パナソニックがひらく、街の実験場。 人間の情緒と余白を探求する プロジェクト「DELTA」とは?【後編】
日常に溢れかえる様々なインタラクションから“人間らしい感性を引き出す”をミッションに、東京 池尻大橋「大橋会館」を拠点に活動する、パナソニックによる次世代インターフェイス研究プロジェクト「DELTA」。
街と接続する拠点を活用しながらプロトタイプの検証を繰り返す異色のチームは、これから新たなフェーズへとプロジェクトを推し進めていくという。メンバーは、どのような未来を見据え、越境を起こそうとしているのか。前編に続き、プロジェクトメンバーの坂本 一樹氏、村上 健太氏、石川 雅文氏の3名に、Konel・知財図鑑 代表 出村 光世が話を聞いた。
家族や友人、ローカルへの関係性の拡張
―先のインタビューでは、ノンバーバルな表現を探求する「Mode Switching Project」のプロトタイプを体験させてもらいました。これから進行しようとしている、他のプロジェクトについても教えてもらえますか?
石川
活動の軸となるのは、大きく分けて3つの視点です。まず1つ目は、先ほど体験していただいた自分や個人に向き合う「Mode Switching Project」。2つ目が、家族や友人との関係性を豊かにする「Homescape」。そして3つ目が地域や社会との関係性を築く「共創デザイン」です。この3つのアプローチからDELTAは人間らしい情緒的な価値を探求していきます。
―対個人、対家族・友人、対社会という3方向の区分けになっているんですね。
村上
今は、2つ目の「Homescape」に取り組み始めています。これは、日々刻々と変化する家族のコンディションや気持ちをノンバーバルな表現でさりげなく伝える方法について研究し、家族間の情緒的なコミュニケーションのかたちを探るというもの。ロンドンを拠点とするデザインチームと連携しながら、「そもそも家族の関係性を育むとはどういうことだろう」といった起点からディスカッションをしています。
―デザインチームはどのようなポジションでスキルを発揮されてるんですか?
村上
「Homescape」を考える上でのUXプリンシプル(法則・原理)として活用するために、「関係性を育む15の原則」という設計コンセプトをデザインしています。そして、それに伴う体験やサービスとは何だろうと具体的なイメージを出しながら、プロトタイプをつくろうとしています。
―「関係性を育む15の原則」には現段階でどんなことが挙げられているんですか?
村上
まず包括的なコンセプトは、「家族や大切な人と物理的・感情的・文化的な距離を近づけ、良い関係性を育む機会を提供する」です。そこに連なる原則として、例えば「正直になりやすい状況をつくること」「調和が生まれやすい状況をつくること」「変化への対応がしやすい状況をつくること」などが今は当てはまっていますね。
―プロダクトをつくる前に、チームの基準となるUXコンセプトから丁寧につくられているのは素晴らしいですね。基本的に人間が主語になっているんですか?
村上
テクノロジーを指したコンセプトもありますね。例えば「学習しつづけること」は機械学習を指しています。また、「仲介役であること」は、人と人が直接コミュニケーションをとりすぎてしまうことで、意図するニュアンスで伝わらない時に機械システムが入ることで解決できることがあるのではないかという考えで入れています。
―それらのキーワードはどのように抽出していったのでしょうか?
村上
家庭や仕事など、環境によって求められることは異なり、論理的に計画が求められるケースもあればセレンディピティによって新しい視点を得たいケースもあります。そういうさまざまなシーンをチームでいくつも挙げながら、キーワードを抽出していきました。
―3つ目の軸である「共創デザイン」は、どのようなアプローチをイメージしていますか?
村上
こちらもノンバーバルな表現を活用しながら、リアルとオンラインを繋いで地域を持続的に盛り上げることを目指しています。大橋会館のラボから飛び出して、ビークルを使って街を回りながら関係性につくっていくのもありですし、大橋会館1Fのカフェスペースなど人が集まれるスペースを使って地域と関わることもできそうです。僕らもまだアイデアベースではありますが、いくつか手段がある中でどこからやってみようかとまさに議論している状況です。
―改めて、パナソニックのハードではなく大橋会館という場所を使ってプロトタイピングを仕掛けていってることが、チャレンジングで面白いポイントですね。
坂本
これまでパナソニックのオフィスの中でも、同じようなプロトタイプの空間をつくったことがあるのですが、オフィス街では地域とのコミュニケーションと親和性が悪く、なかなかアクションが起こりづらかったんです。だからこそ、オフィス街ではないエリアにリビングラボを構えていることに意味があると思っています。
社内越境を加速させる「DELTA」のスタイル
―街やユーザーに向く一方で、社内に対してはどのようなアプローチが必要だと考えていますか?
石川
DELTAの強みは、探求している価値が「情緒」と言う曖昧なものなので、大橋会館のような外に接続された場所でアイデアをすぐに形して実践できるということ。プロトタイプをエンドユーザーに体験してもらい、そこで得たデータをまた次の仮説やプロトタイプに循環していくといった探索プロセスはこれまでのパナソニック社内にはあまり前例がないものです。そのノウハウを社内にも届けていきたいと思っています。
坂本
今後、情緒的価値が社会的にも注目され需要が明確になれば、事業会社もそれを取り入れたプロダクトをつくりたくなる。その際に、我々が先行してプロセスも含めた研究を行い、ナレッジを共有していくことで、パナソニックグループ全体で情緒的価値をスムーズにサービス化できるようになればいいですね。
―DELTA自体が事業体になっていくということも視野に入れているのでしょうか?
村上
現状、我々が事業体になるというロードマップはないですね。それよりも、既存のハードウェア技術とは異なるソフトウェア技術や、それを支えるプラットフォームをつくっていくところで価値を発揮できると思います。また、探索部隊として事業会社が手を伸ばせない領域を我々が研究し、新たな事業の柱を見つけていくという動きも求められています。R&D部門がUXデザインやビジネスデベロップメントの人材ともっとスムーズに手を組めるように、DELTAが先行事例として率先していくという役割も重要ですね。
―DELTAの皆さんのように、デザイン部門と技術部門が一緒にプロジェクトを進めているチームというのは、これまであまりなかったということですか?
石川
おそらくパナソニックホールディングス全体を見ても稀だと思います。デザイナーだけでなく、色々なバックグラウンドを持った人たちが分野横断的に活動する混成チームが、プロトタイピングという手段を用いてUXデザインをしていること自体も特異だと思います。だからこそ、こういう施設やプロセスで研究開発をした方が新しい価値を見出せると示していく必要がある。別の部門や事業会社にも我々のスタイルが成功事例として提案できるようになったら、新しい動きが生まれるんじゃないかなと思っています。
―DELTAのスピード感やフットワークを体験してもらうためにも、この大橋会館の拠点があることは利点になるそうですね。
村上
そうですね、できあがったフレームワークを「はい、どうぞ」と渡すだけでは浸透しないと思うので、実際にシステムや技術、空間を体験してもらいながら議論するのは良さそうです。
石川
まさに我々自身も、仲間づくりの手段を持たなければいけないと思っていて。たとえば外部のメディアとコラボレーションしてみるなど、社内外にどんどん発信していく必要があると考えています。一方で情報過多な時代だからこそ、余白や情緒を感じられるようなDELTAらしいユニークな伝え方も探っていきたいですね。
今後はコラボレーションの可能性も。クリエイティビティの加速を目指して
―ここまでチームの視点でお話を伺ってきましたが、個人ではそれぞれDELTAのどこにモチベーションを感じて取り組まれていますか?
坂本
パナソニックは大きな会社であるが故に、社内や内部のみで活動することも多いのですが、DELTAはこうして外部に活動の場を持つだけでも楽しく仕事ができて、エンゲージメントが高まっている実感があります。このプロジェクトをきっかけに、もっと仕事自体が面白くなっていったら嬉しいですね。石川
近年は一般的に「デザインシンキング」が普及してきた背景もあり、体系化されたデザイン手法が活用される機会が社内でも増えてきています。一方で、型に則ったデザインをするだけではなく、破っていくことにも挑戦しなければ本来の意味でのクリエイティブは追求し続けられない。だから我々は、「こういうやり方でもいいんじゃないの?」「こんなプロセスがあっていいよね」と、つくり方そのものをデザインしていきたい。そういうカルチャーが育たないと、クリエイティブな企業として維持できないと思います。小さな作用かもしれないですが、トライアルを繰り返しながら、ポジティブな事例をつくっていけるといいですね。
―今後コラボレーションしてみたいプレイヤーのイメージを教えてください。
村上
そうですね。素材の会社やクリエイティブ系の会社など、さまざまな専門領域を持つ方と繋がるようにしています。情緒的価値を探求するためには光や音、家具、ハプティクスなど様々な専門家や面白い視点を持っている方と繋がる必要があるので、コラボレーションは積極的にしていきたいですね。プロトタイプを展示して、一般の方にも見て体験いただくというのもチャレンジしたい。地域や街づくりに関わることも当然我々だけではできません。例えば、実験的にBarをつくってみようというプロジェクトがあったら、この周辺の飲食店と組んで一緒にやった方がきっと面白くなるはず。大橋会館を中心とした地域はもちろん、エリアに限らず挑戦してみたいですね。この大橋会館の拠点も、お問い合わせいただければ見学も可能なので、DELTAの取り組みに興味のある方はぜひお越しください。
(※本記事は過去に『知財図鑑』サイトに掲載されたものを、note用に再編集して転載しています)