やさしいソウゾウのはじめ方 |イベントレポート
2020年11月3日(火)からスタートした、#ソウゾウするやさしい展 。
オープニングを記念して、ソウゾウリョクで世界に刺激を与え続けているゲストの皆様からアイデアのヒントとなるお話しを頂きました。
アイデアの作り方
“No密で濃密なひとときを”をコンセプトに活動する劇団ノーミーツ。コロナ禍でエンタメ業界も自粛が続く中、その中で何かできることは無いか、と旗揚げされました。
広屋:仕事が無くなったのはとても大きかったです。目の前が真っ暗になった。けれど、数日後には今できることを考えようと思いました。もともと「Out Of Theater」という劇場を飛び出して街中で表現者がエンタメを提供するというプロジェクトをやっていたので、根本的な考えは大きく変わっていません。現状にあわせてそれをオンライン上でやってみたらどうだろう、という発想で始まった企画です。
古谷さんは、若い料理人が自分のアイデアのつまった料理を自由に発揮できる「ツカノマノフードコート」や「ともコーラ」というクラフトコーラのブランドを立ち上げたことついて紹介。
古谷:日本にも、もともと原始の植物があって、効能を良く知りながら食事や薬をつくっていた。それが西洋化の流れで徐々に薄れていったという点を再価値化したかった。そのためにコーラという分かりやすい方法を使いました。大きな大義名分の為というより、偶発的にふれた出来事や情報から影響をうけて、その時の状況を解決するためにやっている、という感じです。
小国さんが企画したプロジェクト「注文をまちがえる料理店」はホールスタッフがみんな認知症のレストラン。アイデアの背景をこう振り返りました。
小国:仕事で認知症の状態にある方が暮らすグループホームを取材したことがありました。入居者の方が作ってくれる料理をごちそうになることがあったのですが、ある日の昼食がハンバーグときいていたのに、餃子が出てきたんです。「あれ、今日はハンバーグでしたよね?」とつっこもうとしたけど、おじいさん、おばあさんがみんな餃子を美味しそうに食べている。その風景に衝撃をうけました。間違えというのは、その場にいる人が受け容れてしまえば間違いではなくなる。その瞬間に「注文をまちがえる料理店」というワードが浮かんで、ここで起きている素敵な風景を、街の中で実現したいと思ったんです。
素敵なレストランという世界観を大切にして内装や料理もこだわったこの企画は、世界150か国のメディアで取り上げられるほど大きな反響がありました。
小国:もともと僕には「この分野は自分の領域だ!」といった専門性がなく、そのことがテレビ局で番組を作っているときはコンプレックスでした。でも、今は素人であることが強味だと思っています。自分は認知症に詳しいわけでも、すごく興味があったわけでもないのに「ハンバーグと餃子」の一件で興味を持った。だから、社会課題との最初の出くわし方の演出にインパクトを持たせられれば、自分のようなその問題に無関心で、素人な人間も振り向いてくれると思いました。
― 人を巻き込んでいくプロセスについても伺えますか?
広屋:コロナ禍で同じ悩みを抱えていた2人に声かけしました。でも、何もアウトプットがないとそれ以上の人は巻き込めない。まず少人数でやって作品を出してみようと、最初に声をかけてから5日後には第一弾を発表しました。その後は立てた旗に同じ想いを感じている人が集まってきてくれました。
古谷:私も小規模で始めることが多いです。「ともコーラ」は1人、「ツカノマ」は4人、「のん」は2人。しかも短期間で。仲間は、バイブスで選ぶことが多いです。共振するというか…。最初は爆発力が必要だと思っていて、同じ想いで集まってくれた人と始める。スキルはあったらいいな、という感じ。
小国:僕は「この指とまれ」という言い方をよくします。プロジェクトを立ち上げるときに「認知症の人がキラキラ輝く世界をつくりたいんです」といって指を立てたら、ひょっとしたら福祉の専門職の方はとまってくれるかもしれないけど、僕のような素人はきっとハードルが高いように感じてなかなかとまってくれない。だから、指に込めるメッセージが重要だと思います。注文をまちがえる料理店のときは「まちがっちゃったけど、まあ、いいか」というメッセージを込めて指をかかげました。そうしたら、ずいぶんとたくさんの人が指にとまってくれた。また、企画メンバーを集めるときは、説得をしないというのも大切にしています。あたらしいことをやろうとするとリスクはつきものですが、リスクを懸念している人を巻き込むために一生懸命説得しても、どこかで不安の方が大きくなっちゃってうまくいかなくなってしまうことが多い。だから、「え、なにそれ、おもしろそう!」と脊髄反射的に反応する人と一緒にやるようにしています。
ソウゾウのモチベーション
古谷:「ツカノマ」をやるときに一度軸がぶれそうになりました。小さなポップアップストアをやった方が人が集まるかもとか。でも軸をずらしたり話題性を優先しないで、この企画を始めた当時の自分の気持ちやモチベーションに忠実なアウトプットを追いかけました。
― そういった困難を越えようとさせてくれる、古谷さんの「食」へのモチベーションはどこからきているんですか?
古谷:食にかかわる人が面白くて自分もその世界に触れ続けていたい。追求しがいのあるジャンルだと感じています。料理人のクリエイティビティはお皿の上だけで発揮されるものではないですし、自粛中は、レシピとその背景にあるエピソードをエッセイ集としてnoteで販売しました。15名の料理人が参加してくれて、売り上げは彼らに還元しました。
小国:僕のモチベーションは”原風景”。「注文をまちがえる料理店」も、初日会場に行くまで吐き気が止まらないくらい不安でした。そのとき「ハンバーグと餃子」の風景を思い出したらすっと悩みが消えたんです。あの風景に自分が心を動かされたという事実。そこに嘘があったらやりきれなかったと思います。
広屋:海外のドッキリのような街中に非日常な物語がある風景が学生時代から好きで、そういうことを日本でも実現したい、というのがモチベーションでした。ただ日本は表現に対しての寛容具合が世界と違うし、役者は劇場で有名になるしかないという構造ももったいないと感じています。今の活動は、コロナが終わった後も挑戦していきたい。少人数で始めたこの活動が、自分達の手でどこまでできるのか。一つひとつ成功体験を積み重ねていけているのも面白いです。
あなたにもできるソウゾウ
― みなさん自分のソウゾウのスイッチをしっかりご存知な気がするのですが、それはどういうプロセスで見つけてこられたんですか?
小国:僕は違和感を大切にしています。違和感って、向き合うのはかなり面倒くさいので、スルーした方が楽ですよね。でも、そんな違和感の中にクリエイティブやイノベーションの種がある。プロフェッショナルな方はその違和感に向き合うことの大変さも知っているからやり過ごしても、僕は素人の分「違和感」の量は多いと思っています。
古谷:アイデアの根源には自分の中の違和感や渇きがありますね。世の中に何かを発信していくとなると、その渇きを「社会もそう感じているだろう」という部分と弁図のようにあわせて考えます。自分がただやりたいという、ある意味「ひとりよがり」なモチベーションから社会に必要とされるかたちにアウトプットしていきます。
広屋:僕は自分が好きだったことを自分でもつくってみたい、というところまで思えたから活動しています。まず、自分の好きなことを理解していく。僕なら、劇団の中のこういうジャンルが好きで、その理由はこれで、と深掘っていく。そこで違和感を見つけたら世の中との接点を生み出せる可能性もある。世の中に届けたい、と思えたらどこかに発表してみてもいいし、自分の中で完結して楽しむのも良いと思います。
小国:よく取材で「社会にどんなメッセージを発信したいのですか」と聞かれることがあるんですが、僕自身はそういう想いは無いんです。自分が衝撃を受けたり、心から見たいと思った風景をつくりたいと思ってやっています。きわめて個人的な衝動がスタートですし、それを作るのがゴールという感じです。
― 結果的に優しさになった、SDGsにつながっていたということもありますよね。
古谷:「ツカノマノフードコート」も本当に役に立つかはつくってみないとわかりませんでした。大事なのは、自分がみたい、欲しいと思ったものを信じられるか。まずは一旦世に出してから必要な方向に調整したり反応をみて変えてみるのも良いと思います。そういう意味で、コンペは難しいですよね(笑)
小国:すごくわかります。コンペの審査員をさせて頂いたこともありますが、99%は賞から落ちてしまう。でも落ちてしまった人も「残念だな」で終わるのでなく、本気でやりたかったのならやったらいい、と思っちゃうんです。
広屋:そうですよね、ノーミーツも誰かに言われたわけではないし、自分たちでやりたいからやったことが結果的に受けいれられた。少し前は足りないものがたくさんあったから、それを出すと世の中に受け入れられたけど、充実した現代だと何かを解決することも飽和してきている。自分がやりたいことをやった結果、まだ誰も気づいていない何かを解決できるかもしれない、とも思います。
― 今違和感はあってもアウトプットまでいかない人に何か言葉をかけるとしたらどんなアドバイスがありますか?
古谷:”案ずるな生むがやすし”。今の時代は、労力をおしまず取り組んで少しの勇気があれば発信できると思います。コンペにあわせて何かをつくるのではなく、この際だから今くすぶっているアイデアを出してみよう、という感覚で発信してみるのも良いのではないかと思います。
広屋:実は、オンラインで演劇しようとするのは、いくつか考えていたアイデアの最後の一つでした。思いついたアイデアをすべてやって、反響があったりなかったりしながら、成功したのが劇団ノーミーツだったんです。人に届けることを生業としていたのに、コロナで何もできない状態でいることの方が失敗するより辛くて。自分の好きなことを他人に共感されると嬉しいじゃないですか。そこまでを求めるのならば、世に出してみる。でも自分のなかで面白がるのだって立派なソウゾウだと僕は思います。
― ソウゾウするうえで、日常の中で大切にされていることを教えて下さい。
広屋:自分が好きだな、と思ったことや映画作品などで感動したことを、なんでそう感じたんだろう?と考えます。自分の感情が揺れ動いた瞬間をメモなどでストックしていく。自分の好きを世に伝えたいのでそこを理解できるようにします。
古谷:私も言語化します。あとは、自分の為だけの企画書をつくります。3年後でも5年後でも、いつかやりたい企画として温めています。話してみたいと思う方ができたら、それを見せてみたり。
小国:僕は「世界の授賞式の妄想記者会見」をやっています。アイデアを思いついたら、次の瞬間にはレッドカーペットの上にいる。記者がどんなことを聞くかを想像しそれに答えようとすることで、「コンセプトがキャッチ―じゃない、ふわっとしているな」とか今のプロジェクトに足りない部分にも気づくことができます。これは世界規模の授賞式である、というところがポイントで、今から作ろうとするプロジェクトが日本だけではなく、世界に通じる普遍的な価値をもちえているかを検証できる。そして何より、それをやるとテンションがあがります。僕、妄想ではすごい受賞してるんですよ(笑)
― 最後にこれを見ているかたへメッセージを頂けますか。
広屋:ソウゾウすることと自分の好きを他人に共有することは楽しいことだと思うので今回のようなキャンペーンを使って、どんどんソウゾウしてみて欲しいなと思います。
古谷:自分のアイデアの種を世の中の人と共有できる形にすることってどういうことなんだろう。そう思いながらアウトプットをしてみたり考える機会をつくるのは素晴らしいことだと思います。
小国:コロナになってから、自分達の世界の風景が良くも悪くも強制的に書き換えられていると感じています。それをハックし返したいという思いがあって。今までだって人類は「空を飛びたい」「明かりを灯したい」といったソウゾウで世界の風景を描き変えてきたと思うので、こんな時だからこそみなさんと一緒にソウゾウをできたら良いなと思います。
★★★
自分が何にワクワクし、何に憤り、何に憧れるのか。正直に反応することで、ソウゾウの原動力と出会える。
しかし、その心の動きに丁寧に向き合い誰かに伝えようとすることは、勇気や労力がいる。いつの間にか気づかなかったことにしたり、自ら感覚を鈍らせてしまうこともある。
けれど、自分の中の小さな思いつきが、いつか誰かの日常に明かりを灯すかもしれない。思わぬ仲間と巡り会わせてくれるかもしれない。誰かの大きなヒントになるかもしれない。
3人のお話しを聞いていると、いつの間にか、そんな期待を抱かずにはいられませんでした。
「ソウゾウは誰にでもできる」
繰り返し出てきたその言葉に、背中をおされた気がしました。
この機会に、みなさんも自分のソウゾウリョクと向き合ってみてはいかがでしょうか。
パナソニックセンター東京ではみなさんのソウゾウリョクの刺激になるようなイベントを引き続き実施していきます。
イベント情報はこちらからもご確認いただけます。