生成AI時代のデザインワークを探究Design with GenAIプロジェクト
米OpenAI社が「ChatGPT」を公開した2022年以降、さまざまな場面での活用が一気に広がってきた生成AI(GenAI)。主にデータ分析や予測に強みを発揮してきた従来のAIと異なり、画像、音楽、動画などクリエイティブな分野での活用が期待されています。
パナソニックグループのデザイン部門でも、2024年2月から生成AIを活用したデザイン業務プロセス刷新や業務効率化の可能性を探るプロジェクト「Design with GenAI」に取り組んできました。従来のデザインプロセスをベースに、生成AIが活用できる場面、人間が求められる役割を検証した半年間。プロジェクトをリードしたPanasonic Design NYの今枝侑哉と真貝雄一郎が振り返ります。
“ITの本場”に渦巻く、パラダイムシフトの衝撃
今枝:2021年8月に立ち上げたPanasonic Design NYは、中・長期的な未来の兆しをつかみ、製品やサービスの方向性を検証する“デザインのR&D”拠点。多様なバックグラウンドや価値観を持つ人が世界中から集まるニューヨークで、くらし領域をリサーチする「DEI」と、デジタルを活用したサービスやビジネスの変容を検証する「DX」――これまでに大きく二つのテーマを取り上げてきました。
真貝:アメリカ、特にニューヨークはデジタルやAIなど最先端の情報・技術・人に触れられるIT先進都市。ChatGPTやさまざまな生成AIサービスが出始めたころ、私たちも使ってみてすぐに「これは社会にとてつもない変化をもたらす」と衝撃を受けました。実際に、生成AIは全世界の労働人口の80%以上を占める47の国と地域、850種以上の職種に影響をもたらすというレポートも示されています。そうした未来への期待と不安、両方の感情を抱きながら「実際に仕事で使ったら何がどう変わっていくんだろう」という疑問がプロジェクトの出発点になりました。
今枝:プロジェクトのテーマは「生成AIを活用したデザイン業務プロセスの刷新」。従来のデザインプロセス「Insight-気づく」「Strategy-考える」「Creation-つくる」「Story telling-伝える」――これら四つのフェーズの中で生成AIを活用できる部分と、人がやらなければならない部分を見極め、業務の効率化やデザイン品質を向上させることが目的でした。
例えば人間では膨大な時間と手間がかかる多角的なリサーチや、さまざまな視点でのアイディエーションに活用できるのではないか、といった可能性の検証です。
真貝:Insightのフェーズだと、現代社会で人間1人が処理できる情報量のキャパシティーを超えつつあることや、パナソニックが手掛ける事業領域の広さを網羅しきれなくなっている部分に課題を感じていました。また、生活者との接点という面でも、プロトタイプを作って生活者に検証してもらってインタビューするという従来の手法がコストやスケジュールの面で難しくなっている現実があります。生成AIにはそういった理想と現実のギャップを埋めるツールとしての期待がありました。
今枝:Microsoft社AI Co-Innovation LabのAIエンジニアや博報堂のデジタルトランスフォーメーションチーム「hakuhodo DXD」など社外スタッフの協力を仰ぎ、社内ではインダストリアルデザイナーやリサーチ分野のサービスデザイナー、未来を構想するR&D分野のデザイナーなど若手を中心に幅広くアサイン。テキストや画像の生成に特化した複数の生成AIツールを組み合わせ、「2035年の“モテ”を考える」をテーマとする仮想業務に取り組みました。
「2035年の“モテ”を考える」四つのフェーズ
Insight-気づく
真貝:社会の将来のビジョンや価値の変化など、さまざまなリサーチを通じて、未来にどういったビジネス領域があるか仮説を立てていくフェーズです。
例えばテキスト生成のAIツールに「2035年、美容整形が一般的になり、人々が容姿を自由に変えられるようになりました。この時代の美醜の基準を教えてください」と問いかけると、論文などの根拠と合わせてさまざまな潮流や予想される未来の変化などの答えを返してくれます。
そうして出てきたアウトプットから「外見が自由に操作できるようになれば、内面の美しさが価値になるのではないか」といったアイデアが生まれ、今回の仮想業務のテーマ「2035年の“モテ”を考える」が決まりました。
さらに、仮想の人物を生成できる機能を活用して未来人AI――インフルエンサーの“明日香さん”と彼女のフォロワー、アンチのペルソナを作成。彼女たちとの対話を通して、10年後の生活者のライフスタイルや価値観、美容に関するペインやゲインなどを拾い上げていった結果、人間の内面の美しさや個性の重要性がこの時代に共通するインサイトであることが分かりました。
Strategy-考える
真貝:Insightで出てきたプロダクトアイデアの詳細を整理、精緻化していくフェーズです。ターゲット、商品の機能、スペック、価値、コンセプトなどの詳細を導き出す過程や、新しいUXのストーリーやターゲットのポイントなど、人間の発想を超えた部分の探索にテキスト生成のAIツールを活用。未来人AIの明日香さんをメインターゲットに設定し、ネーミングや製品の機能に関する対話を繰り返した結果、目に見えない美しさを表現できるウエアラブルデバイス「Aurable(オーラブル)」にたどり着きました。
また、Aurableが提供すべき価値や機能の優先順位を整理するためのユーザージャーニーマップ作成にも活用しました。ターゲットやコンセプトなど商品に関する情報を入力すると、ユーザーの行動フローを元に一日の中での使用シーンなどを表形式で出力してくれるもの。もちろん、いきなり“正解”が出てくるわけではありませんが、自分たちが注力するべきポイントは、仮説やディスカッションのたたき台として有用だったと感じます。
Creation-つくる
今枝:Strategyまでで固めてきたプロダクトアイデアのイメージを具体化するフェーズです。ここでは、デザインや形状、色、ユーザビリティーなどさまざまなパターンのアイディエーションに画像生成のAIツールが大きな力を発揮してくれました。
このツールは、テキストの説明文から画像を生成することができ、プロダクトの大きさや装着箇所などのキーワードを変えると、手に装着する形状や、イヤホン型、ネックレス型など大量にいろいろなアイデアが出てきます。これらの中からユニークかつ実現性が見込めるプロダクトの可能性をデザイナーがディスカッションし、最終的にアイグラス型に決定。スケッチからリアルな3DデザインができるAIツールでレンダリング画像を作成し、プロダクトの形状や質感の精緻化を進めました。
Story telling-伝える
今枝:Creationまでのフェーズで生み出された製品・サービスの一貫性のあるプロモーションやコミュニケーション戦略を作るフェーズです。ここでは主に二つのプロセスで生成AIを活用しました。
一つは、パーセプション(認識)フロー・モデルを活用してパーセプションの変化を可視化し、マーケティング活動を設計すること。もう一つはプロダクトのコンセプトや、ムードボード、イメージボード、キャッチコピーなど、クリエイティブ作成のプロセスです。最終的にはマーケターとデザイナー両方の視点からプロダクトの概要やムードボードを参考に、デザイナーの手でプロダクトデザインを精緻化。ビジュアルデザインもブラッシュアップしていきました。
最適解に導く、入り口と出口の目利き力
今枝:プロジェクトの上期(2024年2月~8月)は、デザインプロセスの中で生成AI活用の可能性を、デザイナーと整理しながら導き出す時間でした。現段階は「生成AI時代のデザイナーはプロジェクトの入り口と出口で目利き力が求められる」を一つの答えとしています。
入り口の目利き力とは、デザイナーの問いを元に生成AIを活用して得られた大量の調査結果から何に着目しテーマを立てるか。好奇心や観察力、共感力といった力のこと。出口の目利き力とは、生成AIが吐き出す大量のデザイン案から最適解をどう導き出すか。柔軟性、美的センス、ストーリーテリングのスキルのことです。
デザイナー・非デザイナーにかかわらず、生成AIを活用すればいろいろなアイデアやデザインが作れます。それぞれのフェーズで生成される玉石混交の“答え”。そこに人間ならではの身体感覚や感受性を元にして、新たな視点や意味を見いだすことが未来のデザインにとっては重要になると考えています。
今後は実務のデザインプロセスに生成AIを実装していくことがプロジェクトのミッションであり、実際に生成AIを活用した製品やサービスを生み出すことが最終的なゴールです。下期は、社内の機密情報を扱うセキュリティーや知的財産の面で検証すべきポイントなど、社内外の知見を基にしたブラッシュアップを進めています。
AIの発達によって生まれる“揺り戻し”
今枝:実際の業務を想定しながら使ってみて、生成AIは大量の情報を一定のルールに従って整理するユーザージャーニーやパーセプションフローの作成などで大きな力を発揮すると感じました。
真貝:ブレストやユーザージャーニーマップ作成など、人間だと手間と時間がかかる作業も、生成AIならプロダクトの要件を入力すればすぐに答えを出力してくれます。精度はまだ50~60点のレベルですが、たたき台を作ってくれるだけで議論のスタートラインが変わってきます。今回使ってみて便利だなと思ったポイントの一つです。
また、生成AIによって自分が知らなかった視点や角度からの知見を得ることができ、上手に使えば強力な武器になるという実感もありました。「(生成AIは)よく分からない」「怖い」といった先入観から、業務に取り入れなければという積極的なモードになれたのは印象的な変化だと思います。
今枝:一方で、面白いアイデアを考えるといったCreationのフェーズでは苦労しました。原因は“面白いアイデア”の定義が主観的で、言語化が難しいこと。人間同士なら感覚的、あうんの呼吸で通じることでも、生成AIへの問いかけがあいまいだと当たり前の回答しか返ってこない。「面白いアイデアとは何か」を改めて考えるきっかけ、思考実験になりました。
真貝:生成AIが大量のアイデアやデザインを生み出すようになると、それらの中から質の高い答えをピックアップする人間の審美眼が問われます。茶道や武道に「守破離」という言葉があるように、デザインの世界でも最初は型通りにこなすところから始まり、経験を積み重ねる中で自分のオリジナリティーや新しさを表現できるようになっていきます。この「守」の部分、つまり型通りの業務を生成AIが代替してしまうようになると、人間がオリジナリティーを表現できる域に到達するためにはどういうトレーニングが必要なのかを真剣に考える必要があると感じています。
今枝:上期のまとめとして実施した社内報告会で寄せられた「生成AIが発達することによって、逆に手書きのスケッチ力やモノを削るスキルといった超アナログの能力が求められるようになるのでは」「いずれ『人間が作った』ことが価値になる世界も生まれるのでは」といった感想に共感を覚えました。
真貝:手書きのスケッチや、自ら手を動かしてモノを作る作業は審美眼を鍛える上でも有効です。今年視察したミラノサローネでは、手彫りの椅子など作家性を伴った作品が印象に残りました。そうした作品の数が増えてきているのか、私自身の意識が求めているのか分かりませんが、人の手が介在する作品のストーリーに心を引かれるのは一種の“揺り戻し”なのかもしれません。
トライの積み重ねが大きな力の差になる
今枝:賛否両論ある生成AIですが、私自身はポジティブに捉えています。私が大学に入学した頃はちょうどAdobe社のグラフィックソフトIllustratorを講義で使い始めた時期。1~2年違うだけで先輩は手描きでグラフィックデザインをしているという、まさに端境期を経験し、新しい技術を黎明期から使う人とそうでない人との間には後々大きな差ができると学んできました。
生成AIも意地悪な視点で見れば、セキュリティーの面などまだまだ不完全な技術かもしれません。ただ、今の段階でトライ&エラーを経験していることが数年後には大きな力になる。現在のプロジェクトも単発ではなく、組織として数年単位で継続的に進めるべきだと強く感じます。
真貝:ニューヨークにいて感じるのはビジネスのスピード感。新しいビジネスが生まれては消えていく、そのサイクルがとても速い。トライ&エラーやチャレンジをポジティブに捉える文化、精神が根付いているからだと感じます。生成AIの技術も短い場合だと一日、いや半日単位でアップデートを繰り返しています。最新の技術をウオッチしながら、いかに業務に活用していくかを考え続ける必要がありますね。
今枝:今の生成AIは修士課程の大学院生レベルにまで高まっていると言われています。ただ、ビジネスシーンでは実務経験が浅い。例えて言うなら「優秀な新入社員」のイメージです。インプット・アウトプット両面で新入社員にどういう指示を出していくか、ディレクションのスキルを磨くことが生成AIを活用する上でのポイントかなと思います。
真貝:ChatGPTのような対話式の生成AIはまだ生まれたばかりの技術。「インターネット」に例えるなら、商用利用が解禁され、徐々に大手企業がホームページを開設し始めた1990年代のイメージです。その後の30年でインターネットが人々のくらしと切り離せない存在になったことを考えると、生成AIは社会をどう変えていくのか。そう思うと、様々な可能性が眠っている、エキサイティングな領域だと思っています。
取材・文:野田 直樹
編集:Story of Future Craft 編集部(Panasonic Design)
写真(対談):成田 直茂