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産学共同で目指す新しい「避難所」~京工繊大 x UCI Lab. x パナソニック |PASSION vol.8

何かを成し遂げるのに必要なのは、知識や経験以上に『それを実現したい』という情熱である。

創業者・松下幸之助がのこした考え方は今日も私たちの指針となっています。連載企画「PASSION」では、「プロジェクト×人」という切り口でパナソニック社員やそこに携わるパートナーの方々にもお話を伺い、それぞれが秘めた情熱の源泉を探っていきます。
 
今回スポットライトをあてるのは、「避難所のストレスを解決したい」という情熱のもと活動する若者たちです。その想いに共感したパナソニックとのコラボレーションで、どのようなソリューションがカタチになったのか。ソウゾウの過程をのぞいてみましょう。

近年国内では、大規模な災害が頻発しており、被災者の避難所生活への備えとその支援に対する関心が高まっています。2022年7月、UCI Lab.合同会社(株式会社YRK andグループ会社、以下、UCI Lab.)と、国立大学法人 京都工芸繊維大学(以下、京都工芸繊維大学) デザイン・建築学系 櫛 勝彦教授の研究室(以下、櫛研究室)は、2021年8月から推進している「避難所の衛生ストレス解決プロジェクト」の中間報告を実施しました。
 
デザイン思考を学ぶ学生ならではのユニークな視点によるデザインシナリオと、パナソニック独自のクリーンテクノロジーである「ナノイーX」や「オゾンウォーター」などを組み合わせることで、避難所の衛生環境改善、避難生活の質向上を実現するソリューションの具現化をめざすものです。

学生ならではの「デザイン思考」で社会課題の解決をめざす

地震や長引く雨による土砂崩れなど、災害が数多く発生している昨今の日本。避難生活が長くなると、生きるのに最低限必要なモノを確保することだけではなく、ココロとカラダの健康を保つことや、生きる活力の醸成など、求められることもすこしずつ変化していきます。このような避難時の生活環境を整備する取り組みは、公的機関やNPOなど、さまざまな民間団体ネットワークにより活発に行われています。

櫛研究室のメンバーはコロナ禍でも、できる限り被災地とコンタクトをはかり、被災者・支援者に対するインタビューや対話などの細やかなフィールドワークを行って、専門である「デザイン思考」をもちいて現場の環境に根差した衛生ストレス問題に向き合ってきました。今回のプロジェクトは、リサーチを通して深めていったアイデアをそこで終わらせることなく、「ナノイーX」や「オゾンウォーター」といったパナソニックのクリーンテクノロジーを活用することで、ソリューションとしてカタチにしていくことを目指す取り組みです。

「避難所の衛生ストレス解決プロジェクト」プロトタイプの発表を行った
京都工芸繊維大学 櫛研究室のみなさん
学生メンバーとしてプロジェクトをリードした
左:天野 佑季哉(あまの・ゆきや)さんと、右:上(うえ) ひかりさん。
天野さんはおもにモノづくり面を、上さんは現地取材や収集した情報の取りまとめを担当
京都工芸繊維大学 櫛 勝彦(くし・かつひこ)教授。「学生たちには、共創デザインを実践するデザイナーとして『問題状況と活用資源の探究者(エクスプローラー)』『集めた情報の編集者(エディター)』『新たな価値の表現者(アーティキュレーター)』であれ、と伝えています」

パナソニックのクリーンテクノロジーとの出会い

プロジェクトの発起人となったのは大手企業の新事業開発などのサポートを手がけるUCI Lab. 代表・所長の渡辺 隆史さん。数多くのイノベーションのプロジェクトに関わるなかで、避難所において「カラダだけでなくココロにも衛生的な環境をデザインしたい」との想いから、櫛研究室とともにイノベーションとデザインの視点で避難所での生活の質をあげるためのアプローチを続けてきました。

YRK and 渡辺 隆史(わたなべ・たかし)さん

「避難所の衛生環境問題は、フィジカルとしての健康は言うまでもなく、メンタルの健康面をも左右します」と渡辺さんは言います。

 「近年の水害被災地の例ですが、コロナ感染予防のために通常の炊き出しができず、パックされた食事を配るだけになったそうです。食事を受け取った人はそれぞれの家に持ち帰って個別に食べていただくことになります。
 
本来の炊き出しは栄養補給の側面はもちろんですが、温かい食事をみんなで一緒に食べることで精神的なケアの役目も果たします。ですが、近年のパックの配給という形式では、そのようなコミュニケーションは望めません。こうしたことから、避難所においてカラダにもココロにも健康な環境をいかに提供するかというのは、重要なテーマだと実感しています」
 
もともと新事業開発や商品企画のプロジェクト支援などでパナソニックとも接点があった渡辺さん。
 
「別のお仕事で関わらせてもらっていた『ナノイーX』や『オゾンウォーター』といったパナソニックのクリーンテクノロジーを、今回のプロジェクトと結び付けることで、ソリューションをカタチにすることができるのではと気づいたんです」
 
「ナノイーX」とは、多くのOHラジカルを包み込んだナノサイズの水のカプセル。カビや花粉、菌・ウイルス、ニオイなど、目に見えない空気の汚れを抑える力を持っています。
 
「オゾンウォーター」とは水を電気分解してつくられる、除菌作用を含む水です。薬品や洗剤を使わず時間が経つともとの水に戻るので、食品工場や農薬分解除去に使われるなど、環境への負荷が少ないのが特長です。

「ココロもカラダも衛生的な環境を避難所に届けたい」「生命の安全を守るだけではなく、避難所でのQOL(Quality of life:生活の質)を少しでも向上させたい」「長引く避難所での生活にも、気持ちを整える場所や時間をつくりたい」という渡辺さんの想いにパナソニックも賛同し、20年以上におよぶ空質研究開発の知見をもとに、技術支援というかたちでプロジェクトに参加することになったのです。

「共創デザインアプローチ」で探るこれからの「避難所」のあり方

今回のプロジェクトは「共創デザインアプローチ」という手法を用いて進めていきました。これは、“つくる側”の考えを一方的にカタチにするのではなく、“つかう側”であるユーザーをパートナーとし、「対話」を通じてデザインを進めるやり方です。
 
被災地でのフィールドワークやインタビューの実現にあたっては、防災士の資格を持ち、数々の被災現場をサポートした経験もある宮本 裕子さんがコーディネーターを担当。「特定の災害に偏らず、さまざまな災害の種類や地域を見て学ぶ」というコンセプトのもと、2021年8月から12月にかけてプロジェクトメンバーは複数の被災地への聞き取りを実施しました。コロナ禍ということもあり、実際に現地へ赴いてのフィールドワークのほか、オンラインでのヒアリングも重ねていき、避難所生活に関するリアルな声を集めていきました。
 
実際に訪れた宮城県の岩沼市、仙台市、広島県の呉市、坂町をはじめ、お話を伺った被災経験者・支援者はのべ30人近くにのぼりました。

防災士 宮本 裕子(みやもと・ゆうこ)氏さん。「ヒアリングでは、学生の皆さんと同世代の被災経験者の方にお話を伺うこともありました。学生さんはそうした声を丁寧に受け止めていました」

学生の情熱と柔軟な思考 x パナソニックの技術

被災地でのフィールドワークやインタビューを経たプロジェクトメンバーは、取材で集まった生の声をベースとして、具体的に何を解決すべきか検討を進めるなかパナソニック(株)彦根工場を訪問。クリーンテクノロジーの持つ実力を体感するなど、技術的な要素への理解を深めていきました。

工場を訪れた櫛研究所の学生たちは「ナノイーX」や「オゾンウォーター」の効果を体感。
実体験からヒントを掴んでいきました
櫛研究室の学生たちによるアイデアスケッチの数々

「学生のみなさんに『ナノイーX』や『オゾンウォーター』などの技術をレクチャーし、実際にデバイスにも触れてもらったところ、それらを応用した実に多彩な発想が生まれ、驚かされました」

そう語るのは、パナソニック(株) くらしアプライアンス社の中田 隆行さん。

学生を迎え入れレクチャーを行った、パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 ビューティ・パーソナルケア事業部 デバイス商品部 総括担当 中田 隆行(なかた・たかゆき)さん

さまざまな角度から検討を重ねていった本プロジェクト。最終的に、3つの具体的課題に応えるソリューションに挑むことが決まりました。
 
①生鮮食材や使い慣れた食器の安全性の確保
②一様でない避難所空間での空気質の改善
③長期的に洗濯ができない状況での衣類のにおいストレス解消
 
ただ、どれもひと筋縄ではいかないテーマに対し、実際にどのようなソリューションがあり得るのか。そして、パナソニックのクリーンテクノロジーの活用方法は――コラボレーションチームの試行錯誤が始まりました。
 
中田さんは次のように当時を振り返ります。
 
「2022年1月からは試作に使えるキーデバイスを提供し、モノづくりへのフェーズに移りましたが、手がけるのはあくまでも学生のみなさん。大学の3Dプリンターでカタチをつくっていき、自分たちでデバイスユニットを入れて実物をソウゾウしていく。
 
私たちはその試作品を拝見し、ナノイーをより広範囲に拡散するための風路設計や、最適なオゾン濃度の実現手法など、より効果的にそれぞれの技術が能力を発揮できるようなポイントをアドバイスしたり、プロトタイプのレベルを向上するための効果の正しい測定を行ったりといったサポートに徹しました。
 
プロトタイプの効果を正しく把握することは、構造を決定したり、改善したりする上で、非常にたいせつです。単純に『効果があった』『効果がなかった』という是非の判定ではなく、指標を用いて『どれくらいの効果があったか』という感覚を数値化することで、設計を変更が必要か否かを判定していきます。このような作業は、学生のみなさんには新鮮だったようです」

クリーンテクノロジーを活用した3つのソリューション

2022年7月には、本プロジェクトの現時点での成果として3つのワーキングプロトタイプを発表。中間報告会では、それぞれ担当した学生自身が、実際のプロトタイプを用いながら、使い方や効果の説明を行いました。
 
①生鮮食材や使い慣れた食器の安全性の確保:「オゾン水サーバー」
 
衛生環境に厳しい管理が求められる避難所においては、野菜などの生鮮食品があったとしても、食中毒リスクの懸念から提供されないことが多く、避難生活での食事はおのずと加工食品に偏ってしまいがちです。
 
また、水が不足している状況下では、洗剤を洗い流すための水は確保しづらいため、食器をきれいに保つことが困難です。「オゾン水サーバー」はこうした課題に対し、高い殺菌効果が知られるオゾンを含んだ水によって、食品や食器を洗浄。限られた水を有効活用し、安全性を確保しようとするものです。

「オゾン水サーバー」の使用シーンを実演する、学生の安藤 秋穂(あんどう・あきほ)さん

②一様でない避難所空間での空気質の改善:「クリップオン空気浄化機」
 ペットのいる家庭の避難や、風邪をひいてしまう人が出た場合など、避難所の限られた空間では空気の衛生維持が重要な問題に。クリップによってさまざまな場所に自在に取り付けることができるこのナノイー発生器は、送風機や扇風機などに装着すれば、風でナノイーが拡散。空気中に浮遊・付着する菌やウイルスなどを抑制する効果を発揮します。

扇風機にも装着できる「クリップオン空気浄化機」。
天地さんが、その使用方法と効果を説明しました

③洗濯が長期間できない状況での衣類のにおいストレス解消:「風の洗濯機」
 衣服などを入れたビニール袋の口に接続して、「ナノイーX」の効果で気になるにおいを低減。洗濯もままならない避難所の環境下で、少しでも快適に過ごしてもらえるよう考案されました。大きなビニール袋を使えば、ヘルメットや長靴など、避難所に集まるボランティアの備品などの除菌・消臭にも応用できます。

「風の洗濯機」。ビニール袋の中に衣服などを入れてにおいを低減させます
「風の洗濯機」の開発を手がけた小牧 遊太郎(こまき・ゆうたろう)さん(写真左)。クルマのカップホルダーに収納できるモデルも披露。普段は車内のにおいを低減、避難所では内蔵フックでハンガーやパーティションなどに引っ掛け、仕切られた小さな空間のにおい除去に活躍します

ひとくちに避難所といっても、電気や水が通っているか、プライベートスペースの有無など、そのシチュエーションはまさに千差万別。制約も多い環境でも、人々は実にさまざまな創意工夫をしながら日々を送っています。
 
フィールドワーク先で被災者の避難先での苦労を目の当たりにした天野さんたちがプロトタイプ開発にあたってこだわったのは、「普段から使える」こと。そして「多様な環境で柔軟な使い方ができる」モノを生み出すことでした。
 
たとえば「クリップオン空気浄化機」のクリップ取り付け孔は、三脚などのカメラアクセサリーと共通の規格を採用。取り付けたい場所に応じてさまざまパーツと付け替え可能となっています。また「オゾン水サーバー」は専用の水タンクからだけではなく、被災地で手に入りやすいポリ容器からも給水できるよう設計されました。

“つかう側”もパートナーに。対話を重ねアイデアをカタチにする

「共創デザインアプローチ」を実践した今回のプロジェクト。
“つくり手”は“つかい手”をパートナーとし、対話を重ね、“つかい手”を学び・理解することによって、最適なカタチを具現化していく――UCI Lab.と櫛研究室は、今回の活動をクローズドなものにせず、オープンな活動として訴求するべく「ひとごこちデザインラボ」を設立しました。Webサイトで当事者の声を発信、デザインの過程を共有するなど、活動内容を開示してさらなる協働を模索しています。

既存の組織の枠組みを超え、新たな視点が組み合わさってこそ、テクノロジーの真価・新たな貢献価値が見えてくる。「今回のコラボレーションでは、パナソニックとしても改めて学ばせていただくことも多かった」と中田さんは言います。
 
一方、中田さんらパナソニック技術陣の積極的な姿勢について、学生メンバーを代表して天野さんは次のように語りました。
 
「パナソニックのみなさんの熱心さが印象的でした。オンラインも対面も含め、本当に高い頻度でコミュニケーションを取れたので、モノづくりがとてもスムーズに進められました。試作品の検証もすばく対応してくださり、具体的にこうすればよいとすぐにフィードバックをくださったのがありがたかったですね」
 
櫛教授は、本プロジェクトが通常のデザイン教育を超えた体験を可能にしていると言います。「学生が取り上げるテーマは、どうしても自らの身の回りの課題に着目したものが多くなります。しかし今回は『避難所での生活』という社会課題と、その現場に触れることができる大きなテーマ。また、アイデア発想に留まらず、実際のモノとしてカタチにしていくことも、通常の授業の中ではなかなかできません。そうした点でも、学生の成長を促す貴重な時間になっていると思います」。
 
今回発表されたプロダクトは、あくまでプロトタイプの段階。プロジェクトとしても、まだまだこれから発展させていく「中間地点」にあると位置付けています。部品の小型化や内臓バッテリーで駆動できるようにするなど、より使いやすさを広げるためのさまざまな課題も見えています。今後はこれらプロトタイプを被災経験のある方などに実際に試用してもらうなど、さらに“つかい手”の立場に寄り添ってリアルなフィードバックを受け、実際に役立ててもらえるプロダクトとして磨き上げていく予定です。

たいせつな命を失いかねない災害。そうした苦難をくぐり抜けた人々にとっては、避難先で安全を確保することが第一です。その生活環境に多少の不満があったとしても、「それどころではない」と割り切り、諦める側面はあるのかもしれません。
 
ただ、そんな状況に甘んじることなく、これまでにないアプローチで、避難所という非日常の中にすこしでも日常性を回復させることを探っていく――パナソニックは学生たちの情熱と斬新なひらめきを、確かな知見とノウハウで技術支援することで、引き続きプロダクトの具現化に向けてサポートを続けていきます。そして、あらゆる状況においても誰もがより良いくらしを享受できる社会を目指し、貢献を続けていきます。
 

▼関連リンク
[プレスリリース]
●避難所の衛生ストレス問題に対してデザインと技術の力で解決に挑む産学連携プロジェクトを開始(2021年8月20日)
https://news.panasonic.com/jp/press/data/2021/08/jn210820-1/jn210820-1.html
 
●ナノイーX
https://panasonic.jp/nanoe/

●UCI Lab.
http://www.ucilab.yrk.co.jp/

京都工芸繊維大学
https://www.kit.ac.jp/

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