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環境にやさしい行動を、”とりたくなっちゃう”日常へ。「Carbon Pay」で描く新しい生活様式

「これからの豊かなくらしとは何か」を問い直し、従来の形や常識にとらわれない発想で具現化し続けてきたパナソニックのデザインスタジオ、FUTURE LIFE FACTORY(以下:FLF)。

2021年度の集大成として、3月10日(木)から16日(水)にかけて、下北沢ボーナストラックにて、「Remixed Reality EXHIBITION あなたと未来のくらしを問う7日間」が開催されました。

誰もがあらゆる世界を行き来し、体験が溶け合い、つながる中で、人とくらしのあり方を “再編集=Remix” した未来のリアルを問う展示です。【Lifestyle】【Personality】【Community】の3つの領域をテーマに、サービスやプロダクトを考案。それぞれのプロジェクトを担ってきたFLFのメンバーに、アイデアが生まれた背景や思いを語ります。

今回は【Lifestyle】をテーマにした「Carbon Pay」。担当メンバーは、井野智晃(いの・ともあき)鈴木慶太(すずき・けいた)です。

左:鈴木慶太 右:井野智晃

地球とつながる自分になる、これからの新習慣

わたしたちが今、こうして呼吸をしている間にも、日々深刻化していく環境問題。しかし、頭ではわかっていても、自分事にするのはなかなか難しく、取り組みに対してどこかハードルの高さを感じている人も多いはず。

一人ひとりが環境に配慮した行動をとるためには、日常生活の中での習慣化が必要なのかもしれません。

そこでふたりが考案したのが、環境問題と日常の行動を紐づけるサービス「Carbon Pay」。自分のカーボンフットプリント(※)に合わせ、その量に相当する金額を、CO2を吸収する取り組みを行う団体に寄付できる仕組みです。

支援したいと思う団体を自分自身で選択して、支援として”ペイ”(=お金を払う)することで、将来的に自分が排出した分のCO2による環境負荷とカーボンペイしたことによる貢献とのバランスをとるというもの。

支援先は、森の保護・植樹・サンゴの植え付け・再生可能エネルギー発電所の建設・その他グリーンテクノロジーなど、さまざまな団体を想定しています。

※カーボンフットプリントとは?
商品・サービスのライフサイクルの各過程で排出された「温室効果ガスの量」を、CO2量に換算して表示することです

展示会では、エアコンのリモコンやコーヒーメーカーなど、くらしの中にある家電に「Carbon Pay」のシステムを組み込み、自分のカーボンフットプリントと、それをいくらでペイできるのかを知ることができるライフスタイルを提案。

自分自身が生活の中でどれだけCO2を出しているか、日々の意識付けに繋げるのが狙いです。

会場では、家全体のカーボンフットプリントを表示したアプリも展示。このアプリは、家電に搭載された「Carbon Pay」ボタンやNFCタッチでカーボンペイできる「Carbon Pay Touch」と連動。設定した目標CO2量を超えてしまうと家電に付随した「Carbon Pay」ボタンが赤く光ったり、アプリ内のCO2排出量を表すグラフィックが赤くなったりして、ペイするタイミングをお知らせしてくれます。いずれはボタンを押すことで、アプリから支援先へお金が送られるようになることを想定しています。

「Carbon Pay」ボタンを押してペイすると……
アプリの画面上も赤色から……
緑色に変化し、すっきりした気分を味わえます。

ここで重要なポイントは、支払ったからといってカーボンフットプリントの量が減るわけではない、ということ。将来的な削減には繋がりますが、CO2の排出をなかったことにできるわけではありません。排出量を残すことで、日々の生活への意識づけを強める狙いがあります。

急激に変わる世の中と、変化のない日常を結びつける

実はこのプロジェクト、環境問題への課題感を起点にスタートしたわけではありませんでした。

井野:もともとのテーマは、『日々の生活の中に変化を起こす』だったんです。コロナ禍で世の中は大きく変わったのに、自分自身はアップデートできている感覚がなかった。毎日心地いい空間でリモートワークして、画面とばかり向き合っているけれど大丈夫か、と。自分も未来に向けて何か変わった方がいいんじゃないかと考えたときに、今まであまり取り組めていなかった環境問題をやるべきだと思うようになりました。

以前まで環境問題に強い意識を持てていなかったのは、鈴木も同じでした。

鈴木慶太

鈴木:働き方やジェンダーなどいろんな社会問題を並べたときに、自分が一番意識できていなくて、習慣を変えるために取り組むべきなのは、環境問題なんじゃないかなと素直に思いました。他のものは関心を寄せて情報を仕入れていたけれど、環境問題は壮大でどこか自分事に捉えられず、距離を感じてしまっていたんです。だからこそ、今回あえてプロジェクトでぐっと踏み込むことが、自分自身のきっかけにもなるんじゃないかと。

「変化の少ない毎日をどうアップデートしていくか」という問いがベースにあったからこそ、アウトプットにも変化が生まれたという。

井野:毎日の習慣を変えていくには、やはり日常の延長に仕組みがあることが大事ですよね。だからこそ、新しく『カーボンフットプリント表示器』のようなものをつくるのではなく、ふだん使っている家電にボタンを付けるというアイデアに繋がった。これが、最初から環境問題に取り組むぞ、という意識だったら、たぶん全然違うアウトプットになったと思います。

大切にしたのは、日常への馴染み感

あくまで、日常の延長に仕組みを。それを踏まえて、ふたりがサービスやプロダクトを構想する上で大事にしたポイントは何だったのでしょうか。

鈴木:たとえばエアコンのリモコンは、あえて誰が見てもリモコンとわかる形状にしています。未来感のあるシンプルでスマートなデザインにすることもできたし、実際に今後そうなっていくのかもしれないけれど、どこか遠く感じて自分事ではなくなってしまうのではないかと思うんです。それよりも、こうして『冷房』や『暖房』のボタンと液晶画面がある、馴染み深いリモコンに『Carbon Pay』の機能を載せることで、『本当にこんな現実がくるかもしれない』とハッとしてもらえるんじゃないかなって。

馴染み感を大切にしながらも、新しい挑戦に踏み込んだ家電もあります。それが、再生材料や環境負荷の少ない素材で作ったスピーカー。

スピーカーの表面は、着られなくなった衣類を粉砕して材料にしたものを使用。外装はたまごの殻を3Dプリンターによって造形したもの

鈴木:FLFはパナソニックの本業に囚われないデザインチームという位置付けのため、家電のデザインのような本業ど真ん中なことはやってこなかったんです。でも、環境負荷の低いという視点で、家電の素材を捉え直すのは、それはそれでFLFらしいと思い、スピーカーだけはゼロから自分たちで作りました。

環境にやさしいくらしが、おトクになる時代を作る

海外ではすでに、飛行機のフライト検索をするとCO2排出量が可視化されていたり、個人の排出量に応じてクレジットカードの利用制限がかかったりと、環境に配慮した取り組みが少しずつ当たり前に。

日本でも、温室効果ガス排出量削減のための取り組みを進めるべく、政府が国民一人ひとりのカーボンフットプリントを算出するようになると言われています。個人に炭素排出税を課す未来も、すぐ近くまで迫っているのかもしれません。

「ゆくゆくは、収支や食事のカロリー摂取を管理するアプリと並んで、『Carbon Pay』が3つ目のアプリになることをイメージしています」と鈴木氏。

そのように自身のカーボンフットプリントを意識することや、「Carbon Pay」が当たり前になったとき、二人はどんな未来を思い描いているのか。

井野:炭素排出税が始まったら、『税金を払わなければいけないから』と、ある意味強制的に、環境に良い行動をするようになる状況が生まれるのかもしれない。でもそうじゃなくて、『Carbon Pay』がさらに発展して、ふだんの生活の中で環境にやさしい行動をしたら、ポイントが貯まっておトクになるという仕組みがつくれれば、すごくポジティブですよね。たとえば家で野菜を育てて食べたり、車ではなく自転車で買い物に行ったり。

井野智晃

今はただ個々人の配慮に委ねられているものが、将来的にはお金を生んで、新しい経済圏ができるのではないかと井野氏。車を持たない人は、持つ人と比較したときに削減できるCO2分のベーシックインカムを得られる、なんて未来も実現するのかもしれません。

井野:一人ひとりの意識が高まって、環境に負荷の少ない生活をしたい人が増えれば、好まれる商品も変わってくるはず。環境に負荷のかかる塗装や、材料を使っている商品は買いたくないという意識がどんどん広まる。それによって、『廃材を使用している』とか、『リサイクルを何回している』といったことが、新しい外観価値になっていくかもしれない。

コーヒーかすの色を生かしたり、リサイクルを重ねると変色してしまう樹脂をポジティブに捉える事が重要

井野:今は冷蔵庫や洗濯機のような大きな面積の家電がつるつるに塗装されていたり、ドライヤー一つに何色もカラーバリエーションがあったりするけれど、塗ってない方が逆に心地いいし、無垢な感じが家に合うみたいな暮らしになっていく可能性もありますよね。他にも、スーパーや家電量販店のポップに、商品が店頭に並ぶまでに排出されたカーボンフットプリントが表記されるようになれば、価格や味以外の新しい選択基準になる可能性も。そうしたときに何を選ぶのか、発展したデザインの価値の提案として、皆さんにも考えてもらえたらと思います。

鈴木:40年ほど前に、日本でもペットボトルで水が売られるようになって、当時僕の親世代は『水を買うの?』という感覚だったらしいんです。でも今は、それが当たり前になっている。となると、同じように見えないCO2に対してお金を払う行為が、数十年後の僕たちにとっては当たり前になっているかもしれないですよね。僕らのプロジェクトが目指しているのは、『環境に対してみんなでお金を出して、団体を応援していこう』ではなく、いつかやってくる未来を想定して『環境に良いアクションを積極的に選んで行動していこう』ということ。『Carbon Pay』がそのアクションの選択肢の一つになればいいなと思っています。


パナソニックは2022年の1月に、新たな環境コンセプト「Panasonic GREEN IMPACT」を発表しました。この中で、パナソニックはバリューチェーン全体から年間約1.1億トンのCO2を排出しており、それは世界の消費電力のほぼ1%に責任を負っていることを明らかにしました。そしてその大半は、毎日10億人以上が利用している、パナソニック商品の消費電力による排出です。

カーボンニュートラルの達成には、自社からのCO2排出量を実質ゼロにするのはもちろん、お客様の商品使用による排出量の削減にも貢献していかなくてはなりません。

「Carbon Pay」構想は、「Panasonic GREEN IMPACT」の一旦を担う可能性を持ったものです。

個人が毎日の生活の中で地球温暖化問題に対してアクションできるアイデアを、まずはコンセプトとして発表し、お客様に問いかけ、新しい日常を作っていきます。


次回取り上げるのは、【Personality】をテーマにした「ALTER EGO」。自分の可能性をひろげる、新しい自己理解に向けたサービスについて、制作担当者に話を聞きました。展示での体験を交えてお届けしますので、ぜひお楽しみに。

執筆:むらやま あき
編集:イノウ マサヒロ
写真:鶴本正秀

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