「やさしいショートショートをつくろう―やさしい言葉ってなんだろう?-」ショートショート作家・田丸雅智さんと作る自分たちの物語
11月20日にパナソニックセンター東京で行われた「やさしいショートショートをつくろう―やさしい言葉ってなんだろう?-」。ショートショート作家の田丸雅智さんをお迎えして、やさしい言葉についてのトークセッションと、実際にショートショートを創作するワークショップを開催しました。
トークセッション
トークセッションでは、 田丸さんの創作活動やショートショートの様々な普及活動について、やさしさという切り口でお聞きしました。
ショートショートは文学の入口になりやすい
田丸さんにジャンルとしてショートショートの魅力について教えてもらいました。「読み手と書き手の二つの魅力があります。まず読み手としては一話5分くらいで読めてしまう物語でも、感情をゆさぶられたり、違う世界へ連れて行ってくれるという手軽さです。ぼくは実はもともと読書が苦手で、学生の時にこのジャンルと出会って『なんだ、小説って面白いじゃん』と思ったのが読書好きになるきっかけでした。読書が苦手な人にも文学の入口になりやすいのでおすすめです。また、書き手としての魅力は物理的にかかる時間が短いこと。長編と比べて一話を数時間・数日で書き終えるから、初めて小説を書いてみようという人の入門にぴったりです。ショートショートは短いがゆえにビギナーズラックも起こりやすいんですよ。」
また、音楽やスポーツと比べてハードルが低いといいます。「小説って今あるもので始められるじゃないですか。お金もかからないし、実はハードルが低いんです。だけど趣味にしている人は少ない。書くことで得られるものはたくさんあるので、もっと普通なこととして世間に広がっていけばいいなと思っています。」
「空想競技2020」はネガティブをワクワクに変えた作品
田丸さんはこの夏にインスタグラムにて「空想競技2020」という企画を実施していました。架空の競技を考えて、インスタグラムで競技についての小説とそれを連想させる写真を投稿するという小説家と写真家の力が集結された作品です。このユニークな企画を思いついたきっかけについて聞きました。
「今年楽しみにしていたスポーツの祭典が延期になって、心にぽっかり穴が開いてしまった。そんな中、仲間うちで自分たちに何かできることはないかと常々考え、議論していました。少しでもスポーツにワクワクする気持ちを感じてもらいたいという思いで、空想の競技というテーマの作品を発信しようという結論にたどり着きました。スポーツ選手や大会関係者やファンも含めて、空想競技という世界からワクワクが伝わっていたら幸いです。」
ネガティブな状況も捉え方の違いで、創造を生み出せるという情熱が空想競技2020には込められていました。
クリエイティビティの始め方
執筆活動と並行してワークショップや書き方座も行っている田丸さん。小説を書き始めるときに役立つアイディアの創発方法を教えてもらいました。「ワークショップでは、言葉と言葉を組み合わせる方法を取り組んでもらっています。例えば、『マイク』から連想される言葉を書き出す。音・響く・カラオケなどと連想したら、それと全く別の単語と結び付けてみます。カラオケとコップを組み合わせてみたら、『そのコップで飲むと歌がうまくなるのかな、歌声を聞いた人が楽しくなって踊り出すのはどうかな』と、どんどん空想していけば後は書くだけで物語が出来上がっていきます。」
空想を生み出すための手法をワークショップに落とし込んでいる様子は実に論理的です。論理的と空想は交わらない様に思えますが、田丸さんにとっては同じカテゴリーだと話します。「理系も文系も音楽も美術も根本を辿ると感覚的には同じくくりだと思っています。ぼくは大学で物理学を専攻していたので、論理立てて考えることは後付けで学びました。ただ、ロジックは人に話すときだけじゃなく、物語を考える上にも役立っています。ロジックを積み重ねていけば、クリエイティブを創造することも可能なんです。」
やさしさとは「なんとも言えない気持ち」
作品にはどこかに救いがあればいいと話す田丸さんですが、手掛ける物語にはやさしさが漂っています。これには幼少期の環境が大きく影響していました。
「ぼくは祖父母が老いていく姿や、故郷の港町が寂れていく様子になんとも言えない気持ちになって、記憶や思い出を物語に閉じ込めておきたいという感情を抱くことがあります。自分では“ささやかな抵抗”と呼んでいるのですが、何に抵抗しているかというと、時間や老いなんです。大切なものたちが廃れていくことに対してアンテナが強く反応する。一番きれいな状態を物語にしてこのまま残しておきたいという気持ちがぼくなりのやさしさなのかなと思います。作品にはパーソナリティーが滲み出ますが、ぼくの場合は故郷の環境でした。切っても切れないものなので今後も向き合っていくつもりです。」
たくさん想像することでやさしくなれる
日々たくさんの物事に思いを巡らせている田丸さん。人の気持ちに対してはどんな風に捉えているのでしょうか。
「ぼくは少年院で書き方講座の活動しているのですが、オファーを受けた時は正直少し怖いなと思っていました。でもせっかくだから1回は行ってみようと訪れたら、子どもたちは憑き物が落ちみたいに純朴で思っていたイメージと違い驚きました。この活動を通して、今まで会ったことのない人たちと触れ合った結果、想像の範囲が広がった。人には色々な都合や事情があると経験を通して知る度に考えさせられます。それが人の気持ちになって考えるという“やさしさ”ではないでしょうか。だからなるべく自分で触れて体験することが大事だと思っています。」
やさしさと小説は切り離せない
最後に田丸さんにやさしさと小説について聞きました。「クリエイションもイマジネーションもどちらも素敵なことですし、やさしさとは切り離せないもの。小説とやさしさも近い関係だと今回改めて感じさせられました。ぜひ、実際に小説を書いてみてほしいです。
自分にはできないと思わずに、限られた特殊な人だけのものではないので気軽にチャレンジしてみてください。」
ワークショップ
後半のワークショップでは4人一組に分かれて、「じゃれ本」というショートショートを創作するためのアイテムを使い、リレー形式で物語を書きつないでいくことに挑戦。参加者はこのイベントで初めて顔を合わせた人たち。果たしてどんな不思議な物語が生まれたのでしょうか。
みんなで繋いで作るオリジナルストーリー
参加者はまず4人一組になってテーブルに座ります。田丸さんが考案した「じゃれ本」を使いながら、リレー形式で物語を作成していきます。
最初に10個の単語を考えます。次に一つの単語を選び、連想するイメージを書き出します。書き出したイメージと10個の単語をくっつけて不思議な言葉を作成します。パッと聞いて違和感のある言葉というのがポイント。特に気に入った不思議な言葉を題名に選び、グループ内で本を回して物語を作っていきます。
執筆する人には、題名とひとつ前の人が書いた物語しか見えないようになっているので、どんな展開になっているのか想像して書かなければなりません。2分おきに交代し、8ページのストーリーを書いていきます。
ワークショップがスタートすると、どのテーブルも真剣にもくもくと創作に取り掛かっていましたが、4周目で自分の本が戻ってくると、みんな笑顔に。そして後半になってくると頭を抱えている人が続出。8周目に自分の手元に帰って来たじゃれ本を読んで、どんな結末を迎えようか考える参加者の表情は、面白いものを見つけた子どものように目が輝いていました。
完成した物語を各自で読んで「お~面白い」と声がちらほら。グループ内で朗読して発表すると、思わず拍手が出るテーブルも。誰もが自分のオリジナルストーリーに満足している様子でした。
とっておきのストーリーを発表してみる
グループで共有した後は、1テーブル1人代表者の作品を決めてみんなの前で朗読します。1回目は「本体と切り離せるぬいぐるみ」「コンビニで売っている天国」「ぎょうざみたいなロボット」「花の唸り声」というショートショートが誕生しました。どの作品もタイトルだけ聞いたらどんな話か想像つかないものばかり。読んでみたいと思わせるタイトルのつけ方もじゃれ本の特長とわかりました。
また、4人でリレー形式で物語を作っていくので、発想や言葉選びも個人でセンスが異なり、それがプラスの作用を引き起こし常に自分がストーリーをどう展開していくか想像するきっかけを作ってくれていました。
朗読されるストーリーに思わず笑い声が上がったり、感嘆がもれたりどれもショートショートとしてレベルの高い作品になっていたことが印象的でした。
続いて2作品目の制作に突入。考える時間が90秒と短くなり、より一心不乱に執筆する参加者たち。しかし、緊張感はなく初回に比べ穏やかな空気が流れていました。
2作品目には「水たまりができる鉛筆」「冷たいトランプカード」「どこまでも続く電車」「炊飯器が欲しいみみず」といった作品が誕生。
メンバーと打ち解けていることもあり、ストーリー設定にあえて乗っかったり、展開を裏切ったり、ページを超えてキーワードを再度登場させるなど、より話に深みが生まれていきました。
一人きりじゃなくてもアイディアは作れる
ワークショップを通して田丸さんはアイディアの生み出す方法について話してくれました。
「今回生まれたストーリーはどれもレベルが高く驚きました。また、皆さんが笑いながら参加してくれたことがとても印象的です。創作自体もみんなでするのは楽しいし、むちゃぶりによって発想が飛躍する面白さを味わえたのではないでしょうか。さらに、ストーリーがつながった時の快感や初めて会う人たちとの即興性と適用力も体験して感じたと思います。作家は孤独な職業と言われますが、アイディアを考えるときに必ずしも一人である必要はありません。アイディアセッションをみんなでやるとこんなにも楽しいんだということが伝わったら嬉しいです。」
ワークショップに参加した人たちは全員ショートショートを作るのは初めて。出来上がったじゃれ本を大切そうに持ち帰る姿に、ソウゾウが人々へ与えるあたたかさをじんわり感じました。
ゲスト:田丸雅智さん(ショートショート作家)
1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。書き方講座の内容は、2020年度から使用される小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。
モデレーター:橘匠実さん(パナソニック株式会社 スペースメディア戦略室)