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材料開発に「失敗」はない!とにかくめげない技術者の、化学素材の研究開発実験室へようこそ



「これって面白いよね」から何年もかかるのが材料屋の仕事

パナソニックの炭素系材料「グラファイト」。瞬時に熱を伝えることができ、ノートパソコンやスマートフォン、小型人工衛星などの熱拡散材として広く普及しています。実はこの「グラファイト」、製品化されるまで、実に10年以上の月日を費やしてきたそうです。

写真はグラファイト。様々な厚みのものがある。

今回は、グラファイトの開発者で、2017年に紫綬褒章を受章※した西木直己さんを訪ね、これまでの経験談や開発の裏話をお聞きしました。
※「柔軟性を有する結晶性グラファイトシートの開発」で紫綬褒章を受章

パナソニックホールディングス株式会社 技術部門
マニュファクチャリングイノベーション本部 西木 直巳さん

西木「材料開発には時間がかかります。一般的な材料メーカーの人たちと話をすると、『10年はかかるよね』というのが、素材技術者の共通認識。ですから、半年ぐらいで新機種が出る家電メーカーの開発スパンとは、大幅にズレがあるんです。同じ社内でも、材料、設備、商品の開発担当者では、時間の流れ方が全く違う。『これって面白いよね』から何年もかかるのが、材料屋の仕事なんです。すごく地味でしょう?(笑)」

一気に成果が出る仕事ではないだけに、「ある程度ざっくばらんにやっていかないと、どうしてもマンネリ化してしまう」のが悩みの種だそう。

西木「もちろん、一喜一憂はしたいですよ。何かないとさびしいから(笑) だから常に隠し玉は持ってます。机の上に載ってるのは1個か2個だけど、机の下や蔵の中では常に7~8個のアイデアが『出番まだですかね?』と待っている状態。それらの存在はいつも意識していて、大きな展示会だとか、大学の先生や他社の人との雑談の中で、『こんなのあるよ』『これ使えます!』みたいな感じで、ひょいっと出番が訪れたりするんです」


新たなアイデアは、仲間との雑談から生まれる。

西木「みんなでお茶を飲みながら『あれどうなってる?』『こんなのできそうじゃない?』とアイデアを出し合って、いろいろ実験しています。言い方はちょっと悪いけど、素材開発は博打みたいなもの。『こういうことが将来必要になるだろう』と、ある程度予想して開発する。10個やって10個当たったらすごいけど、大体は当たらない。でも、それは“失敗”ではないんです。何度も“お蔵”から出してきてはまた送り返すという繰り返しなので、“まだ失敗はしていない”んですよ(笑)」

ここで西木さんに、”お蔵”にはどんなアイデアが入っているのか聞いてみることにしました。

①バニラアイスが黒く染まる!?口まで運べない悲しみのアイスクリームスプーン

スプーンの試作品。ぬる~っと氷に入っていく感触が、不思議でした。

西木「熱を伝えやすいグラファイト製のスプーンなら、固いアイスも食べやすいんじゃないかと思ってつくってみたのですが、カーボン素材だからバニラアイスが黒くなってしまったんです(笑) しかも、熱が伝わりすぎて、口に入れる前にアイスが溶けてしまうんです」
…そうして“スプーン”は「お蔵」に帰っていきました。

②一度着ただけで断線!?ぽかぽかスキーウェア

西木「スキー場って寒いじゃないですか?そこで思いついたのが、上着の裾に乾電池を入れて、ヒーターとグラファイトで、背骨周りを効率的にあっためる防寒ウェア。すごく良かったんですけど、すぐに断線してしまうので、翌日着てみたら全然温かくならないという残念な結果に。」
…そうして“スキーウェア“は「お蔵」に帰っていきました。

③冷たすぎるし、暑すぎる!?効果一瞬の涼感ベスト

長い間「お蔵」に入っていた“スキーウェア”が、形を変えて「お蔵」から出る時が来ました。
西木「おまわりさんの防弾チョッキや放射線防護服って暑そうだけど、グラファイトを活用すれば、機能を保ちながらも涼しく作業できるんじゃないか?というヒラメキから、思いついたのが涼感ベスト。試作しようという話になって、アメ横で米軍放出のベストを買ってきたんです。 内側にグラファイトを貼って氷を入れたらひんやりはしたんですが、湿気を通さないので蒸れまくってしまい、逆に熱中症になりかけました(笑)」
…そうして“涼感ベスト”は「お蔵」に帰っていきました。

材料開発に「失敗」はない!

実験にまつわるさまざまなエピソードを、ユーモアたっぷりに話してくださる西木さん。さらに2つ、忘れられない大事件を教えてくれました。

西木「長年やっていますから、それはいろいろなことがあります。ひとつは、グラファイトをつくる炉の温度コントロールに失敗して、冷却水を噴出させてしまったこと。その水が変電室に流れ込んで停電し、建屋の2階にある大きな製造ラインを丸ごと止めてしまいました。もう一つは、炉をメルトダウンさせてしまったこと。幸い、大きな事故にはなりませんでしたが、炉の修理代を見た上司に大目玉を食らいました(笑)」

人に迷惑をかけることは「失敗」。けれど、実験で思うような結果が出ないことは「失敗ではない」と西木さんは言います。

西木「材料開発に失敗はないです!なぜなら、お蔵入りしているものも含め、『まだ成功していないだけ』だから。先ほども申し上げた通り、材料開発には時間がかかります。自分たちがやっているものが世の中に出るのが早いか、自分たちが引退するのが早いか、それだけのこと。若い人たちに伝えたいのは、とにかくめげないこと。『ええやん、失敗して』というマインドで、いろいろなことに挑戦してほしいと思います」

素材の可能性は無限。だから楽しい

最後に、西木さんにとっての「仕事の楽しさ」「素材を扱う面白味」について聞いてみました。

西木「仕事の楽しさは、新しいものを考えて、つくれること。前の日につくったものを、翌朝ワクワクしながら見られること。素材は一番最初のもの。パソコンも半導体も、すべて素材からできている。可能性は無限で、そこを自分がやるんだ、というのが楽しいところだと思います」

マテリアル(化学素材)を起点に未来の暮らしをソウゾウする「_and Material」。マテリアル・イノベーション・マガジン編集部では、これからも、化学素材にまつわるモノ、ヒト、コトに注目し、その魅力をお伝えしていきます。どうぞお楽しみに!

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