長寿命の電池を開発し、豊かなくらしづくりに貢献したい
猪股志織は、進路に悩んでいた。就職活動が始まってからも、自分にどんな仕事が向いているのか、分からなかった。彼女は、大学は先進理工学部に進み、前立腺がんの有無をバイオセンサーを使って診断する研究を行っていた。その学びを活かす理系職の道に進むのは自然な流れだが、文系職にも興味があった。子どもの頃から国語や作文が得意で、小説家を夢見たことも。大学で学んだ理系の知識と文章を書く能力を活かし、子どもたちに化学のおもしろさを教えるサイエンスライターや、理科の教科書をつくる仕事にもあこがれていた。
理系職と文系職、どちらに進むべきか。悩んだ末に、彼女が出した結論は、事業領域の広い大きな会社に入ることだった。「パナソニックは、理系職で受けたのですが、仕事はやってみないと分からないと思い、やってみて向いてないと思ったら、社内で転職すればいいという計算がありました。それと、面接官の方の印象が良かったことも理由のひとつです。私の受け答えを聞いて、いい面を引き出してくれようとしていることが分かりました」。
パナソニックに入社後、配属されたのはリチウムイオン電池を開発する部署だった。彼女は、既に生産が始まっている電池の評価を担当。「合理化」と言って、開発が終わってからも製造コストを下げるための改良が続けられている。改良を加えた電池の試作品で、充電と放電を繰り返し、そのサイクルの推移をチェック。異常があれば原因を見つけてさらに改良を重ねる。それを何度も繰り返すうちに、セル単価に対して15%程度削減できる電池が誕生した。これは、収益に大きく貢献できる快挙となり、チームで社内表彰された。「まだ入社したてで、金額が全然ピンと来てなかったのですが、一緒にやってきた人たちが喜んでいるのを見て、『あ、すごいことなんだ』と思いました」。
2年目は、評価から生産工程への導入までを担当。検証した技術を、実際に生産ラインに組み込んでもらうための会議があり、彼女ははじめてプレゼンテーターを務めた。他の部署のメンバー10数名を前にした彼女は、緊張から大事な説明を飛ばしてしまったり、質疑応答では、質問者の意図が読み取れないなど、散々な結果となった。会議の後、しばらく落ち込んだ。『この職種で大丈夫だろうか?』と何度も自問した。
そして、今の自分には何が足りず、向き不向きは何なのかを改めて見つめ直した。「学生時代から人と一緒に何かをすることが苦手でした。でも、仕事ではそうも言っていられないので、克服するために人と関わりながら日々仕事をすることを心掛けました。また、自分の取り柄は、何でもコツコツと続けられることなので、地道にデータを取り続ける作業は向いています。人を巻き込みながら仕事することは少しずつ改善できるよう努力しながら、今は設計開発職として頑張ろうと思いました」。
現在は、これまでの電池の評価、導入の仕事に加え、より長寿命なリチウムイオン電池を開発するための基礎研究に取り組んでいる。正極、負極、電解液などの電池を構成する各部に、どんな材料を使用するか、最良の組合せを見つけることがミッションだ。開発や研究職、サプライヤーから、性能改善や性能向上になりそうな材料を提供してもらい、実際にセルにして特性評価を行い、組み合せを変えながら最適解を導き出していく。とても時間のかかる仕事だ。
「今取り組んでいることが、将来、製品化されて実を結ぶか、研究のまま終わってしまうかは自分次第。一緒に仕事をしているチームのみなさんの努力を無駄にしないためにも頑張らなくちゃと、日々励んでいます。まずは、長寿命の電池をひとつ開発することが目標です。そして、パソコンや電動自転車、コードレス機器など、さまざまな製品で使っていただき、多くの人々の豊かなくらしづくりに貢献したいと思います」と明るい笑顔で語った。
彼女には、尊敬する先輩がいる。「相談に行くと、どんなに忙しくても嫌な顔をせずに向き合ってもらえます。院卒で優秀な同期が課に異動して来たのですが、余りにもレベルが違い過ぎて悔しくてへこんでいた時、『戦っている土俵が違うのだから、比べなくていいんだよ。猪股さんには猪股さんのいいところがあるから、それを活かしなさい』と言っていただき、ふっと楽になりました。そして、私も、いつか先輩のような人になれたらいいなと思いました」。
パナソニックに入社して3年目。さまざまなことに悩みながらも、上司や先輩に支えられて歩んで来た彼女。これからも、悩むことは何度もあるだろう。でも、心配はいらない。悩むのは、成長している証だから。
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*所属・内容等は取材当時のものです。