「豊かなくらし」の可能性は、“B面”にある。FUTURE LIFE FACTORYが「B-side」をテーマに掲げる理由
冷蔵庫や洗濯機、スマートフォンにタブレット。
今、当たり前のように使っているモノやサービスも、誕生した当初は常識はずれの存在でした。私たちの日常は、常識はずれの存在によって豊かになってきたのです。
そんな、「いつかくらしを豊かにするかもしれない、常識はずれの存在」を生み出そうとしているのが、パナソニックのデザインスタジオ、FUTURE LIFE FACTORY(以下FLF)。
2021年4月から取り組んできたテーマは、「B-side」。
その言葉に、こんな想いを込めています。
なぜ、FLFは「B-side」というテーマを掲げたのか。具体的にどのような取り組みが動いているのか。その背景をメンバーへの取材も交えてお伝えします。
※今回テーマ開発から、後述のプロジェクト開発まで通年パートナーとして関わるMcCann Tokyo / McCann Alphαの吉富亮介(集合写真右)を迎えて取材を行った。
なぜ「B-side」なのか
「B-side」の「B」には、「バイアス(Bias)を、ユニークな突破口(B-side)で超えていく」という意志が込められています。
冒頭に紹介したステートメントにもあるように、思いこみやステレオタイプといった「バイアス(偏った見方)」が、私たちのくらしの中には根強く存在しています。それは、人種や性別などに対してだけではなく、日常生活にも潜んでいるもの。例えば、「ゴミが散らかっている」という問題があったとき、多くの人が思いつく正攻法(A-side)は「“協力してゴミを拾おう”というポスターをつくる」、というものでしょう。
しかし、そうした正攻法の多くが失敗に終わってしまいます。なぜなら、「ゴミ拾いは面倒なものである」というバイアスが、私たちにあるからです。
そこで、FLFが注目するのが、着眼点を変えたユニークな突破口。つまり、「B-side」です。ゴミ拾いの例であれば、「ゴミ拾いをゲームに変えてしまう」と着眼点を変えてみる。そして「どうしたらゴミ拾いを楽しいものに変えられるか」という問いを立て、「ゴミ拾いARゲーム」というソリューションを提案する。
ここで書いたのはあくまでも例ですが、今、FLFは、こんなふうに「バイアス(Bias)を、ユニークな突破口(B-side)で超えていく」ことにチャレンジしています。
メンバーの一人である井野智晃は、「実は『B-side』の『B』にはもう一つの意味がある」と教えてくれました。
「FLFはパナソニックという企業の中でも、新規事業の種や未来のくらしのビジョンを考えるという、ユニークな存在。だからこそ、ある意味会社の『B-side』として、社内の常識をも超えるようなアイデアを出していかないといけない、という想いも込めているんです」
「他者からのフィードバックを通した自己理解」を深める「ALTER EGO」
「B-side」というテーマのもと、「ALTER EGO」「Carbon Pay」、「言山百景(ことやまひゃっけい)」という三つのプロジェクトが動いています。ここからは、それぞれのプロジェクトについてご紹介していきましょう。
一つ目は、「自己理解」を通して、常に進化し続ける自分を創る体験を創造する「ALTER EGO」。小川慧と井上隆司のチームが取り組んできました。
背景にあったのは、「憧れ」に対する問題意識です。
個人の「憧れ」の形作られ方は、時代によって変わってきました。1955年から始まる高度経済成長の時代は、「他者と同じであること」が憧れだった、いわば「皆一緒時代」。一方、SNSが急速に広まっていった2007年以降は、「インフルエンサー」が憧れの対象となった「インフルエンサー時代」だったと二人は分析します。
では、未来はどうなるのか?
二人が予想するのは、「AIレコメンド時代」です。
小川「キャリアもファッションも暮らしも、情報と選択肢が増えすぎて、どんどん『憧れ』の対象が選べなくなってきていますよね。だからこそ、近い将来、自分のなりたい姿をAIがレコメンドしてくれる時代が来ると思うんです」
井上「一方、自分の考え方や行動がAIのレコメンドに依存してしまうのは果たして豊かな社会と言えるのだろうか、という問題意識もあります。AIにしろ、インフルエンサーにしろ、自分の外部に『憧れ』を委ねてしまうと、環境が変化したときに頑張るモチベーションがガクッと下がるのではないかと。
言い換えれば、環境の変化に対するレジリエンスが低くなってしまうと思ったんです。だからこそ、今後は『ありたい自分の姿』を自ら創造するくらしを実現することが大事なんじゃないか、と考え『ALTER EGO』というテーマを設定しました」
小川「自分のありたい姿を創造するためには、自己理解が欠かせません。しかし、自己分析ができる性格診断アプリや書籍などはあるものの、『他人からのフィードバック』を受けるためのサービスは圧倒的に不足しています。私たちが考えているのは、これまでの自己理解サービスの穴を埋める、今までにないサービスです」
このサービスを使用することで、自らの目を通して「他人からのフィードバック」を擬似体験(まさに「別人格(Alter Ego)」を持つかのように)し、「ありたい自分の姿」を創造できる可能性が広がると二人は言います。
井上「フィードバックの受け入れ方までしっかりデザインしたいと考えています。ただ単に『相手からどう見えているのかがわかった』で終わってしまうのではなく、『この時自分が何を考えていたか』まで、理解できるサービスにしていきたいです」
日常のデータを可視化することで、自らの変化を支える「Carbon Pay」
次に紹介するプロジェクトは、「変化し続ける自分になる」ことを目標に掲げた「Carbon Pay」。プロジェクトに取り組んでいるのは、鈴木慶太と井野智晃です。
プロジェクトの背景にあるのは、人の「レジリエンス」に対する問題意識でした。
井野「AIの進化や温暖化など、世界は予想を超えたスピードで変化しています。SNSなどの発達により誰もが世界のあらゆる情報を得られるようになった一方、フィルターバブルなどテクノロジーによる最適化・効率化の弊害も出ています。そうした状況に加え、新型コロナウイルスの影響で、物理的にも環境が固定化されてしまいました。
自分が欲しい情報だけを得るようになると、人の想像力は衰えてしまいます。このままでは、世界の急激な変化が自分ごと化した時に対応しきれない人が沢山出てしまうのではないか、という危機感を覚えたんです」
「激変する未来に対応するためのレジリエンスを身につけるために、自分たちは今どうしたらいいのか?」。そんな問いのもと、井野と鈴木がまず注目したのが、環境問題でした。
鈴木「環境問題というと、『CO2の排出量が何万トン』など大きい話になりがちで、自分ごと化しづらく、無力感を覚える方も多いはずです。そこで、『環境の変化に対する自分の意識を変化させるくらし』を作ることに取り組んでいます」
二人が構想しているのが、環境問題と日常の行動を紐づけるサービスです
井野「理想としては、例えば自分自身が排出している炭素の量を知るだけではなく、排出してしまった炭素に対して取るオフセットのアクションを心地よいなと感じてもらえたり、自分らしいオフセットの方法が選べるようなくらしが日常の中で実現できたら嬉しいです。そういう小さなきっかけから、未来のくらしに必要なレジリエンスを自然と高めたいですね」
街の風景を、離れた人たちと一緒に創り変える「言山百景」
三つ目のプロジェクトは、離れた土地に住む人たち同士が協力することで、新しい観光資源を創り出す世界を構想した「言山百景」。取り組んでいるのは、シャドヴィッツ・マイケルと川島大地です。
背景にあったのは、「コロナ禍における、物理的なコミュニティやネットワークの限界」への問題意識です。
マイケル「新型コロナウイルスの影響で、県を跨いだ移動など物理的な長距離移動ができなくなった中で、分散型ネットワークを使った新しい都市のあり方は何かを考えていたんです。例えば、ミクロの視点だとご近所同士の繋がりを強化して、大手の流通会社に依存しすぎない物流ネットワークが作れそう、とか」
川島「いくつかのアイデアを出す中で、長距離の移動がなくなってしまうと文化の交流がなくなってしまうのでは、という仮説に辿り着きました。お祭りや伝統芸能を伝承する人が減ったり、それを見にくる人がいなくなると、さまざまな文化が廃れてしまう。そうした状況を打破するために何ができるのかを考えていました」
「どうしたら、物理的・心理的な距離を超えて人々が共創し、伝統・文化を継承していけるのか」。そんな問いに対して、プロトタイピングを進めてきたのが、「メッシュシティ」という新しい共同都市開発構想です。
マイケル「この構想は、その土地に住む人だけではなく、同じ思想を持った人同士が協力し、伝統や文化を残しつつ、新たなその土地の魅力を引き出す、というもの。『メッシュネットワーク』と呼ばれる、複数の中継機器が網の目状の伝送経路を形成する通信ネットワークから着想を得た構想です」
川島「今回のサービスをきっかけに離れた土地に住む人たちと、その地域に住む人たちが、新しい観光資源を作り出す、そういう共創の流れを生みたいですね。ゆくゆくは、フィジカルかバーチャルか関係なく、どの土地の住民かを自分で選択できるようになると良いなと思っています」
「B-side」の先に、「これからの豊かなくらし」がある
長きにわたって低迷している日本経済。その大きな要因は、日本の屋台骨であった製造業が「イノベーションのジレンマ」に陥っていることだとも指摘されます。
そうしたジレンマを乗り越えるためには、「B-side」が鍵になるはずです。
企業の常識を乗り越え、世間の常識を乗り越え、自分たちの内なる常識も乗り越える。そんな挑戦の先に、日本経済の未来や、私たちの「豊かなくらし」がある。そう信じて、FLFは今日も活動を続けています。
そしてこの度、これらのプロジェクトを「REMIXED REALITY」と題し、3月10日から16日、下北沢ボーナストラックにて公開することになりました。まだまだお越しくださいと言いにくい状況ですが、お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください。
執筆:山中 康司
取材 / 編集:イノウ マサヒロ、吉富 亮介
写真:鶴本正秀