言葉の物質化で、人と地域の新しい関係性を生み落とす。「言山百景」がつむぐ、フィジカルとバーチャルを越える地域文化。
「これからの豊かなくらしとは何か」を問い直し、従来の形や常識にとらわれない発想で具現化し続けてきたデザインスタジオ、FUTURE LIFE FACTORY(以下:FLF)。
彼らの2021年度の集大成である展示会「Remixed Reality EXHIBITION あなたと未来のくらしを問う7日間」が、2022年3月に下北沢BonusTrackにて開催されました。
誰もがあらゆる世界を行き来し、体験が溶け合い、つながる中で、人とくらしのあり方を新たな価値として “再編集=Remix” した、人とくらしの未来のリアルを問う展示です。
今回は、【Lifestyle】【Personality】【Community】の3つの領域をテーマに、サービスやプロダクトを考案。それぞれのプロジェクトを担ってきたFLFのメンバーに、アイデアが生まれた背景やこだわりについて取材し、全3回にわたってお届けしてきました。
最終回は、【Community】をテーマにした「言山百景(ことやまひゃっけい)」です。
「言山百景」は、すでにご紹介してきた2つのプロジェクトとは異なり、2020年4月13日(水)から17日(日)まで、日本橋のアートホテル「BnA_WALL」 にて実験的なイベントを開催予定。そこで今回の展示会では、その告知を兼ねたプロトタイプ版を発表しました。担当メンバーは川島大地(かわしま・だいち)と、シャドヴィッツ・マイケルです。
コロナ禍によって、リモートワークや飲食の配達サービスなどが広く普及したことで、わたしたちの日常生活の多くは、自宅で完結できるようになりました。今後、帰省や観光といった遠方の非日常的体験も、デジタル上の体験に代替される流れが加速していくかもしれません。
物理的な移動が減って、バーチャル世界でくらす時間が長くなっていくことが予想されるこれからの未来。便利さもある一方で、リアルな世界における“人と地域とのつながり” が希薄化し、昔から根付いてきた日本の文化が失われたり、新しい文化が生まれなくなってしまったりする可能性もあるのではないでしょうか。
同じ思いを持った人同士が協力し、地域の新たな魅力を引き出す
そんな未来への危機感と「リアルな世界に文化を残したい」という思いから生まれたのが「言山百景」です。
「言山百景」は、地元でくらす人だけでなく、その土地に愛着を持つ人同士が協力し、それまでの伝統や文化を尊重しつつ、その土地の新しい魅力を引き出すまちづくりプロジェクトです。
具体的には、まず、風景が印象的な様々な土地に3Dプリンターを設置します。その風景を見て感じたことを公式のWebサイトから入力すると、3Dプリンターから質量を持った文字がオブジェとして出力され、言葉が山のように積もっていくというもの。
4月に行われるイベントでは、実際の場所で実施する代わりにフォトグラファーが撮影した様々な土地の印象的な風景を映し、参加者それぞれがその土地に込める思いを言葉として生み落とし、アート作品のような“風景”をつくる予定。願い、祈り、告白、ぼやき、メモ、だじゃれ。ひとりごとからメッセージまで、参加者の自由な言葉を紡いで欲しいと、メンバーの二人は言います。
体験終了後には、アート作品をともにつくった「リレーションシップクリエイター」として、参加者の名前をサイトに掲載する予定です。それによって参加者自身が、その地域の新たな魅力発見に「自分自身が貢献した」という感覚や遠く離れた土地とのつながりを感じて欲しいとのこと。
その前段階として行われたBONUS TRUCKでの展示では、体験のイメージを掴んでもらうために、「言山百景」を擬似体験できるデジタルサイネージを用意。「いいけしき」や「うつくしい」など、自分がキーボードに打ち込んだ文字が、画面上の風景の中に、ぽーんと落ちてくる様子を体験することができました。
また、さまざまな背景を用意してショッピングモールに設置し、自由に思ったことを呟いてもらうなど、ひとつのデジタルコンテンツとしての可能性も感じられました。
3Dプリンターで、距離を越えたつながりを作る
今回二人が「言山百景」でこだわっているのは、実際に3Dプリンターで文字を成形して組み立てる、いわば「フィジカル」の体験部分。なぜ現実世界にタンジブルな”もの”として残すことにこだわるのか、改めてこうしたアウトプットに至った背景を聞いてみました。
川島:今の時代、アナログだったものがどんどんデジタルに置き換わっていますよね。でもそれによって、逆に不便になることもあると思うんです。たとえば電子マネーでの支払いは、実際に財布からお金の受け渡しをしないぶん、残高が減る実感がなくなってしまう。そういう危なっかしい部分も含めて、何でもかんでもデジタルにするのではなく、『デジタルとアナログの上手な付き合い方』を模索しないといけないねと話していました。
そのなかで課題にあがったのが、コロナ禍によるリアルなコミュニティやネットワークの限界。そして、未来のくらしにおける人と地域の関係性の希薄化でした。
メタバースなどバーチャル空間でのくらしが当たり前になる未来において、リアルな世界に人と地域の関係性やその土地の魅力・文化を残していくにはどうしたらいいのか。
そこに対するアプローチとしてふたりが考えたのが、「バーチャル空間にいる人も、リアルな場にコミットできるような体験をつくる」ことでした。
マイケル:物理的に区切られた集合ではなく、仮に離れた場所にいても、その場に思いを寄せている人はみんな仲間であり、同じコミュニティだよねという考え方をしても良いのではないかと思ったんです。
打ち込んだ言葉を3Dプリンターで形成し、風景の中に積み重ねていくというアイデアのヒントは、意外なところにありました。
川島:神社の絵馬や、アーティストのグラフィティ、旅館に置かれたノートなど、自分のメッセージや表現をその土地に残すような文化って昔からあるじゃないですか。時間が経っても、それに触れるたびに地域とのつながりをほんのりと感じられる。そういったものが、バーチャルの技術と組み合わさったときにどう進化するのか、興味があったんです。
自分がスマホから文字を打ち込んで切り出された言葉たちが、とある町の新しい魅力や文化を生み出すことにつながっていく。それを想像すると、たとえ距離が離れていたとしても、つい愛着を感じてしまうのではないでしょうか。
マイケル:見せ方の部分でヒントにしたのは、主に京都では馴染みの深い『借景』という造園技法です。生み出した文字の山が、すでにある風景を借りて、ひとつの作品として成立したらすごく面白いんじゃないかと思ったんです。今はアートの文脈が強いですが、将来的には『言山百景』の考え方がまちづくりの文脈などにも取り入れられると良いなと思っています。
言葉で “人と地域の関係性” を変えていく
今後、さまざまな地方自治体と連携することを想定している「言山百景」。まだまだ形を変えていく可能性はありつつも、現段階では「言山百景」を通じて社会はどう変化していくと思うか、聞いてみました。
川島:まちづくりといっても、行政によるトップダウン型が主流で、市民の思いが反映されていないケースが多いと感じます。でも、市民以外にその土地に愛着を持つ人たちもコミットできて、いろんな声が反映されるボトムアップ型のまちづくりになれば、また違った視点で新しい文化や魅力が生まれていくと思います。
もしかしたら『言山百景』自体が、地域の需要を知るためのシステムになるかも、なんて思っています。たとえば『ここに本屋がほしい!』とか『居酒屋があったら良さそう』みたいな言葉がそこに積もっていったら、そういう思いをもった人と地域を盛り上げることができるかもしれません。
さらに、ゆくゆくは3Dプリンターで成形する文字自体を、その土地で不要になったものを使ったリサイクル素材や、自然分解できる材質に改良したいと語る二人。成形されて舞い降りた文字がその土地で分解され、やがて野菜を育てる肥料になるような、「循環」を生み出すことを目指しているのだそう。
もしかしたら近い未来に、「“自分の言葉”で育った野菜を食べる」という新しい体験が可能になるかもしれません。
マイケル:実際に参加してもらえれば、一緒に“まちをつくっている”という感覚や、つながりを感じられると思う。まずは4月に行われる展示を入口にして、体験してみてほしいですね。僕たち自身もどうなるかわからないし、どんな反応があるのか想像できないけれど楽しみです。
イベント当日は、会場でのライブ配信も実施する予定。オンラインとオフラインのどちらでも楽しむことができますが、実際に言葉が3Dプリントで形になる体験をしたい方はぜひ「BnA _WALL」の会場へ。
人と地域を言葉でつなぎ、新たな関係性を生み落とすプロジェクトに、あなたも参加してみませんか?
言山百景in BnA_WALL
特設サイト:https://www.kotoyama100kei.com/
※事前参加予約受付中
【日時】2022年4月13日(水)-17日(日)11:00-18:00
【会場】BnA_WALL (東京都中央区日本橋大伝馬町1-1)
【参加料】無料
執筆:むらやま あき
編集:イノウ マサヒロ
写真:鶴本正秀