経営者と現場の想いを束ね、事業の進むべき道を示したい。
宮下頌矢の働きぶりを見ると、経理という仕事に抱くイメージは大きく覆される。きっとそれは、この仕事に出会った時の宮下自身も同じだっただろう。パナソニックグループの経理とは、伝票処理と向き合うだけが業務ではない。
ミッションは経営幹部の意思決定のサポート。経理に求められる役割のひとつだ。製品開発に関わるあらゆる人の声に耳を傾けて意見を取りまとめる。経営会議にも当たり前のように出席する。そして、未来を見通せる数字を示し、最善の経営判断につながる提言を行う。たとえ、社長や事業部長が相手であっても、会社が誤った方向へ進もうとしている際には臆することなく制する精神力も求められる。
まさに「経営の羅針盤」。現場の目で見て、経営者のマインドで語る。それが、ここでの経理の仕事の本質だ。
宮下がパナソニックグループを選んだ背景には、学生時代のNPOでの経験と、台湾の経済史と中国語を学び海外へと視野を広げたことがある。NPOでの活動は、海外学生の日本企業へのインターンシップをサポートすることだった。
企業リストをもとに電話でアポイントメントを取り、スーツを着て営業に行く。学生であろうと、企業側から見ればコストが発生するビジネス。マニュアル通りに話しても相手は容易に心を開いてはくれない。どうすれば距離を縮められるのか。そこで学んだのは、ニーズが合わなければ決して話は噛み合わないということ。信頼してもらえるコミュニケーションとは何かを肌で感じながら過ごした日々が、現在の交渉力の下地となっている。
もうひとつ、宮下をパナソニックグループへと向かわせたのは、グローバル企業としてのブランド力だった。大学時代に中国語を選択したことをきっかけに台湾の社会学に興味を持ち、実際に台湾を訪れた。その時に、誰もがパナソニックを知っていることを目の当たりにする。NPOを通じて、自分がものを提案したり売ったりすることが好きだと気付いたこと、台湾を通じて、世界で活躍したいという想いに応えてくれる舞台があると思えたことが入社を後押しした。
「経理という仕事は、自分が最初に思い描いていた営業職とは異なるものでしたが、取り組んでみると、まさにやりたかった仕事そのものでした。たとえば営業職の場合でも、特定のお客さまと接する機会はあったとしても、自社のビジネス全体に関われることはそうありません。入社1年目から経営幹部と対話し、幅広い視野を持ってダイナミックに経営と関わることができたので、想像していた以上の経験をすることができました」。
現場のコスト調整の大変さを知りながらも、目標を達成する重要性を、数字を用いて一人ひとりに理解してもらうため交渉する。経営幹部がビジョンを示せば、それを現場に落とし込む。数字を武器に、組織全体がうまく循環するよう日々行動しているのだ。
「お金を司る経理という立場上、誰にでも都合のいいことばかり言えるわけではありません。嫌われ役になることもあります。でもだからこそ、宮下が言うなら仕方がないと受け入れてもらえるような信頼関係を築けるかが重要なんです。各部署とのつながりのなかで課題に向き合い、社内であってもギブ&テイクの関係であることが大切。経営幹部や開発者の本音にできるだけ多く耳を傾けること、どこまでいっても対話が勝負だと思っています」。
コミュニケーションを大切にする宮下は、じっと席に座って仕事をし続ける性格ではない。いつでも誰かと話し、一人ひとりの本音や事情に迫る。「全部を知る」。背景には、企業の隅々にまで目を配り、あらゆることを吸収しようとする姿勢があってこそ、経営判断のサポートができるという想いがある。数字や文字だけで納得ができない時には、工場にも自ら足を運ぶ。
「相談できる人の存在は、自分の力でもあり、武器になる」。学生時代から、周りを引っ張って先頭に立つよりも、一人ひとりの力を引き出す方が好きだったと話す。自分が結び目となり人をつなぐことは、未来への道をつくること。パナソニックグループには、歴史がある。技術力がある。ビジョンがある。でもそれ以上に、人間のエネルギーが溢れていることを、宮下は誰よりも知っている。
<プロフィール>
*所属・内容等は取材当時のものです。