お隣さんやご近所さん、身近なコミュニティの共助をIoTで取り戻したい。
「『なぜ?なぜ?』いつも問いかけばかりしていた子どもでした。小学校では教科書で納得できなければ先生を質問攻め。『なぜ?』と思ったことは突き詰めないと気がすまないんです」。理由と答えをセットで探ることが大好き。それが高じて「物理」の道に進んだという。IoTに対応した宅配ボックスなど、住宅領域でIoT事業開発を推進する白井健雄は、そう自己分析した。「物理は原理・原則に基づいていて仕事に通じるものがあります。課題は何か。何が答えか」。お客さまと一緒に探り、解決をめざすのが仕事の流儀という。
「物理」を志した白井が、なぜ今IoT事業に携わっているのか。白井は大学院で物理学を専攻し、ニュートリノなど素粒子を研究するアカデミックなプロジェクトに参画していた。転機は突然だった。当時話題を集めた岐阜県にある「神岡宇宙素粒子研究施設」を訪れ、地下1000mに設置された直径40mもの巨大観測装置を目の当たりにした。スケールに圧倒され心が揺さぶられたが、同時に迷いが生まれたのだ。「基礎物理の領域は社会への応用を目的としていない。純粋に学問を探求していくのはロマンがある。でも学んだことでリアルに社会貢献できる道はないか」。白井は悩んだ。そして研究室の友人の多くが博士課程へ進学するなか、物理を活かせる企業への就職を決意した。
物理は応用が効くが、学んだ知識が活かせる分野を考えると電気系、特に半導体ならしっくりきそうだった。いくつかメーカーをアプローチしていくと、会社のカラーが見えてきた。なかでもパナソニックは創業者の経営理念という、他社とは一線を画す「核」を感じた。人事の方と話しても、先輩社員と会話しても、それは滲み出ていた。緊張感と安心感が混在する特別な感覚。「みなさんと一緒に働く自分の姿が、自然に想像できたんです」。
入社して配属されたのは研究所。希望通り半導体の技術を使った機能デバイスの開発担当になった。そして早くも半年後、思いもよらぬミッションを与えられた。共同研究先のフィンランドの企業から、半導体回路の技術移管を行うものだ。出張期間は3週間。上司が同行するとはいえ、まだ回路設計もサポートなしにはできない新人だ。「無茶な...」と思ったけど、やるからには「成果を!」と内心誓った。つたない英会話だが羞恥心を捨てて交渉と調整を重ね、なんとか書類をまとめ上げてミッションを完遂。この貴重な経験が、技術者としての自信につながったのは言うまでもない。
一方、電子デバイスの開発では新規商品創出の命を受け、機能サンプルを持って地道に営業まわりもした。「おもしろい!」と嬉しい声もあれば、「だめだめ!」と厳しい声。技術者が営業をするとは思いもよらなかったが、たのしかった。直接お客さまから意見をもらえることは開発の推進に欠かせないし、課題も見つかるからだ。この時身につけたお客さまとの距離感こそ、仕事の流儀の礎だ。
その後、白井は組織の技術方針や戦略を策定したり、新規テーマの企画立ち上げも経験。現在はIoTに特化した新たな事業の開発に取り組んでいる。プロジェクトの起点は、デジタルキーの先端技術を持つ株式会社ビットキーとの共創。その第1弾が「IoT宅配ボックス」だ。デジタルキーとは、デジタル上で許諾情報をやりとりしてスマホなどで解・施錠するシステム。最近増えてきた戸建住宅の宅配ボックスに、この技術を利用したものだ。
従来の宅配ボックスは留守の時、宅配業者が荷物を入れて施錠し、帰宅した住人が解錠して取り出すカタチ。新しいシステムでは複数の業者にデジタルキーを共有しておくことで、別の業者が解錠して2個目以降の荷物を入れることが可能。再配達の手間が省け、置き配の不安も解消される。また発送したい荷物をボックスに入れておけば高セキュアに保管され、業者が解錠して引き取ることも可能だ。対面で荷受に来てもらう煩わしさや、荷物を配送所に持ち込む手間も解消される。「物流ニーズが激増するなか、これも日常の課題に向き合って生まれたひとつの答えです」。
デジタルキーは、共働きや超高齢社会を支援するツールとしても展開が計画されている。たとえば家事・育児・介護など、大変な部分をご近所みたいなコミュニティで協力して助け合う。そこにデジタルキーが介在すれば、高セキュアでありながら共助の壁も低くなる。「課題から一歩先に踏み出し、いろんな人が協力し合える世界観を描きながら、くらしに寄りそって設備を進化させたいと思います」。なくしかけていたご近所づきあいがIoTで復活する、そんな日も遠くないかもしれない。
<プロフィール>
*記事の内容は取材当時(2021年10月)のものです。