塩谷歩波さん「不完全なわたしでも」|僕らの時代 Vol.10
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塩谷歩波さん「不完全なわたしでも」|僕らの時代 Vol.10

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若き人びとよ。
つくりあげられた今までの世紀のなかで、あなたがたは育ってきたけれど、
こんどはあなたとあなたがたのこどものための世紀を、
みずからの手でつくりあげなければならない時がきているのである。

(出典:『続・道をひらく』PHP研究所)」

自分らしい価値観をたいせつに、志をもって活躍している人とコラボレーションしていく「僕らの時代」。第10回目のゲストは、画家の塩谷歩波さんです。

松下幸之助が未来を担う若者へのこしたメッセージに、今を生きる私たちはなんとこたえることができるでしょう。

メディアで注目されるようになり「ダメな自分を隠さなきゃ」と必死だったという塩谷さん。忙しい日々と少し距離をおきのんびりとした時間を過ごす中でたどりついた想いとは――。

塩谷歩波(えんや・ほなみ)
1990年生まれ。設計事務所、高円寺の銭湯・小杉湯を経て、画家として活動。
建築図法”アイソメトリック”と透明水彩で銭湯を表現した「銭湯図解」シリーズをSNSで発表、それをまとめた書籍を中央公論新社より発刊。レストラン、ギャラリー、茶室など、銭湯にとどまらず幅広い建物の図解を制作。TBS「情熱大陸」、NHK「人生デザイン U-29」数多くのメディアに取り上げられている。2022年には半生をモデルとしたドラマ「湯あがりスケッチ」が放送された。
好きな水風呂の温度は16度。

Twitter / Instagram / noteWeb

銭湯図解 Official Website(https://sentozukai.jp/)

★★★

「不完全なわたしでも」

 随分長い間、完璧な自分にこだわっていた気がする。
 
 2016年、一年半働いていた設計事務所を体調不良で休職し、弱った私をみかねた大学の先輩に連れられて銭湯を訪れた。銭湯の伸びやかな空間と温かなお湯や湯に浸かる人々に癒され、すっかり魅せられた私は、銭湯の魅力を伝えるべくイラスト[銭湯図解]を描いてSNSに投稿した。イラストはたちまちSNSで話題となり、webメディアでの紹介がきっかけで銭湯に転職し、あれよあれよという間に”番頭兼イラストレーター”という肩書きで多数のメディアで取り上げられるようになった。
 
 平々凡々に生きてきた自分の人生に脚光が浴びるなんて、信じられない気持ちもありつつ飛び上がるほど嬉しかったが、同時に”ダメな自分を隠さなきゃ”と不安な気持ちにも駆られた。当時は全く自信がなくて、本当はメディアに取り上げられるような立派な人間じゃない、本当の私を知れば幻滅すると思い込んでいたのだ。だからこそメディアで聞かれやすい質問の答えを徹底的に推敲し、取材中も一言一句綻びがないかを常に気を配っていた。
 
 やがて大きなメディアで取り上げられるようになり、SNSのフォロワーもぐんと増えた。ポジティブな感想や”応援しています!”というコメントは心底嬉しかったけれど、「本当に大丈夫だったかな…」と焦りや不安感を常に感じていたように思う。出演した情熱大陸が放送された時も、嬉しさよりも「ボロがでなくてよかった」という安心感の方がずっと大きかった。
 
 そんな綱渡りのような日々を送るうち、前から私のことを知っている人よりもメディアの”塩谷歩波”を知っている人と付き合うことが多くなり、私生活でもメディア通りの振る舞いをするようになった。付き合いの浅い人はもちろんのこと、気心しれた仲の人に対しても本当の気持ちは吐露できなかったように思う。”メディアに出るのも、大変な時があるんだよ〜”と冗談めかしく溢すことはあっても、日々感じているネガティブな感情を全ては打ち明けられなかった。本当の重々しい自分を知られて幻滅されるのが怖かったからだ。誰にも打ち明けられず自分の中にネガティブな感情がつもり続け、また番頭兼イラストレーターという肩書きにも疑問を持ち始めたタイミングで、再度体調を崩してしまった。昨年の初旬のことだ。そんな体験をしたばかりだったので、松下幸之助さんの著作『続・道をひらく』を読んだ時、【完全無欠】の一節にハッとさせられた。
 

「人はとかく、己れの考え、なすことを完全無欠と錯覚し、みずからをひとり高しとして、他にもその完全無欠を求めんとしがちである。しかしそこに生まれるのは、いたずらな対立といさかいと、そして破たんだけであろう。完全無欠でないからこそ、調和が必要なのである。」(19ページ)

 自信がない自分を必死に隠してメディアで綻びないよう話していた私は、完全無欠になろうと必死になっていた。そして、ひとり高しとしていて、誰にも心を打ち明けられず破たんしてしまったのだ。以前、私はインタビューで「銭湯は弱さを許す場所だ」と話していたが、今思うと自分自身の弱さは全く許していなかったなと思う。

 体調を崩してから再度休職をとり、昨年の6月に独立をしてのんびりした生活をしている今は、以前よりもメディアでの映り方を気にしなくなったように思える。最近の私は、とっても感情豊かだ。前は我慢していた出来事に心底怒ったり、共感できなかった家族映画でめちゃくちゃ泣いたり、嬉しい仕事のお話をもらったら1週間はニコニコしていられる。前よりもメディア出演のお話は控えめになったし、クリエイターとしては牙が抜かれたようにみえるかもしれないけれど、今の自分はずっと人間らしく健気で可愛らしくみえるのだ。そんな完全ではない自分の良さを感じられるようになってから、どうみられているのかとか、この発言は大丈夫かという不安や心配は随分小さくなっていった。
 
 
 不完全な自分を認めるなんてできない、と思うだろう。きっと誰しもいいようにみられたいし、弱い部分を人に見せるなんてなかなか難しい。でも、少し立ち止まって考えて欲しい。不完全な自分は本当によくないものなのだろうか。何でも仕事ができて要領がいい人も、抜けた部分があるとなんだか魅力的にみえる。普段家事が抜群にうまい人が、たまに失敗するととても可愛くみえる。不完全な部分こそが、その人の人間らしく愛おしい魅力なんじゃないだろうか。そして、自分の不完全な部分を見つけられたら、きっと人の不完全な部分も愛おしく思える。それが、松下幸之助さんのいう調和なんじゃないかと思うのだ。

プロフィール写真:コハラタケル


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noteマガジン『僕らの時代』は、様々なフィールドでソウゾウリョクを発揮し、挑戦を続けている方々とコラボレーションしていく連載企画です。
一人ひとりが持つユニークな価値観と生き方を、過去からのメッセージに反響させて“いま”に打ちつけたとき、世界はどのように響くのでしょうか――。

▼「新たな時代」全文はこちらから


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