「選択」で未来をつくる。スイッチを使った新しい体験の作り方
2021年4月のオープン以来、観る・つくる・伝える体験を通して子どもたちのクリエイティブな力を育んでいるパナソニック クリエイティブミュージアム『AkeruE(アケルエ)』。今回新たに私たちの身近にある「スイッチ」をテーマとした「SWITCH! SWITCH!」の展示がスタートしました。今回の展示は、AkeruEが目指す「子どもたちのひらめきをカタチにする」にどう寄与するのか、なぜ「スイッチ」をテーマに設けたのか。制作クリエイターであるsiro代表 松山真也さん、展示企画の進行を担当された株式会社ロフトワーク 野島稔喜さん、パナソニックセンター東京 寺岡宏恵さんを迎え、展示に込めた想いや制作背景についてお伺いしました。
イマジネーションと学びを育む
「スイッチ」というモチーフ。
野島:ロフトワークはオープン以来AkeruEのプロデュースを手掛けていますが、これまではキュレーションという形で作家さんの作品を選定して展示を構成していました。それに対し今回は、パナソニックとロフトワーク、siroさんの3社で一つのチームとして制作を進めることになり、まずはチーム全体の共通認識を持つためにパナソニックさんが目指す姿をすり合わせるワークショップから始めましたよね。この展示で何を子どもたちに感じ取ってもらいたいかを言語化したり、AkeruEにおけるパナソニック像を人物化したりするなかで、ステートメントとして出てきたのが「気づいたらどんな時もそばでサポートする。それは未来に向けて一緒に歩いているから」という言葉でした。
寺岡:ワークショップ型で言語化する中で、“私たちパナソニックってこうだよね”という在り方が社員のなかで揃っていることを再認識できたのもよかったです。子どもたちとのタッチポイントもあらためてその場で整理できました。
野島:ワークショップを通して、パナソニックの社員は皆さん目指している方向性が近いなという印象を受けました。それはおそらく松下幸之助さんが作り上げてきたベースとなる考え方や理念が軸にあるからですよね。これだけの多くの事業会社からなる大企業でありながら、社員一人一人の中に浸透しているのはすごいなと。
野島:次にワークショップで具体化された言葉をどうAkeruEで形にしていくか考えるなかで、一つに「スイッチ」というキーワードが出てきましたよね。身の回りにある家電がおそらく子どもたちにとっての最初に触れるパナソニックの商品になると思うのですが、その家電を動かすためのスイッチが、今回のプロジェクトのモチーフにぴったりなのではと提案させていただきました。寺岡さんのなかでスイッチはどう捉えていましたか。
寺岡:私たちもワークショップに挑む前から、素材としてスイッチを使うのはいいんじゃないかと思っていました。スイッチは子どもたちが毎日のように触れるモノでありながら、創業の商品である『配線器具』の側面もある。さらにパナソニックの配線器具は世界第2位の規模でもある背景もあるので、今一度原点に立ち返って、パナソニックというものを伝えるのに最適なモニュメントかなと。
野島:テーマがスイッチに決まって、誰と制作を進めるかという提案段階にきたときに、まず思いついたのが siroさんだったんです。 siroさんは普段作家さんとして作品をつくられていながらエンジニアリングにも長けているので、両方の視点から制作ができるという意味でも適任だなと。松山さんはプロジェクトをご提案させていただいた時、どう感じましたか?
松山:AkeruEは以前から知っていて、作家さんの作品とそこに潜む原理みたいなものが上手く展示されている空間だなという印象を持っていました。構想段階では「そもそもスイッチなのか」というところも含めて議論したのですが、僕らのなかでもスイッチが面白いよねという意見で一致しました。なぜかというと、子どもは身近にあるスイッチを押したいんですよね。エレベーターでもレストランのオーダーベルでも、“押す”という行為自体が子どもにとっては価値がある。さらにパナソニックさんは、業務用でしか見たこともないような面白いスイッチを作っていたりするので、それに触れられることが子どもたちを惹きつける要素になるなと。
松山:スイッチには「気持ちを入れ替える」とか「選択」といった意味合いもあります。誰でも大なり小なり、人生において悩むことってありますよね。就職や進学といった話だけでなく、もっと些細なことだと今日のお昼は中華にしようか、洋食にしようかなど。そういった選択の連続で人生が成り立っていると僕自身は考えているのですが、子どもの場合は選択肢が目の前に現れても大人が決めてしまうことも多いので、“選択する”という経験値が低いのではないかと思うんです。なので、“選択する”ということを体験の中心に置いて、物語を展開していく作品はどうでしょうと初期の頃に提案させていただきました。
野島:そうでしたね。AkeruEに展示されているこれまでの作品の多くは科学がメインになっているんですが、今回の展示はエンジニアリングという部分が1つの軸にありつつも、何かを選んだり組み合わせたりすることによって、自分で新しい未来を作り出せるようなストーリーのある展示が作れたらいいねという話もしました。
寺岡:AkeruEの展示は通常、アート展示と原理展示という2種類に分かれています。アート展示は「おもしろい!」「不思議!」と感覚的に楽しめるアート作品。それに対し、原理展示はそれらの作品の仕組みや原理を見せる作品。この2段階で学びを構築していく流れになっているのですが、今回の展示に関してはそれがきちんと踏襲されていながら、なおかつアート展示からも学びを得られる仕組みがある。とても面白い展示になったなと嬉しく感じているところです。
野島:学習の面もありつつも、スイッチを押すことでまったく違う世界に繋がる体験は、ひらめきを育む要素にもなっていますよね。
「体験」と「振り返り」で学びを深める。
野島:今回の「SWITCH! SWITCH!」の展示では、最後に出てくるレシートに記載されたQRコードを読み取ると、WEB上でその日の自分の体験が振り返れるというシステムを導入しました。その振り返りのなかでさらなる問いかけがあり、答えをAkeruEに送信すると実際の展示什器にフィードバックされて、展示自体がアップデートしていくという一連の流れを作ったのは新しい試みでした。展示がスタートしてからまだあまり時間がたっていませんが、そのシステムに関してはどう捉えていますか?
寺岡:出てきたレシートを束にして持って帰る子供たちの姿を見たときは喜びを感じたのですが、一方で、この仕組みに関してはもう一歩頑張りたいなというのが本音です。せめて来場者の3割はフィードバックがほしいなと。
松山:振り返りがなくても成立させつつ、外からのWEBアクセスも伸ばす仕組みづくりはバランスが難しいですよね。今の小・中学生はタブレットを使った授業を行っているので、そこにチャンスがあるんじゃないかなとも思っています。例えば、学校などの集団でAkeruEに来ると、後日授業の中で振り返りを取り入れるはずなんですが、施設側がそのための教材を提供できているケースは少ない。現場で体験することと、後からじっくり反復することは学びの視点が違うので、事後学習でさらに学びを深めることができます。
ただ今回想定しているのは、家に帰って親御さんに報告を兼ねた振り返りを行うシチュエーション。WEBサイトでは、その日体験したことや感じたことを親に共有できるだけでなく、自分の意見が多数派だったのか、少数派だったのかが分かったり、現場で投げかけられた問いに対してあらためて考えることで、意見が変わっていることに気づいたりもする。現場での体験行為にも意義があれば、振り返りにも意味があるので、たくさん使ってもらえたらと思っています。
野島:子どもたちが実際に体験している様子を間近で見て、どう感じましたか?
寺岡:主人公である「エウレカ」のストーリーが進んでいくなかで、予期せぬことが起こった瞬間の子どもたちの表情がすごく面白くて。予期せぬことはたくさん起こるんですが、そのことで、次の選択に対する子どもたちの本気度が変わるんですよね。3つ4つと予期せぬことが続くと、今度は友達同士の1つ1つの選択に対する真剣な議論が起こったりもして。それが選択というテーマの面白さだなと。
松山:「きっとこうなるけど、違った!」という展開に、子どもたちが面白いと思うポイントが潜んでるんじゃないかなと思っていて。今回の展示においてはスイッチ操作で例えば「エウレカ」が歩いている道の途中にあるマンホールの蓋をする・しないを選択できますが、マンホールの蓋をしないと落ちて大変なことになるよね、どんな大変なことになるんだろう。ところが蓋をしないことを選択してみたらリンゴジュースが出てきて、水筒に入れて持ち帰っちゃったよ。と、楽しい裏切りがどんどん起こる。それがストーリーの面白さでもあるし、実は身近でもそういう想定外のことが起こることってあるよねという、物語の魅力と学びの両方をうまく形にできたんじゃないかと思います。
野島:予期せぬことが起きたとき、エウレカの表情が変わるじゃないですか。あの細やかな表現のこだわりが個人的には大好きです。ちなみにエウレカというキャラクターには、siroさんのどのような想いが込められているんですか?
松山:僕らsiroという会社は、プロジェクト単位でさまざまなクリエイターをアサインしてチームを作り対応していくんです。今回は、シナリオを書いているスタッフや僕のメッセージを伝えたうえで、木富 慎介(BUTTON INC.)さんというイラストレーターさんに一任しました。
ロボットなのか人なのか、男か女か、子供か大人かもわからないキャラクターはコンセプトとして意図しているところで、今の多様性の時代に、何にも属さない存在で表現しています。それだけど愛嬌があってたすけたくなる。
寺岡:パナソニックとしては今回の展示に色々と想いを込めましたが、子どもたちにはただ純粋に楽しんでもらいたいというのが一番です。そのなかで、小さな問いを一つでも持って帰ってもらったら嬉しいと思っています。最後にもらうレシートにはエウレカの日記が書かれてますが、その終わり方もいくつかパターンがあるんですよね。自分の選択が色々な結末を招いたんだなというのを楽しい体験の中で感じてもらえたら嬉しいな。
松山:日記に関しては、一緒に企画をしたメンバーもこだわったところです。体験する子はエウレカ自身になるわけではなくて、あくまで第三者的にマンホールに蓋をして“あげる(あげない)”を選択していくんです。でもそれに対してエウレカがどんな気持ちになったのかフィードバックがないと、自分の選択が正しかったのかどうか感じ取れない。そこでエウレカ目線の日記を取り入れたり、ディスプレイの表情に感情を落とし込んだりしました。
野島:“自分自身の事柄”ではなく、“誰かにとっての事柄”となっているのは、今回の展示のコンセプトを作る際に上がった「パナソニックは気づいたらどんな時もそばでサポートする。それは未来に向けて一緒に歩いているから」という言葉と結びついているなと思いました。パナソニック自体がそうであるように、体験者自身がエウレカにとってそういう存在なんじゃないかなと。体験者自身がエウレカをそばでサポートする体験をとおして、パナソニックを身近に感じられたら素敵ですね。
写真撮影|壱岐 紀仁
執筆|黒澤 祐美
企画編集|株式会社 ロフトワーク
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