ひとりではたどり着けない場所がある──パナソニック女子陸上競技部・森田香織を支えるもの
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ひとりではたどり着けない場所がある──パナソニック女子陸上競技部・森田香織を支えるもの

イギリスの小説家アラン・シリトーは、1959年に執筆した『長距離走者の孤独』で、森の中を走るクロスカントリーランナーの少年コリン・スミスに、次のように語らせます。

「おれにもクロスカントリー長距離走者の孤独がどんなものかがわかってきた。(中略)この孤独感こそ世の中で唯一の誠実さであり現実であり、けっして変わることがない」(河野一郎・訳)

長距離走者は、絶対的な孤独の中を、黙々と駆け抜けていきます。

しかし、パナソニックに所属する女子長距離選手・森田香織さんに話を聞くと、彼女は、決して孤独を感じることはなかったといいます。一人で走る彼女の周囲には、いつも、多くの人々の存在がありました。

いったい、香織さんは、周囲の人々から何を受け取ってきたのでしょうか? そのお話は、2020年、無観客で行われた試合のことから始まります。

聞き手/平地大樹(プラスクラス・スポーツ・インキュベーション)
構成・文/萩原雄太

声援が消えた2020年

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これまで全日本実業団対抗女子駅伝競走大会の区間1位、香川丸亀国際ハーフマラソン第2位といった記録を打ち立ててきた森田香織さんは、一卵性の双子である森田詩織さんとともにパナソニック女子陸上競技部に在籍しています。現在キャリア8年目。今や、チームを引っ張る存在に成長した香織さんが直面したのが、コロナ禍というかつてない状況でした。

これによって、今まで当たり前に行ってきた通常の練習も満足にできず、海外で行ってきた高地トレーニングも不可能になってしまいました。

香織:思うように練習できないのも大変なのですが、いちばん大変さを感じるのが試合の時。クイーンズ駅伝(全日本実業団対抗女子駅伝)が無観客開催となり、初めて声援が全く無い中で走ることになったんです。

声援が無くなったことで、沿道の応援が自分に対してどんなにパワーを与えてくれるのか改めて気付かされました。パナソニックの旗があったり、バルーンが鳴っていたり、『頑張れ!』って声をかけてくれたり。これまでは、そんな応援によって、どんなにきつい状況の中でも『もうひと踏ん張りしなきゃ』と奮起し、自分の持っている以上の力を出すことができていたんです。

香織さんは、これまでの競技生活を振り返ると、そこには多くの人々とのつながりがあったといいます。

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香織さんと詩織さんの姉妹が陸上競技を始めたのは中学生の頃。お互いに切磋琢磨しながらぐんぐんと実力を伸ばし、高校時代には、全国都道府県対抗女子駅伝にも出場しました。各県を代表する中学生、高校生、社会人選手らがひとつのチームで走るこの駅伝で、ある選手との邂逅が、香織さんの人生を大きく変えてしまったのです。

オリンピック代表選手から教わったこと

その選手の名前は吉川美香さん。当時パナソニック女子陸上競技部に所属していて、ロンドン2012オリンピック競技大会で日本代表として女子10000mにも出場した吉川さんと香織さんは都道府県対抗女子駅伝や東日本女子駅伝といった試合で、同じ神奈川代表メンバーとしてタスキを繋ぎました。吉川さんの走りに、まだ高校生だった香織さんは一発で魅了されてしまったと振り返ります。

香織:2011年の東日本女子駅伝で、神奈川代表チームのアンカーだった吉川さんは2位でトラックに入ってきました。そして、そこからラストスパートをかけてトップを抜き去り、優勝してしまったんです。吉川さんは身長155cm、体重39kgと小柄な体格。それを、誰よりも大きく動かして全身で走る姿に憧れました。

そして、吉川さんと自分の走りを比べた時、香織さんは大きな違いに気付きます。それが、走りの中にある「戦略」。高校生だった香織さんの中には、それまで、誰よりも早く全力で駆け抜けることしかなかった。しかし、吉川さんのようにラストスパートをかけていくためには、戦略を持たなければならない。彼女は、長距離走の醍醐味の一つである「勝負の瞬間」を狙うようになりました。

また、その走りだけでなく、吉川さんを始めとする社会人アスリートたちがチームを引っ張る姿も香織さんに大きな影響を与えたそう。

香織:都道府県対抗女子駅伝などの様々な年齢が入り交じる駅伝大会は、即席のチームで行われます。そのため、一緒に練習をできる時間は、わずか3日ほどしかありません。そんな中で、先輩たちは高校生や中学生にも分け隔てなく接してくれました。先輩たちに、いい雰囲気をつくってもらったおかげでチームの士気も上がり、2013年の都道府県対抗女子駅伝では、大会記録で全国優勝を果たしました。

全国優勝を目指すチームに参加し、仲間とともにそれを実現したことによって、『もっと上を目指したい』という気持ちが生まれたんです。これをきっかけに、駅伝がもっと好きになっていきました。

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そんな経験を経て、高校を卒業した香織さん・詩織さんが2人揃って選んだのが、パナソニックへの入社。憧れの先輩らとともに、社会人アスリートとしての第一歩を歩み始めたのです。

社会人選手になると、香織さんは駅伝を軸としながらも、1500m競技や10000m競技、ハーフマラソンやクロスカントリーなど、さまざまな競技で活躍の幅を広げていきました。そうして、入社から8年。気がつけば、吉川さんを始めとする先輩たちはすでに現役を引退し、香織さん・詩織さんはチームでも最年長クラスの選手となっていました。

周囲の支えがスタートラインに立たせてくれる

選手として充実したキャリアを積み重ね、選手としてはベテランの域になりつつある香織さん。では、彼女にとって長距離走の魅力とはどのようなものでしょうか?

香織:走っている時には、『苦しいな』って感じながら一人で走っています。でも、終わった後には私以上に私の周りの家族や一緒に走っているメンバー、スタッフが、私自身以上に喜んでくれる。一人で走っているのではなく、私は、いろいろな人の支えによってスタートラインに立っているんです。

特に、社会人になってからそれを強く感じるようになりました。高校までは身近な顧問の先生や家族の応援だけだったのが、実業団に入ると、会社の方々や、テレビで見てファンになってくれた方々の応援も加わっていく。直接関わったことのない方々からの声援を受けることで、周囲の支えを強く意識するようになりましたね。

さまざまな人々の応援を背中に受けながら、誰よりも早く駆け抜けていく香織さん。そんな応援の中でも一番大きいのが双子の妹・詩織さんの存在。香織さん自身「一番の理解者」と、詩織さんのことを語ります。

香織:詩織がいることによって心に余裕が生まれます。その一方で、詩織が頑張っている姿を見ると、私も頑張らなくちゃと刺激を受ける。ずっと、いちばん近くで戦ってきたから、お互いに応援をしているし『絶対に負けたくない』っていう気持ちもあるんです。

2018年のクイーンズ駅伝で、スタート前の付き添いを詩織がやってくれたんです。この試合は、チームの優勝だけでなく、自分自身にとっても2回目の区間賞がかかっていて、大きなプレッシャーを感じていました。スタートの直前、詩織は『いつもの香織でいいからね』と言って、スタートラインに送り出してくれました。その一言で、すっと気持ちが吹っ切れた。そして、チームでも優勝を飾り、個人でも区間賞を獲得することができたんです。

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一人で走る長距離走者は、孤独ではない。その背後には、いつも支えてくれるファン、仲間、先輩の存在がありました。ファンが選手から多くのものをもらっているように、選手もまた、ファンや周囲の人々から、多くのものをもらっているのです。

森田香織
1995年、神奈川県出身。2014年にパナソニックに入社し、パナソニック女子陸上競技部に所属。駅伝メンバーとして全日本実業団対抗女子駅伝競走大会に出場する他、世界ハーフマラソン選手権や全日本実業団ハーフマラソン大会、日本陸上競技選手権大会で1500m、5000m、10000mなどにも出場する。


「スポーツという言葉は、“deportare(デポルターレ)“というラテン語に由来するといわれています。「気分転換する」というその言葉通り、スポーツは私たちに非日常的な感動や一体感をもたらしてくれます。
しかし、そこで味わった経験や感情は一時的なものではなく、私たちの生き方そのものにも影響を与えているのではないでしょうか――。
「#スポーツがくれたもの」は、スポーツが人々にもたらす変化や、スポーツを通じてその人の価値観が発揮されてきたエピソードを共有する連載企画です。新たな日常の中で、改めてスポーツの価値を考えてみませんか。

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