顔が、オフィスのカギになる。〜入退セキュリティ&オフィス可視化システム KPAS〜
顔パスでオフィスの入退ができる「KPAS」。使い方は、初回に専用レジスターで名刺と顔を撮影するだけ。それも1秒以下の認証スピードで、簡単に利用者登録ができます。以後は顔パス。マスクやサングラスの着用、化粧はもちろん、経年変化した顔でも認証可能。ドア横の壁掛けチェッカーに顔を向けるとすぐに開錠、入門ゲートと一体型のチェッカーは、通過する一瞬で顔を照合します。KPASは構想からわずか1年で商品化(案件対応)され、デジタル名刺を活用した人的ネットワークの見える化など、さらに便利な機能に用途を広げようとしています。
<TALK 1 アジャイル開発の実践>
名刺+顔が紐づく、顔パスの魅力。デザインシンキングで使いやすさを追究。
社内をつなぎ、社外と磨いたコンセプト。
ー構想から最初の半年間には、どんなことが起こっていたのでしょうか。
永井さん:最初のオファーは、企画段階からでした。オフィス向けの顔認証ソリューションという新しいアイディアに「何だこれ?」と引き付けられて、構想からサービスデザインまでやり切ってみたいと思いました。すぐにアイディアを見える化するために、3Dのデザインスケッチを作成しました。そこから意見を引き出して、それをプロトにする。みんなで、議論を交わしながらつくりましたね。
大西さん:ダミーのプレスリリースは、すでに完成品があるかのような出来だった(笑)。実際には、私たちのアイディアとコア技術は、お客さまの現場にどう実装するかが見えていない「種」の状態。それでも興味を示してくれたのが、重要顧客と接点のある社内の統合型リゾート(IR)事業推進本部、ビジネスソリューション本部、ライフソリューションズ社(以下、LS社)でした。KPASが世に打って出られたのは、最初にこのクロスバリューがあったからです。
注連さん:社外パートナーとのクロスバリューで大きかったのは、オフィス什器メーカーの皆様との共創活動です。皆さんが私たちのアイディアに可能性を感じてくださり、デザインシンキングの共創活動を何度も行いました。そこで生の声を聴くうちに、名刺を役立てるソリューション「名刺+顔」がコンセプトの中心になり、他社との差別化ができました。
大西さん:技術視点からだと、スペック競争になりがち。オフィスのオペレーションをどう変えていけば、快適で効率的な空間が実現できるかと考えたことで今までにない発想が広がりました。
永井さん:私たちには空港の顔認証ゲートで一定の知見がありましたが、名刺を出す、名刺を置くというのはオフィス特有の行動です。どんな使われ方をするのか、ユースシーンを想定しながら「ここに名刺を置いて登録する」という行動からデザインしていきました。人間工学的な使いやすさ、スムーズに使用いただくための最適な画面遷移フローの検討など、かなり難しかった部分です。
使ってみて、良くない所は変えるべし!
ー2018年のCEATECで、顔認証が採用されました。ここも転機でしょうか。
注連さん:初めての大規模な実証実験でした。ここでいただいたお客さまからの声が改良につながり「登録用レジスターが顔合わせしにくい」という課題も見えた。表面のハーフミラー式も見直して、ライブビューに変更しました。使う方の目線でどうなのかを問い直す機会になりました。
大西さん:この実証はIR事業推進本部による働きかけで実現しました。ハンズフリー入場の実績を訴求することで、ビジネスソリューション本部、LS社を介して三井不動産さまの新本社ビルという大型案件につながり、さらにそこから入退ゲートと一体となるチェッカーが生まれました。
永井さん:先に導入が決まっていたのが、すっきりとした美しいデザインが特徴のクマヒラさまのゲート。これとKPASを一体にする。普段はあまり目にしないガラスや金属素材を使うために、空間デザインに長けたLS社のデザインセンターに相談し、オフィス環境における色、素材の使い方などたくさんのノウハウをもらいました。
注連さん:求められたのはゲートに親和性のあるデザイン。KPASは3カ月ごとに4世代のプロトを経ていますが、デザイン面のモック製作、ペーパープロトはかなりデザイン側に無理もいいながら2週刻みで回しました。
永井さん:デザインスケッチや3DCGだけで検討を進めると「こんなに大きかったかな」「質感が違うな」とズレが生じます。まして、エントランスは新オフィスの顔。お客さまの期待に認識をすり合わせるために、プロトタイピングのプロセスを取り入れアジャイルに進めました。
大西さん:お客さまと同じものを見ながらディスカッションしていける、ここは非常に大きなポイント。早い段階からプロトの課題点についてご意見をいただくとともに、オフィス運営視点でのご要望もたくさん頂くことで、KPASの完成度を高めることができました。
注連さん:KPASはオフィス入退と名刺の組み合わせ。これからデータを蓄積できれば、追加のオフィス向けのソリューション、ビジネスモデルが考えられます。強みを生かすサービスにつなげたいですね。
大西さん:お客さまとの共創活動の幅を広げて、オフィスから街、生活空間まで顔認証を活用したインフラづくりを実現したい。そのためにも社内外との連携をさらに強くしていきたいですね。
永井さん:価値の具体化に、デザインが役に立ちます。行動や体験にフォーカスした、さらなるオフィス向けの使いやすさの追求。また、サービスとしてのお客さまのベネフィットを生み出したい。この2つがこれからの目標です。
<TALK 2 オール・パナソニック>
LS社の厚い土壌、独自の知見がマイナス要因さえもプラスに変えた。
初めての挑戦、エンジニアの総力が試される。
ーLS社と連携した、技術陣のクロスバリューについて教えてください。
松本さん:三井不動産さまの新本社ビルにはスポット光だけが採用された空間があり、顔認証にとって厳しい環境でした。この難局を打開したのが、LS社の照明技術です。景観やデザインを損なわず、明かりの強度や角度調整で照明を実現するLS社の知見に救われました。
山口さん:LS社のカード式入退室システム「eX-SG」の担当窓口、照明SEの方から助言、協力をいただきました。LS社の照明実験室に疑似環境をつくって認証性能をシミュレートし、現地にも同行してくださって。
松本さん:現場では、テストでは分からない問題、想定外が起こります。LS社も一体で解決したエンジニアリング力は、とても印象に残っています。
山口さん:お客さまにとっても初めての商品。ご要望とわれわれが提供できる商品とのギャップは手探りでした。密に打ち合わせをし、ご要望をフィードバックしてまたつくる、その繰り返しです。
大園さん:ソフト側もお客さまから伺ったご要望を元に、アプリケーションを仕上げていきました。ノウハウはない状況、LS社の方も含めた技術者が現地でいろいろなパラメータ調整をして、対応が取れる仕様を心掛けました。
樫本さん:私が実感したのは、クロスバリューの生みの苦しみです。言うまでもなくLS社とパートナーを組めば補完関係になりますが、難しいのは効果もハッキリしない状況で踏み込むこと。カード式のeX-SGと比較すれば、KPASはハンズフリーや簡単・スピーディーの良さがある。しかし、認識率の不安や外光などの環境に左右されるといった課題もあった。葛藤を抱える中で一緒にモノをつくってほしいという話です。LS社の理解がなければ、このプロジェクトは進まなかったと思います。
顔認証入退の普及はここから。社内連携をもっと深く。
ー技術的に特筆すべき点は、どこでしょうか。
松本さん:カメラから顔を見上げる、ゲート一体型のチェッカーをつくることになって、認証の難易度が上がりましたね。ウォークスルーだから、対象が暗い中で動くと非常にブレやすい。
樫本さん:ライブラリー側に工夫があって、暗いところで撮影しても対応できて、撮像条件によっても設定が変えられる仕様です。この技術は壁掛けチェッカーでも使われるなど、うまく横展開しています。
大園さん:ソフトの特徴は、チェッカー3タイプの共通化です。ゲート一体型と壁掛けタイプ、元々構想していたスタンド型までを一本化しました。今振り返ってみると、仕様を決めつけようとしていた自分の軸足が、この一本化を試みる中で動いた感覚があります。環境を問わず、簡単に設置ができなければ、KPASは広まらない。
樫本さん:標準仕様が何にでも対応できれば、件名ごとの個別対応の範囲は減る。言うのは簡単ですが、非常にハードルが高い。しかし、次への広がりを考えると、結果的にソフト側が、設置の課題を引き取ってひとつにまとめた効果は絶大です。
山口さん:実は三井不動産さまには、導入したKPASが成功すれば別件に使いたいとの意向もありました。試されたのはパートナーとしての技術力、サポート力、提案力。短納期の施工という意味では、パナソニック防災システムズ株式会社にも非常に感謝しています。
松本さん:課題にはすぐ対応、ポイントはそのスピード感や柔軟性です。これからの普及には、フロントメンバーが現地対応しやすい調整ツールが必要です。要素開発、アルゴリズム開発は進化させつつ、その精度を現場で最大化させるツール開発に注力していきます。
大園さん:現在は、あくまでもオンプレミス(据え置き型サーバーのシステム構築、運用)の入退システム。これからは、アプリケーションの幅を広げて、クラウドサービスにもつなげたいですね。
山口さん:オフィス全てが顔パスになったらいいですよね。コピー機やエレベーターとの連携など、オフィスでカードを使うシステムは顔認証に置き換えができるはず。実際に各メーカーさまとどう連携するかも動き出しています。
樫本さん:レファレンス件名が立ち上がり、パートナー企業とアジャイル開発も実践できました。さらに、LS社は共創プロジェクトに顔認証を紹介するなど、新しいユースケースを発掘してくれています。グループ内の連携も、さらに深めていきたいですね。
<TALK 3 次のステージ>
急速に拡大する市場、2025年へ。 共創でさらにKPASを育てたい。
大橋さん:2017年、パナソニックの顔認証技術は2つのニュースで世間に認知されました。NIST(アメリカ国立標準技術研究所)で世界最高レベルと評価された顔認証エンジン*と、空港向け顔認証ゲートの納入です。そして、オフィス用途のKPASにつながるまでに、もうひとつの大きな転機があります。パナソニック インフォメーションシステムズと一緒に取り組み、富士急ハイランドさまにご採用いただいた顔認証入退場システムです。この実用化で、セキュリティ用途以外にも「刺さる商品」が展開できると確信しました。
なりすましの防止など、KPASはセキュリティ機能を充実させていますが、オフィス用途なので年齢層が絞り込めた一面もあります。幼児や高齢者などの幅広い年齢層への対応もこれからのテーマです。また、登録数は現在3万顔ですが、さらに大きな施設を想定すれば100万人以上の入場者が頭に浮かびます。途方もない数字ですが諦めずに対処したいし、それが技術開発の醍醐味です。
*NISTが公開しているベンチマーク用の基準「IJB-A」による評価です。
古田さん:KPASの事業化では、ストーリーテリングの力を実感しました。ダミーのプレスリリースで「もし実現したら、Wow!って思いませんか」と話すと、巻き込むように仲間が増えていく。長く商品企画をしてきましたが、こんな経験は初めてです。原価と利益率は......、と企画書を書けば1年かかったかもしれません。そうではなく、3カ月単位×4回のアジャイル開発でプロトを更新し、手触りのあるデザインシンキングでアイディアを実現できました。
顔認証はオフィスビルを中心に年々拡大し、2025年には国内で2300億円、グローバルで1兆3000億円*に及ぶ魅力的な市場です。2026年に開業を目指すIRや、その翌年に大阪万博も控えています。カードもカギも暗証番号も必要なし。顔パスが当たり前の時代まであと数年です。非常に大きな機会、魅力いっぱいの現在、新しい共創軸を探しながら、KPASをさらに育てたいと思っています。
*グローバルはAccuray Reserch社、国内は富士経済を元に弊社で試算
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