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お金は「未来を変える道具」。Monesophy Storeで描く、未来の購入体験。

「これからの豊かなくらしとは何か」を問い直し、従来の形や常識にとらわれない発想で一歩先の未来を提示してきたパナソニックのデザインスタジオ、FUTURE LIFE FACTORY(以下:FLF)。

毎年様々なテーマを扱ってきているFLFが今回取り組んだテーマは「お金」。お金をつかったその先で、自分や周りの人々、地域がどのように変わっていくのか、お金を通して生まれる「みんなの未来」とはどのようなものなのか。そんな問いを形にしたのが、3月22日(金)から24日(日)にかけて、下北沢ボーナストラックにて展示された、「Monesophy Store - 購入体験で変化する、みんなの未来 -」(以下:Monesophy Store)です。

プロジェクトを担ってきたFLFのメンバー、鈴木 慶太(すずき けいた)と河野 円香(かわの まどか)が、アイデアが生まれた背景や思いを語ります。


Monesophy Store店頭にプロジェクト担当者2名
左:鈴木 慶太 右:河野 円香

お金をつかった先に、誰がいて、何が変化するか

Monesophy Storeは、お金の使い方によって未来の社会がどう変わっていくのかを擬似的に体験できる展示です。
日々のくらしの中で何かしらの対価としてつかうお金は「価値を表す物」「交換の手段」だけでなく「未来を少しだけ変えるための道具」でもあります。

実際にお金は、様々な人の手に渡り、その過程であらゆる人や物を動かし、未来を作っています。一人ひとりが、お金をつかうその先で自分や周りの人々、地域がどのように変わっていくかを想像した上でお金をつかうようになるにはどうしたら良いか。Monesophy Storeは、そんな問いから生まれました。

9つの購入タイプ
9つの購入タイプ

会場では、まず自分のお金の使い方診断をアプリで体験します。いくつかの質問に答えると、自分の購入タイプを知ることができます。「今を輝くスターに熱狂し、彼らを後押しする『名手の後援者』」や「コミュニティに根差した伝統を楽しむ 『伝統の継承者』」など、思わず一緒に来た人と結果内容について語りたくなってしまうようなタイプ名が特徴です。診断結果には、今の購買行動を続けるともたらされる未来のストーリーが記載されています。

QR コードを読み込んで診断

自分のタイプを把握したら次は購入体験です。アプリに送られる体験用のお金をつかい、「食品」「衣服」「娯楽」の3つのカテゴリのブースでそれぞれ自分の価値観にあった商品を“購入”します。例えば「食品」のブースでは、「街の小さなパン屋で毎日丁寧に焼き上げた食パン」「大手製パン会社で味を追求して研究・開発された食パン」などが用意されていて、その中からふだんの自分が選ぶであろう商品のQRコードを読み込み、擬似的に購入します。

店頭に見立てた棚の4つの商品から1つを選択、スマホでQRコードを読み込む
4つの商品から1つを選択

すべての買い物を終えると、購入した商品を踏まえ、改めて自分のMonesophyのタイプ(初めの「お金の使い方診断」で示された"購入タイプ")が更新されます。最初に選んだタイプの結果とは異なる結果になる人も多かったようです。

会場の壁面に掲示されたいくつもの未来のストーリー
未来のストーリー

一通り体験を終えた先には、自分の選択によって訪れるかもしれない未来のストーリーがずらり。ストーリーの中には、実際に似たような出来事が起きた事例と紐づけられたものもあり、自分の購買行動ひとつひとつが、未来につながっているのだと感じることができます。

会場の壁面に掲示された未来のストーリーの一例「ファッションの世界で環境を守るスターデザイナー」
未来のストーリーの一例。こういった物語が会場にはずらりと並んだ。

なぜ、未来のためにお金を使えないのか

―― 世界観や着目点がとてもユニークな展示でした。このプロジェクトが始動した背景を教えてください。

鈴木:Monesophy Storeは、2022年にFLFで考案した環境問題と日常の行動を紐づけるサービス「Carbon Pay」をきっかけに生まれたプロジェクトです。

鈴木:自分のカーボンフットプリント量に相当する金額を、CO2を吸収する取り組みを行う団体に寄付し、環境に優しい世界を作る。未来のための正しさを持つ構想でしたが、実際にお金をつかう立場で考えると、誰もが本当に正しさに沿って行動するのかという疑問もありました。
そんなとき、たまたまアメリカと日本のお金の捉え方の違いを知る機会がありました。アートの発信地ニューヨークでは、政府も市民もアートがゆくゆくは地域振興につながると考えていて、助成金を充実させ社会全体で支えるものだという意識を持っています。一方、日本は、長期化する不景気によってお金を節約することを美とする考えが浸透し、未来のためにお金をつかう発想になりにくい。
未来を豊かにするための消費や投資を広げていくためには、正しいお金の使い方を提示するだけではダメで、そもそも日本のお金に対する価値観やイメージをアップデートする必要があると考えました。

鈴木 慶太(Design Engineer、FUTURE LIFE FACTORY)
鈴木 慶太(Design Engineer、FUTURE LIFE FACTORY)

―― プロジェクトを形にする上で、なぜ今回のようなアウトプットになったのでしょう。

鈴木:プロジェクトを発足した時点から、テーマは一貫して「お金がどのような未来を築いていくか想像してもらうこと」でした。その上で当初は、お金を起点に「ためる」「かせぐ」「つかう」の3段階を表現した展示を構想していたんです。
 
河野:構想を実現するためのアイデアもたくさん出ましたよね。例えば、レシートに商品を作った人、パッケージをデザインした人、流通を担った人を記載するアイデア。また、小学生が考案したビジネスモデルを実装してみるなどお金をテーマにしたオムニバスな展示のアイデアも挙がりました。ただ、今回は徐々に「つかう」に特化した展示へと方向性が定まっていきましたね。

かわの まどか(Designer、FUTURE LIFE FACTORY)
河野 円香(Designer、FUTURE LIFE FACTORY)

鈴木:そうですね。「ためる」「かせぐ」「つかう」をまとめて網羅的に表現しようとすると一つひとつが浅くなり、参加者が新しい発見をしにくくなるなと。そこで、3段階のうちより多くの人が共通認識を持って想像でき、そのなかで考え方の違いによる選択の違いが生まれやすい「つかう」に特化することにしました。

空想のキャラクターで、お金の話のハードルを下げる

―― Monesophy Storeはユニークなキャラクターが特徴的ですよね。
 
鈴木:キャラクターは世界観を表現する上で欠かせない存在でした。どうしてもお金がテーマだと、身構えてしまって対話が生まれにくい。できれば、一緒に来た人と自分のお金の使い方で盛り上がって欲しい。そこでキャラクターを明らかに空想の生き物だとわかるようにデザインし、直感的にMonesophy Storeが現実世界から離れた異空間だと感じ取れることで、お金の話をするハードルを下げようと考えました。

会場を異空間のように演出している仮想のキャラクター
異空間を演出する仮想キャラクター

河野:実はMonesophyタイプ別診断にも狙いがあったんです。体験の最初に診断をしてタイプを定義することで、ふだんお金を対価としか捉えていない人でも「お金をこんなふうに捉えていたのかも」と意識をお金へ向けやすくなるよう設計していました。
キャラクターが醸成した世界観も相まって、友達同士で「このタイプでしょ」「わかる」といった会話が自然と生まれて微笑ましかったです。

かわの まどか(Designer、FUTURE LIFE FACTORY)

鈴木:疑似的な購入体験の前後で、計2回の診断結果が出ることで、望んでいる未来と実際の購買行動との乖離を想像するきっかけにしたかったんです。
実際に、両者の乖離が問題となっている事例もあります。記憶に新しいのはふるさと納税制度ですよね。居住者は、地域の行政サービスをもっと充実させてほしいと望む一方で、ふるさと納税では返礼品が魅力的な他の自治体に寄附をする。すると居住地域の税収が減少し、望む未来を遠ざけてしまいます。
お金をつかった先にどんな未来が築かれるのかと想像することは、自分が望む未来へ近づく一歩でもあるんです。

河野:疑似的な購入体験のお金の使い道は、それぞれのカテゴリで特徴的な4つの商品を考え、その中から1つを選んで購入した先に訪れるかもしれない未来のストーリーはすべてポジティブなものにつなげました。
もちろん現実の世界では、ポジティブな結末の裏にネガティブな要素も存在するでしょう。けれど、想いを抱くだけでは社会は変わりません。お金をつかうからこそ誰かを幸せにでき、社会にちょっといい影響を与えられる。そうやって、これからの自身の購買行動を少しでも前向きに捉えてもらえたらと思いました。

来場者の感想が貼られた付箋ボード
来場者の感想が貼られた付箋ボード

鈴木:とはいえ、共感できない人もいるだろうし、僕らもそれぞれの考え方を大切にしてほしかったので、感想を貼れる付箋ボードにわざとネガティブな意見を忍ばせていたんです。ところが、蓋を開けてみると、ネガティブな付箋が追加されることはなく、逆に「ネガティブな未来も見てみたかった」との意見もあったほどでした。
今回の展示は、ポジティブにお金を考える場の設計の一つの成功例になったと思います。ただ国や地域によって反応が異なると思うので、色んな言語や場所で展示してみたいですね。

お金を「未来を変えるための道具」と捉える選択肢を

―― Monesophy Storeの体験を事業化するとしたら、どのような可能性があるでしょうか。
 
鈴木:子ども向けの教育コンテンツとして活かせるんじゃないか、と考えています。大人になってお金のイメージをアップデートするのは難しいですが、幼いころから選択肢のひとつとして、お金を「未来を少しだけ変えるための道具」と捉えることを知っていたら、その後のお金の使い方にも変化が起きそうです。
今回は主に20〜30代の方が来場してくれましたが、幼稚園や小学校[1] や施設でこの展示をやってみたらまた違うリアクションが返ってくるのかなと。
 
河野:パナソニック商品のブランドコミュニケーションを充実させる一助にもなりそうですよね。パナソニック商品にも背景や理由があります。職種、役割を超えた様々な方が関わっていたり、とてつもない数の審査を実施していたり。
ただ商品を届けるのではなく、その商品にどんな人が関わったのか、どんな未来に向けて生まれた商品なのかといった背景を伝えることで、未来の環境や社会を良い方向へ変化させる購買行動を生み出せたらと思っています。

会場内展示の様子

―― ひとりひとりがお金をつかった先を想像するようになると、社会はどのように変わっていくでしょうか。
 
鈴木:お金をつかったその先で、自分や周りの人々、地域がどのように変わっていくのかを想像できれば、お金を「対価」にとどまらず「未来を少しだけ変えるための道具」と捉えられ、好循環な購買行動が生まれると考えています。
長期化する不景気によって根付いたお金をつかうことへの罪悪感・抵抗感が緩和され、未来を豊かにするための消費や投資が広がって、少しずつ経済がまわっていく。そうすれば、行政サービスの充実や環境の保全など、わたしたちが本当に望んでいる未来へ近づいていくのではないでしょうか。

(所属組織名、担当は取材時)


撮影:鶴本 正秀
執筆:財前 穂波
編集:稲生 雅裕