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ニューヨーク発、デザイナーが挑む「ゼロからの拠点づくり」

ニューヨークのブルックリン、中でも最新トレンドの風がふく街、ウィリアムズバーグ。ここにパナソニックのデザイナーが単身で乗り込み、新しいオフィスを構えています。渡米したのは、デザイナーの今枝侑哉(いまえだ・ゆうや)。プロダクトデザインや先行デザイン開発のプロジェクトリードなどで実績のある彼ですが、下地も人脈もない「ゼロ」からの挑戦が始まりました。

今枝侑哉 シニアデザイナー
パナソニック(株)デザイン本部
インハウスデザイナー、フリーランスのデザインコンサルタントを経て、2016年にパナソニック株式会社に入社。 主に中長期の事業につながる先行デザイン開発を担当。『PA!GO(パゴ)』が2020年度iF Design Award Innovation部門金賞、カンヌライオンズ2021 イノベーション部門のショートリストに選出。2021年8月よりニューヨークに拠点を立ち上げるため赴任。

第一歩、中長期視点の未来構想へ

ニューヨーク拠点の立ち上げにチャレンジしてみないか――。そう打診をもらったのはコロナ禍前のこと。パナソニックはデザインのグローバル拠点をいくつか持っていて、欧州はロンドン、アジアはマレーシアのクアラルンプール、中国では上海にオフィスを構えています。ただ、ここ数年、アメリカだけはデザイン拠点がない状態で、北米の一次情報をしっかりと収集するためにデザイン拠点を立ち上げたいという狙いでした。

現地で1人のスタートになると聞いていましたが、チャンスがあれば海外で仕事がしてみたかったし、面白そうだなと直感しました。もう一つ自覚していたのが、パナソニックは過去にニューヨークでデザイン拠点を置いていて、一度はそこを撤退していたこと。もう一度拠点をつくる、その目的は明確でした。中長期視点で未来構想を支援する、デザインのR&D拠点をつくると意識して2021年8月、ニューヨークへ向かいました。しかし、当時はコロナ禍の影響で、Face to Faceで仕事はできない状態。まずはWe Workでいろんな場所を実際に見て、1週間単位で仮の拠点を移しながらじっくりと検討しました。

そうしてシェアオフィスの一室を借りることに決めた街、ウィリアムズバーグは、新しいトレンドやイノベーティブ、クリエイティブな人たちが集まるエリアです。実際に、注目されているいくつかのデザインファームが、ここに拠点を構えています。またアメリカ全土はもちろん、世界中から様々な最先端の製品やサービスが集まる街、そしてその中から勝ち残った事業は数年後にグローバルにスケールし、新しいライフスタイルになる。そんな未来の変化の兆しの発信源であるこの街でのスタートを決意しました。拠点を構えるのは会社にとって長期的な投資ですから、費用対効果も意識していました。シェアオフィスでスモールスタートをしたのもその理由です。

才能あるフリーランスを集める、ジョブ型チームビルディング

クリエイティブ関係の知り合いは「ほぼゼロ」で現地入り、1人でスタートしましたが、今は才能あるフリーランスメンバー数名とプロジェクトごとに最適なチームをつくって仕事をしています。ここでは、トップクリエイターはフリーランスで稼ぐ、またはどこかに所属しながらも副業で一定期間集中してプロジェクトに臨むという働き方をしています。プロジェクトベースで最もマッチするクリエイターを集める、そうしたチームビルディングを実験的に導入しました。社内外を隔てず、課題に対して同じ目的を持つメンバーがワンチームで仕事をする。優秀な人材が集まるニューヨークという土地の特性を活かすには、これだと思いました。テーマごとに様々なトップクリエイターと組むことで、私も含めて社内のメンバーも刺激を受け、成長することができれば最高です。

日本偏重の価値観から抜け出すために

パナソニックのデザイン本部として、このニューヨークで活動する大きな目的の一つは、少し先のくらしのヒントを探るということです。多様な価値観を基にライフスタイルの変化の兆しをつかみ、日本に偏重しない未来構想を生み出すことが企業の価値につながると考えています。こちらでは多様な価値観が日常です。例えば20人のデザインファームに、19カ国の人が集まっていたりします。そういう環境で仕事をすることで、日本では考えつかないような視点が生まれてきます。

一方で、エッジの効いた提案を受け入れ、実際に事業化していくことの難しさも理解しています。だからこそ、そのバランスを見極めながら、新規事業につながる活動をしっかり支援できるデザイン拠点でありたいと思っています。また、自身のキャリアとしても、新規事業につながるR&D活動を強みにしていきたい。今、グローバルでイノベーティブなマインドを吸収できるのは、とてもぜいたくな時間だと思っています。

あらためて「つながり」の大切さを実感

ニューヨークでこれまでになく味わったのが、社会的なマイノリティーであるという立ち位置です。人脈はとぼしく、語学力もそれほどでもなく渡米したので、英語でなかなか思うように自分の意見を伝えられず、そうするとまともに相手にもしてくれない。最初は悔しい思いもたくさんしました。それでも信頼できるクリエイターを探し、パートナーシップを構築しなくてはならない。初めて組んだデザイナーは、4年前に参加したベルリンのカンファレンスでのつながりからたどり着きました。彼女は私が1人でニューヨークにやって来て、オフィスも1人で決めて、と、かなりフットワーク軽く動いていることに驚いていました。「パナソニックって、もっと体制を立てて物事を進めるんじゃないの」って(笑)。

そこから、じわじわとクリエイターのネットワークが広がっていきました。現地のミートアップに参加したり、興味を持てば直接連絡をしてみたり。その際に有効だったのは、やはりパナソニックのネームバリュー。幸いにも「名前は知っている」とまずは話を聞いてくれ、会ってくれることがありました。とはいえ正直なところ、パナソニックが何をやっているのか具体的なイメージは持っていない人がほとんど。未来の人の暮らしを探索している、という話をすると「そんな面白いこともやるんだ、それなら一緒にやってみよう」となり、大体そういうことから始まります。いい意味で相手が予測するパナソニックのイメージを裏切ってみるのも、ネットワークづくりに生かせるのかなと思います。

メタバースECで、若年層とのタッチポイントを増やす

直近で皆さんにお知らせしたい動向が二つあります。一つ目は、北米のユーザー向けに美容家電の商品キャンペーンとして立ち上げたメタバースのサイト。社内からも問い合わせが多い、ECサイトです。このプロジェクトの目的は、デジタル上での顧客体験価値の向上につながる一つのタッチポイントとして将来的にメタバースの中でショッピング体験ができるか、ビジネスの可能性があるか、これをプロトタイプで検証していくことです。

アメリカの家電業界はEC販売率が50%を超えていて、実店舗よりも売上高でECが上回ります。この流れは今後、日本を含めたグローバルで必ず起こる変化です。そこで、自社購入サイト(D2C)確立と、デジタル上での顧客体験価値の強化が必須となって、このプロジェクトに取り組んでいます。

鍵となるのは、お客様とデジタル上のタッチポイントをいかに広く持つか。若い世代の方に立ち寄って買ってもらえるようなサイト、中長期的にはメタバースのショールームのような形を構想しています。特に、若年層のパナソニックの認知度が低いため、この世代に訴求する上でもメタバースは相性が良いと考えています。

ライフスタイルの変化の兆し、旬の情報を日本へ発信

二つ目は、現地レポート「Future Signals Report」の発信です。この活動でフォーカスしているのは、ライフスタイルの変化の兆しをつかむこと。衣食住、あるいはそれ以外も含めた未来への兆しが、アメリカにはあふれています。今はネットで海外のさまざまな情報を収集できる時代ですから、実際にサービスを体験したり、関係者へインタビューしたりして一次情報をいかにキャッチするか、そのスピードを重視しています。

実際にこの街で生活をして得られる情報、例えば食文化ならヴィーガンのトレンドです。ごく普通のスーパーに植物性ミートが販売されていたり、洗練されたヴィーガンレストランがそこらじゅうにあったり。こちらでは宗教や健康、環境意識など様々な理由で動物性の食物を取らない人たちに対しての配慮と、その選択肢がすでにライフスタイルとして浸透しています。
 
Future Signals Reportのテーマはフードやビューティ、ウェルビーイングなど幅広く、都度テーマを変えながら情報を共有しています。直近のDEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)に関するレポートをニューヨークのデザインファームTakram NYとの共創でまとめたものを下記にて公開しています。

このリサーチをもとに見えてきたことを、Takram PodCastでTakramのmotosukeさん、naomiさんとお話ししています。よければ聞いてください。

ワークショップで、アイデアを紡ぎだす

この「Future Signals Report」では、ライフスタイルの変化になりうるテーマを選んでいます。社内関連部門にレポートしていますが、やはり今はWeb3やメタバースの領域をまとめたレポートの反響が大きいですね。日本でも話題になっていますが、特にこの領域はアメリカにおける最新情報が次々と出てきますから、問い合わせも多いのかなという印象です。

ただ、メールで紹介するだけだと「面白いね」で終わることが多いし、北米のリアルな一次情報を共有といっても、PDFのレポートを一方的に送るだけでは、具体的な商品アイデアやインサイトの深掘りにつながりません。日本の事業部と連携したプロジェクトを戦略的につくっていくなどして、確実に事業や経営に落とし込んでいく必要があると考えています。

社内のデザインコンサルティング部門と、これらのレポートを基にしたワークショップを共創しています。アイデア創出のためにフレームワークを設計して、一次情報を自社の商品開発に活かし、アウトプットまでやっていこうというものです。

もの売りから、ものがたり売りへ

コロナ禍からの復興の遅れや円安など、日本の危機感や悲観視するような情報も多いかも知れません。ただ、外から見ると、日本の良さや強みを感じることもたくさんあります。例えば、ウェルビーイングの観点では禅や茶道など日本の思想は、精神的な概念としてグローバルに影響を与えていますよね。日本には良いものがたくさんある。ただ今までのように「より良いものを、より安く」ではなく「より良いものを、より高く」買っていただけるような、付加価値のついたプレミア層向けのアプローチも必要になってくると感じます。例えば、ホテル事業について日本人はサービス=無料だと思いがちですが、海外の超富裕層ならば、ちゃんとしたサービスには100万円でも出す人たちがいる。そこにさまざまなチャンスがあるはずです。
 
アメリカでは、商品の品質が微妙でも、ストーリーテリングでエピソードを引用して売っていくのを得意とするブランドがたくさんあります。これは商品スペックではなく、顧客の体験価値にフォーカスしたものづくりやブランディングが圧倒的にうまいから。デザイナーとして役立てると思うのがこの部分、まさに今、重要になってきている顧客の体験価値にフォーカスしたストーリーテリングです。日本には高品質なものをつくる強みがすでにあるわけで、それにストーリーテリングの手法を高めることで、ブランドを強いものにできると思います。
 
ニューヨークに拠点を構えて、一年を越えました。日々アップデートしながら、実験的で挑戦的なプロジェクトを続けていきます。


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