をイメージできていなかったし、どことなく人ごとのような感じでした。だからアイデアを考えてきてとお願いしても、提出率がよくなかったんです。

そんな時に、これまでも子どもたちと数々のワークショップの経験がある山越と中塩屋から「未来日記」の提案があり、これが打開策になりました。開建高校の未来を自分事として捉えてもらうために、未来を具体的に想像しやすい「未来日記」のフォーマットをつくり、みんなに描いてもらったんです。

中塩屋:あそこで大きな変化がありました。「この施設はこんな風に使える」「開建高校の良さはこういうところ」ってみんなが具体的に理解できたようです。そこからプロジェクトの宿題にも積極的に取り組んでくれて、熱量が増えたように思いました。

まず大人になったときになりたい自分を描き、高校時代の経験とどうつながっているかを具体的に想像する。未来から逆算することで新しい高校に託す思いを導き出す。

中川:高校生だけじゃなく、地域など学校に関わる人たちにも良い校章だと思ってもらうには、相当高い壁を越えてもらう必要がありました。何となく形になったもので満足してもらいたくなかったので、クラスメートにデザインアイデアを見せてリサーチし、フィードバックをもらう機会をつくりました。自分たちがつくったものを壊すって怖いんですが、そこからさらにつくり直していくのがデザインの基本。その経験をしてもらえたのがよかった。

岡澤:自分の思いが伝わらない、リサーチで予想外の答えが返ってくるのは私たちにとって日常的な場面ですが、学生たちはそういった経験がなかったみたいで、大きなインパクトがあったと思います。

松田:伝わるように言葉を尽くすのか、誤解を恐れず突き進むのか、そうした選択もデザインの一環。最初は誰もが直面する「伝わらない」、これはデザイナーとして第一関門でしたね。

大きな責任、人生を変えてしまうのかも

――プロジェクトを通じて皆さんが感じたことを教えてください。

岡澤:大人だとチームビルディングってそれなりにうまくやっちゃうんですよ。「もっと対話していきたいです!」などと口では言えるし、割り切れるんですよね。でも、高校生は違いました。コミュニケーションの難しい部分は難しいままで、うまく取り繕えないことも多いんです。でもそこから少しずつ、遠慮して言えなかったことを伝えられるようになったり、自分の力で目の前の壁を越えていったり、そんな瞬間を何回も見せてくれて。難しさも感じた半面、最後まで生徒の力を信じてよかったと感じたプロジェクトでした。最終報告会もそうで、生徒自身が力を発揮する場面に立ち会えて本当によかった。入社してから一番うれしい経験でした。

中塩屋:最終案をつくりこむ中で、あるチームで非常に議論が白熱した瞬間がありました。生徒さんたちの意見はいずれも真剣で、ファシリテーターとして、あるいは1人の大人として、言葉一つ一つにすごく責任がのしかかる緊張感のある場面でした。

デザイン本部 未来創造研究所 デザインストラテジスト 中塩屋

思い返してみると学生の時に先生や大人から受けた言葉って、すごく残っているんですよね。だから、今から自分が発する言葉がこの子たちの中に一生残るかもしれない、もしかしたら人生を変えてしまうかもしれないと、本当に手が震えました。生徒がそれだけ本気の言葉で伝えようとしてくれているし、こちらも本気で向き合いました。それぞれ意見をまとめて、なんとか昇華できるようにと心を砕きながら、私自身も人として少し成長できたかなと思っています。

山越:高校生は大人と子供の中間。そんな彼ら、彼女らに私たちデザイナーがやっている「未来を考える仕事」を一緒にやってもらう経験ができたのが私にとって何よりの財産です。普段のデザイン業務においてもやはり一緒にいる人たちが何を考えているかが大切なので、究極的には中高生相手でも大人相手でも本質は変わらないんじゃないかと前から考えていました。今回得たリアルな実感が、今後の仕事でも何らかの形で生きてくるだろうと考えています。

朝倉:私はコロナ禍に入社して在宅勤務も多かったので、なかなか他の部署の同僚や先輩と話す機会も少なかった中で今回のプロジェクトに参加しました。一緒に仕事ができて大変勉強になりました。例えば、リーダーの脇阪さんのプロジェクトの進め方や、未来創造研究所の2人の効率的な業務の進め方など、メンバーからの学びが大きな収穫です。また、私は関東出身なので、京都の高校生と一緒にプロジェクトができて、この土地とつながりができたのもうれしく思っています。

デザイン本部 FLUX インサイトリサーチャー 朝倉(オンラインで参加)

松田:印象に残っているのは、生徒から上がってきたアイデアスケッチを集約してデザイン案にして見せたら「これは私たちのデザインじゃない」と言われてしまったこと。デザイン的に改善した提案のつもりでしたが、生徒が大事にしているものが抜け落ちてしまったんですね。普段の仕事だと「売れるもの」「ウケるもの」を指向しますが、今回は学校が続く限り、長く一緒に使う校章のデザインです。全く違う思考でデザインする必要があって、改めてどんな思いを乗せるのかを考えさせられましたし、デザイナーとしてとても勉強になりました。

脇阪:私たちが関わる以上は、アウトプットももちろん重要。塔南高校の先生からも「デザインプロセスを通してやりたい」と要望をいただいていたので、結果としてのデザインが良いものでないと一緒にやる意味がなくなってしまいます。一方で松田さんが言う通り、どこまで私たちが関わってクオリティーを高めるかは線引きが難しくて、内部でもディスカッションしました。もちろんわれわれも揉むけども、生徒にも発破を掛けていこうと。生徒が積極的に取り組んでくれて、とても良いものができたと思います。

また、教育的な面は私たちも意識していました。今は全てが分からなくても、大人になってから思い返して糧にしてもらえるように、主体的に参加してもらうことを心掛けてきました。デザイン的なところと教育的なところのバランスをとるのは難しかったですが、やりきれてよかったと思います。

中川:パナソニックデザイン京都として、ここまで深く地域と「協創」したのは初めて。そして僕たち自身としても、部署を横断して一つのものをつくり上げた初めてのプロジェクトとなりました。京都の校章の中でもぶっちぎりに良いものができあがったと、手応えを感じています。

普段から社会をよくする、変えていくという思いで仕事に臨んでいますが、正直リアルな実感を得られる機会はあまりありません。このプロジェクトを通して高校生や先生のマインドやプロセス、アウトプットの変化を目の当たりにし「デザインで社会を変えられるんだ」ということを改めて思いました。今回をモデルケースに、京都をはじめとした地域や社会と協力し合えるプロジェクトに、今後も取り組んでいけたらと考えています。

メンバーの肩書は2022年10月現在のものです。

執筆:畠中博文/末松翔平 写真(対談):吉間完次
(ワークショップ撮影は全てパナソニック)