電池材料を革新して、世の中を大きく動かす仕事がしたい。
「社会のためになることがしたい。せっかくなら、目に見えて良くなるのが分かる方がいい。モチベーションになるから」。リチウムイオン電池の研究開発に携わる加藤木が大学で研究テーマを決めた時の動機だ。選んだのは「電池」。加藤木の電池の研究は、すでに学生時代に始まっていたのだ。脱炭素社会への移行が叫ばれ始めた当時、EV=電気自動車が注目を集め、車載電池の高性能化が待たれていた頃だった。「成果が性能として分かりやすいし、社会問題の解決にも直結している」。
大学での研究のポイントは、リチウムやコバルトなど希少性の高いレアメタルに依存しないこと。代わりに地球上に豊富にある、安価なナトリウムやカリウムを電池の材料にする研究だった。電池の研究者として著名な教授につき3年間、研究を積み重ねた結果、カリウムイオン電池用正極材料として高速でカリウムを脱挿入可能なポリアニオン系材料の発見に成功。電池の国際学会において、「Best Poster Award」を受賞することができた。「他の者がやっていることに近づけるな!」。研究者として独創性にこだわる教授に、叱咤激励されながら頑張った成果だ。
ところが就職活動にあたり、当初、加藤木は仕事で電池に関わろうとは思わなかったという。仕事の軸に設定したのは「グローバルに働けること」、「研究開発から生産まで全部見られること」、「世の中にインパクトを与えられること」。この3つを基準に、自動車メーカーから鉄鋼、電機、電子部品、食品まで、幅広く就職活動に取り組んだ。そんななか、大学の先輩を訪問して話を聞き、かけがえのないこだわりを持っていることに共感した。
先輩が勤めていたのはパナソニック。担当はプロ用ビデオカメラの開発。オリンピックで自身が手がけたカメラが世界中に感動を届けることに、やりがいと誇りを持っていた。加藤木は、自らの研究の原点に立ち返った。「自分は社会に、どんなもので、どんな共感を呼ぶことができるのか...」。やはり「電池」だ。時代はガソリン車からEVへ。モビリティを革新する電池の役割は、重要で分かりやすい。「賭けてみよう。電池、それならパナソニックだ」。
想いが叶い、パナソニックで電池の開発を始めた加藤木。担当は車載用を中心としたリチウムイオン電池の負極材料、および負極プロセスの開発だ。高性能であることはもちろん、容量、コスト、品質、生産性のすべてを満たす必要があるため、材料サプライヤーの原料から製造工程、社内の量産工程を把握しなくてはならない。だが早々に試練が訪れた。材料のトラブルで量産工程に不良発生。新規分析方法を確立し分析と実験を重ねて半年、ようやく原因を特定できた。それは、材料中に含まれたわずか数ppmほどの不純物。材料設計の難しさ、品質の厳しさを痛感した出来事だった。
そして2年目、EV市場をリードする米国テスラ社の車載リチウムイオン電池の材料開発に挑戦し、エネルギー密度も安全性もコスト条件も満たす新規材料の開発に成功。翌年には、米国ネバダ州にあるギガファクトリーへ単身出向き、現地メンバーと協力しながら量産性の確認を行い、新規開発品の導入を完遂した。
テスラ社に隣接する電池工場は総面積13㎢、東京ドーム約280個分。2013年に世界全体で生産されたリチウムイオン電池の総容量を上回るという、ケタはずれの生産能力だ。その生産ラインを加藤木が開発した電池が流れた。「感動でした」。そして「この電池はテスラ社のEVに搭載されてお客さまのもとに届き、結果、CO2削減に貢献し環境問題の解決につながっていく」。加藤木が想い描いていた「仕事」がそこにあった。
加藤木のモチベーションを引き出す、仕事の魅力とは何か。若くても大きな仕事に挑戦させてもらえる。社内に目標にしたいオンリーワンやナンバーワンの先輩がいる。グローバルに働ける機会に恵まれていることも大きいという。コロナ禍でオンライン会議中心だが、ネバダの工場に行けば隣りのテスラ社の食堂でランチもする。「テスラ社はメンバーも若くチャレンジングな社風。常に技術革新が求められる。世界から脚光を浴びる人気企業とパートナーでいられるのは本当に刺激的です」。
EVを本格的に普及させるには、もっとエネルギー密度を進化させ、安全性も高めなくてはならない。現在、加藤木は5年後、10年後に向けた新規材料の開発に向けて、日々挑戦している。きっとテスラ社も社会も驚くような成果を見せてくれるはずだ。「歳を取った時、自分がやったのがこれだ!と、言える仕事がしたい」という加藤木。きっと、たくさんの「これだ!」を残すに違いない。
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*所属・内容等は取材当時のものです。