デザイン思考で描く「未来の校章」~KAIKEN PROJECT ② 塔南高校座談会~ <前編>
現役の高校生とパナソニックのデザイナーが、新しい学校の未来を一緒に考え、校章のデザインに落とし込んだ「KAIKEN PROJECT」。新しい校章にどんな思いを込めたいのか、どんな思いを届けたいのか、ひたすら考え続けた3カ月半――。2023(令和5)年4月、京都市立開建高等学校(以下、開建高校)へと生まれ変わる京都市立塔南高等学校(以下、塔南高校)。このプロジェクトに参加した塔南高校の生徒、先生、そしてパナソニックデザインの脇阪が、KAIKENプロジェクトを振り返りそれぞれの思いを語り合いました。
学校の生まれ変わりに立ち会える、二度とない経験
――KAIKENプロジェクトに参加したきっかけを教えてください。
辻本さん:学校が生まれ変わる機会に立ち会い、これからも残っていく校章をつくるプロジェクトに参加できるなんて、二度とない経験と思って参加しました。私は商社で働きたいと考えていて、そのためにはみんなをまとめるリーダーの能力が求められると知り、このプロジェクトに参加すれば、みんなの意見やアイデアを形にする体験ができると思ったからです。
灘さん:私は生徒会長になったことが、大きなきっかけでした。開建高校へと生まれ変わるときに、何かのプロジェクトに参加して、どんな人たちがどんな思いで動いているのか知りたいと思っていました。また、イラスト、特に模写が好きだったので、自分の得意分野で学校に貢献したいと思って参加しました。
片山さん:美術部で部長をしており、美術系大学への進学を希望しています。将来はデザインに関わる仕事に就きたいと先生に相談した時に、「校章をデザインするプロジェクトが始まるよ」と聞きました。プロの方と関われるなんて、いい経験になる!と美術部の他のメンバーにも声を掛けて参加しました。
萩原先生:開建高校の「京都にある高校として新しいものをつくっていく」という方向性が念頭にあったので、校章を新しく創るにあたって、実は京都ゆかりのアーティストに依頼をする案もありました。しかし、パナソニックさんが新しく京都にデザイン拠点を置き、京都という場所の価値をデザインと結び付ける取り組みをされていることを思い出して、ご連絡しました。
折笠先生:当初は校章のデザイン制作を依頼したいと考えていたところ、パナソニックさんの方から、「生徒にも参加してもらい一緒につくっていきませんか」と提案してもらいました。われわれとしては願ったりかなったりのお話。相談をしていく中で、未来思考でさまざまなものをつくっていくパナソニックさんの姿勢が、生徒が主役となって、多くの人と協力しながら、学校や自分の人生を切り開いていくという開建高校のコンセプトと合致していると感じました。社会と一緒になって深めていく学びは開建高校が目指すところでもあったので、望外のプロジェクトになり感謝しています。
脇阪:プロジェクトを進めていく上で、われわれパナソニック側が最初から決めていたスタンスは、直接的なアイデアを出さないこと。あくまでファシリテーターとして、生徒の皆さんが考えたアイデアややりたいことを実現するためにアドバイスをして、一緒に練り上げていきたかったんです。校章ですから、そこにどんな思いを込めるかが非常に重要になってきます。そのためにはリサーチだけでは深掘りが不十分だったので、皆さん自身が主人公となって、塔南高校の良さや開建高校にはどうなってほしいのか考えてもらう「未来日記」を書いてもらうなど工夫しました。
折笠先生:最初は美術部の生徒たち中心に声を掛けていましたが、さまざまな生徒に幅広く参加してもらおうと全校生徒に呼びかけました。募集期間は短期間だったのですが、多くの熱意ある生徒が積極的に参加してくれました。生徒たちが主役になっておのおのができることを持ち寄り、協力して校章を作り上げるこのプロジェクト自体が開建高校の学びを象徴するものとなったと思います。
五十棲さん:私はここにいるみんなより参加した時期が遅くて、年度が変わり2年生に進級したタイミングで、すでに参加していた美術部の友達や先輩から声を掛けてもらったのがきっかけです。だから先生たちが今お話しされたパナソニックさんとの最初のやりとりのことは、全く知らなかったです。「やってみたいをやってみる」という開建高校の教育理念に直結するよとは聞いていましたが、背景を今日知ることができて、なんだか伏線回収って感じです(笑)。
私は普段は人物のイラストを中心に描いていて、たまに友達からロゴのデザインを頼まれることもあります。でもうまくつくれなくて、デザインの勉強がしたいなぁと考えていた矢先にこのプロジェクトを知ったので、「めっちゃいいかも」って思ったのを覚えています。
灘さん:学校の名前と校章も変わって、何もかもが生まれ変わる転換期に立ち会えるってほんの一握りの人しか経験できないと思うんです。そんな貴重な経験を体感したいという、意欲のある人が自然と集まってきたような感覚です。
遠慮がちに始まった、先輩と後輩の関係
脇阪:私たちはチーム内の学年の差は意識していなかったけど、当事者のみんなはコミュニケーションを取る上で結構感じていたんですか。
五十棲さん:大前提として学校という空間の中にいると、先輩後輩という関係性は根強いと思います。最初は先輩にしゃべりかけていいのかなという遠慮もありました。
辻本さん:3年生は大学受験のための補習が入ったりして、活動に思うように参加ができない日が多くなり、1、2年生に申し訳ないなと思いました。でも2年生がその間にすごく良いものを出してくれたので、あまり参加できてない3年生が意見を出していいのかなって思ったり(笑)。
灘さん:今日は3年生が来た!と思ったら、その日は1年生が来られない……、みたいなこともありましたね。学年ごとに行事にバラつきがあったので、そういう意味では全学年息を合わせて取り組むのが難しかったです。でも上級生がいないときに1年生もすごく頑張ってくれてましたよね。
五十棲さん:各学年がそれぞれできることをやるっていう場面が多かったんですけど、最後のブラッシュアップの段階で、がちっと息があった感じでした。最終デザインをどうするかで議論が白熱しましたね。あのときもパナソニックの皆さんに助けていただいて、なんとか結論を出せました。
片山さん:私たちは同い年ぐらいの人しかいない環境が普通なんですよ。デザインセンターを見学させてもらったときに、当たり前ですが、会社ではいろんな年齢の人が一緒に仕事しているんだなと思いました。
デザインを協創するコミュニケーション
――プロのデザイナーと仕事してみていかがでしたか?
片山さん:最初はめちゃめちゃ緊張しました。美術部は個人製作が中心で、他の人と協力して何かをつくるという経験があまりありませんでした。だからプロの皆さんと接して、デザインを考える上でコミュニケーションをとることがとても大事なんだ、と驚きました。どんな思いを込めるか、見た人はどう受け止めるのか、今は絵を描く時にも意識するようになりました。
脇阪:アートとデザインには共通する部分もありますが、デザインは最終的に誰かに使ってもらうことを意識して作っていくことが必要になります。ですので、日々のデザイン業務ではユーザーやお客さまのことを知り、その皆さんにとって価値のあるものとは何かを考えデザインやディレクションを行っています。
アートでは「自分が表現したいこと」を追求することが中心になると思うのですが、デザインではお客さまやユーザーのことを理解してつくっていくことが結構重要になります。デザインリサーチを行うことで自分たちが表現したかったことが伝わっているかどうかを検証し、つくり手の想いと受け手の印象のギャップを確認したのですが、こうしたデザインリサーチ活動を経験してもらえてよかったなと思います。
辻本さん:打ち合わせの前には入念に準備をしたり、参加できなかった人のためにきちんと引き継いだり、今まで自分たちでやってこなかったことが一番大事だと気付きました。そういう意味で、「仕事」をするって大変だなって思いました。変なアイデアを提案してはいけないと思って、僕はあまり絵が得意じゃないけどいろいろ描いてみて、親に意見も聞いてみたりしながら、みんなに見せていました(笑)。
五十棲さん:ボツになったアイデアは全部捨ててしまいがちだったのですが、そこにも「え?そんな意味が込められてたんや」と気づかされることが多く、採用された方にその要素を盛り込んでもいいんだと教えてもらったのは発見でした。こうして、一つのデザインに様々な思いが重なっていくんですね。
灘さん:デザインという答えのないものを導き出す上で、いろんな意見をまとめて落としどころを見つけていくアプローチなど、伝え方や教え方が普段の授業と全く違ってくるんだなと感じました。将来、私は小学校の先生になりたいので、答えのないもの、考え方や人との接し方などをどうやって伝えられるだろうか。子どもたちによりよい豊かな人生を送ってもらうにはどういうサポートができるだろうと、これまでもずっと考えてきました。パナソニックの皆さんのスタンスは、自分の中で探していたものが腑に落ちた感じで、とても勉強になりました。
萩原先生:私は社会科を担当していて、普段は子どもたちに正確な情報を間違わずに教えることを心掛けています。一方でデザインというのは正解が一つではない。出てきたアイデアを受け止めて、ブラッシュアップして、さらに生徒から力を引き出していくパナソニックの皆さんに驚かされると同時に勉強になりました。また、生徒に伝えるための準備にすごく時間を割いておられたことも非常に印象的でした。チームによってはかなりの数のラフデザインやアイデアを提案したのですが、その一つ一つの細かなところまでコメントを用意して、自然な形で生徒たちに伝えていただきました。
後編では、プロジェクトから学んだこと、楽しかった出来事や校章のデザインに込めたそれぞれの思いなどについて、さらに深堀して聞いてみました。