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新しい自分は、他者のまなざしの中に。「ALTER EGO」が目指す、自己の可能性を拡張しつづける未来

「これからの豊かなくらしとは何か」を問い直し、従来の形や常識にとらわれない発想で具現化し続けてきたデザインスタジオ、FUTURE LIFE FACTORY(以下:FLF)。

彼らの2021年度の集大成として、3月10日(木)から16日(水)にかけて、下北沢ボーナストラックにて、「Remixed Reality EXHIBITION あなたと未来のくらしを問う7日間」が開催されました。

誰もがあらゆる世界を行き来し、体験が溶け合い、つながる中で、人とくらしのあり方を “再編集=Remix” した未来のリアルを問う展示です。【Lifestyle】【Personality】【Community】の3つの領域をテーマに、サービスやプロダクトを考案。それぞれのプロジェクトを担ってきたFLFのメンバーに、アイデアが生まれた背景や思いを語ります。

前回の記事はこちら。

今回は【Personality】をテーマにした「ALTER EGO」。担当メンバーは、井上隆司(いのうえ・りゅうじ)と小川慧(おがわ・けい)です

左:井上隆司 右:小川慧

他者の心の中にいる自分を取り込む、自己拡張体験

ECサイトや動画視聴サービスなどをはじめ、当たり前になったAIによるレコメンド機能。自分に合った情報が自ずと提示されるようになり、わたしたちのくらしをますます便利にしています。しかし、現在の自分に近しいものばかりで構成され、新たな自己を発見する可能性を狭めてしまうといった、負の側面も否めません。便利さと引き換えに自分の可能性を狭める未来は、人間らしいくらしとどんどん乖離してしまいます。

そこで、二人が考案したサービスが「ALTER EGO」です。
「ALTER EGO」は、対話の中で相手の心が動いたポイントを見つけ出し、相手の中にいる“もう一人のわたし”を疑似体験するもの。これを可能にしたのは、パナソニック プロダクト解析センターが開発した、人間の感情の動きを捉える「感情センシング技術」です。

展示では、カメラとモニターが設置されたブースを用意。まず、反対側のブースにいる相手の姿を見ながら、制限時間内にいくつかの質問について対話をしていきます。

お互いに全ての質問に回答しおわると、カメラは相手の目の部分にズームイン。相手の目に見えていた“対話中の自分”と出会うという粋な演出のあと、感情センシング技術によって分析された、相手の感情の動きが、色とグラフで映し出されます。

今回は、感情センシング技術の向上のための実験的取り組みでもあることから、「心の動き」を測る仮説として、顔の表情(どれだけ笑顔だったか)と動き(うなずき、横振り)のセンシングを実施。その仮説のもと、対話中に相手にとって特に心の動きがあった3つのシーンがピックアップされ、相手から見た自分自身を振り返ります。

周りを包むカラフルな”もや”は、自分と話しているときの相手の表情や顔の動きを表現。色によって、表す意味が異なります。

青色は「顔の横揺れ=高揚」、赤色が「笑顔=喜び」、黄色は「うなずき=共感」です。たとえば、黄色の割合が多かった場合は、相手が強く共感していた場面であるということ。自分自身の姿を見ながら振り返る時間は少し恥ずかしくもありますが、「自分はこんな表情をしていたんだな」「笑顔が多いから、相手を楽しくさせられたのかも」といった気づきにつながります。

最終的には、相手から見た自分「ALTER EGO(=もう一人の自分)」の映像が生成されます。

この場合、全体的に赤色や黄色が多いので、相手はうなずきながら笑顔で対話していたことがわかります。

この映像はスマートフォンで写真を撮影して持ち帰ることができます。ブースを出て、お互いの「ALTER EGO」を見せあってコミュニケーションを深めつつ、自分自身が何を感じたのかを振り返ることで、他者の視点を通した自己理解につなげることが狙いです。

他者だから気付ける自分の良さが、可能性を広げていく

このプロジェクトの原点にあるのは、「ありたい自分の姿」を自ら創造するくらしを実現させたいという思い。そのためには、自己理解が必要不可欠。
黙々と自分で考えるだけでなく、他者との会話を通じて「自分が気づかない自分の良さ」を知ることが、自己の可能性を広げる重要なキーになるのではないかと考えた小川氏と井上氏。

そうした他者からのフィードバックを疑似体験するために生まれたのが、今回の「ALTER EGO」です。

小川:AIは収集したデータを元に特定の答えを出す側面があるけれど、人の場合は感情や思考の変化によって、意見がコロコロ変わりますよね。たとえば、体型にしても、AIであればBMI平均値などから数値的に判断してしまうけれど、人の場合は捉え方はさまざまです。そういう意味で言うと、人って『魅力発見機』だと思ったんです。AIとは違う、自己拡張の手段としての可能性を秘めているんじゃないかと考えました。人からのフィードバックは、言葉や評価の幅や変化が大きいぶん、新しい魅力の発見につながる可能性が大きいと思います。いろんなフィードバックの中から自分が受け取りたいものを選んで自分の新しい可能性を見つけられるといいですよね。

大切なのは、数字よりも自分の想い

「ALTER EGO」の体験の核は相手のリアクションを通じて、新しい自己と出会うこと。そのため、対話の質問設計にはかなり気を使ったそう。

小川:今回、相手の自然なリアクションを引き出すための質問を設計しましたが、改めて日常会話の凄さを感じました。

問いかけてみると答えづらい質問だったり、無理に反応を引き出す大喜利のような質問になったりして、本来の目的である自然なリアクションを得ることが難しかったです。最終的には、コーチングの専門家との議論により現在の質問に落ち着きました。質問を絞る上で、誰でも答えがパッと頭に浮かびやすく、かつ相手のことを考えたり共通点を探したりしながら対話できること。『なぜそう思ったのか』を含めて、お互いに議論がしやすい流れになることを意識しました。

また、今回の体験では、あえて「笑顔度80%」のような具体的な数字を出さず、感情の動きを3つの色の濃淡で表現しています。

小川:数字を出さなかったのは、それに振り回されすぎてほしくないという思いがあったからです。どうしても数字に意識が引っ張られてしまって、ネガティブな気持ちになったり、話すことを意図的に変えてしまったりすれば、本来の目的である自己理解にまで辿り着かなくなってしまう。今回はその感情の部分をもやの表現や色で見せることで、何かしら相手の心が動いたんだなという事実を、感覚的に理解できるようにデザインしました。

井上:人からのフィードバックを言葉だけでたまに言われたとしても、必ずしも素直に受け入れられないこともありますよね。『なぜ相手の心が動いたんだろう』と自分自身で考えるプロセスを踏むことで、相手からのフィードバックを素直に受け入れることができ、自己理解が深まるのではないかと思うんです。だからこそ「ALTER EGO」でも、最終的には相手の顔ではなく、他者視点や他者感情を通した“自分自身”の姿を見つめ直すような流れになっているのです。

自己の可能性の拡張は、ありたい姿を創造する力につながる

特別なタイミングで1回きりではなく、ゆくゆくは日常的な会話や、日々のデジタルコミュニケーションをするときに「ALTER EGO」が使われるようになることを目指しているという二人。さまざまな人と対話を重ねれば、そのぶん新しい自分が見つけられるかもしれません。

最後に、「ALTER EGO」を通じてどんな社会をつくっていきたいか。二人の思い描く未来とは。

井上:自己理解が進むことで自身の強みを知ることができれば、他人に左右されなくなるのではないかと思うんです。さらに「ALTER EGO」によって自己の可能性を広げることで、環境が変化してもいつまでも「自分らしい」くらしができるようになればいいですよね。

小川:僕らが目指すビジョンは、自分でありたい姿を創造する力を身につけること。今は自分の好きなことなどをSNSですぐに見つけ、収集しやすくなったと感じますが、一方でそのカテゴリーの情報ばかり見てしまい、新しい発見がしにくいなと感じます。さらに、テキストベースでの会話やパンデミックによって、自身の可能性を広げる機会自体も減ってきていると思うんです。すでに、自己理解や自分らしさを大事にしようというムーブメント自体はかなり大きいので、「ALTER EGO」がその一つの手段になったらなと思っています。

対峙する人の数だけ存在する自分。まだ自分でも認識できていない、素晴らしい魅力や可能性に出会うことで、「自分らしさ」の輪郭が見えてくるのかもしれません。そう思うと、ちょっとワクワクしませんか? 

さて、ラストとなる次回は【Community】をテーマにした「言山百景」です。希薄化していく “人と地域との関係性” をつなぎ変える新たな取り組みについて、担当者が語ります。

執筆:むらやま あき
編集:イノウ マサヒロ
写真:鶴本正秀

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