「モミダマ」が広げる新しい合奏の世界
ハンディキャップがある人もない人も、音楽でつながりあえる――。視覚障害※のあるお子さんを持つ社員の思いから生まれたのは、柔らかな球体を手でもむだけで演奏ができる電子楽器「モミダマ」のアイデアです。音楽を通じて新たな価値を探求しようと、デザイナーの針谷爽をはじめ部門の枠を越えたエキスパートたちが集まりました。プロジェクトメンバーが現在地とこれからを語り合います。
※障害の漢字表記に関して:スムーズな読み上げを実現するために、障害という単語を漢字で表記しています。
⦿モミダマとは
揉んだり傾けたりすることで、音量の増減、連打やディレイなどのエフェクトを直感的にかけられる電子楽器のプロトタイプ。一つの楽曲に対し、モミダマにメロディー、ドラム、ベースなどのパートを割り当てることで、複数人で合奏が楽しめます。操作に応じてLEDが点滅、光の色も変化し、演奏者に聴覚、視覚、触覚で音楽情報をフィードバックします。
触ることで世界が広がる、音を通じた自己表現
――開発のきっかけは?
針谷:発端は、視覚障害のあるお子さんを持つ今井との出会いでした。2021年に開催された、部門横断で事業創出のアイデアを議論する社内研修会でのこと。「障害のある人もない人も一緒に音楽を楽しみ、つながれるツールを作りたい」という思いが私の琴線に触れました。デザインの力で使いやすさを越えた新たな発想力で誰もが音楽を楽しめるツールを生み出すことができるはずだと。当時、既に今井はパナソニック解析センターの和家佐らとプロトタイプ開発を進めていました。2022年1月に私と社外クリエイターの加々見さんが合流して、のちの「モミダマ」につながるプロジェクトがスタートしたのです。
大切にしているのは、まず展開性です。障害のある人のみが使うだけではなく、それを軸としつつも最終的には広くさまざまな人にとって価値のあるものになること。例えば他社の事例ですが、遠隔操作の分身ロボットは、障害に限らずさまざまな人々の社会参加につながっています。そして自己表現も意識しました。かっこいい義手は商品自体が自己表現につなげられる。モミダマも、演奏する姿が魅力的で、自己表現につながることを目指しています。
――開発で特に意識したことは?
今井:当初から中心に据えて考えていたのは「触覚」です。人は情報の8割を目から得ると言われ、残る四感(触覚、聴覚、嗅覚、味覚)のうち、視覚に障害のある人は触覚をひと際研ぎ澄ませ、身の回りの情報を得ているからです。ただし、視覚に加えて身体に重複障害のある人は思うように体を動かせず、触るという行為にも制限があります。手がどこかに触れると音が鳴る、そんなツールがあれば目が見えなくても自己表現を楽しめると仮説を立て、何もない空間に手を伸ばすと音階やシンバルの音を鳴らせるプロトタイプ1号機を開発しました。
和家佐:この1号機はスティックを振る手の動きをカメラで検知し、空間のグリッド上に割り当てられた仮想の楽器音が鳴るという仕組みでした。ただ、実際に徳島視覚支援学校の子どもたちに体験してもらったのですが、思いのままに音を鳴らせる人は多くありませんでした。晴眼者が目を閉じていても自分の手がどこにあるかを認識できるのは、心の中に「身体地図」があるから。一方、目の見えない人は鏡などで自分の腕の長さや伸ばした時の位置を確認した経験がなく、支援学校の体育の授業では先生が生徒に寄り添いながら腕の位置などを教えると言います。また、障害の有無に関係なく幼い子どもは突発的に体を動かすので、特定の位置に腕を伸ばさなければ音が鳴らせない今の仕様のままでは、十分に目的を果たせないと気付きました。
針谷:体験会当日、私たちは自分たちがつくったプロトタイプ以外に、複数の電子楽器や音の鳴るおもちゃを用意しました。そんな中で私の目に留まったのは、アンテナに手を近づけると音の高さや音量が変わる楽器「テルミン」で楽しそうに遊んでいる子どもの姿。たとえ視覚に頼らなくても、手を近づけるという直感的な操作だけで音の変化を理解して楽しめている。「これだ!」と思い、デザイナーの視点から物理的に触りやすい形や素材、操作方法など一から見直して、1号機とは全く違うモミダマのアイデアを提案しました。
改良のヒントは赤ちゃんのしぐさとDJ音楽
――モミダマのヒントはどのように得たのですか?
加々見:丸くて柔らかい形状を押したり傾けたりすることで操作するというのは、赤ちゃんのしぐさから着想しています。最近生まれたばかりの私の子どもがそうなのですが、赤ちゃんって何でも怖がらずに触って確かめています。触る、つかむという動作はいわば人間の原始的な感覚。この着想をもとに、手でもむ力の量を数値化し、音楽に変換する技術のアイデアにつながりました。通常、楽器はドラムやピアノのようにオンとオフのシンプルな信号ですが、モミダマは緩やかな波のような信号で、もむ動作から音が出るまでタイミングが遅れてしまう課題がありました。
解決につながったのは私の趣味でもあるDJ音楽でした。実は私は自宅にTechnicsのターンテーブル「SL-1200」を4台持つほどDJが趣味で、若い頃からスクラッチやつまみを回す操作に慣れ親しんでいます。DJプレイは、手や指先の感覚で直感的に音楽そのものを操作します。ならば、揉んで楽器演奏をするという発想自体を転換し、音階を奏でて音楽そのものを一から作るようなツールではなく、既存の音楽にエフェクトを加え、自由にリミックスすることで新たな音の価値を作る方がいいのではと。操作方法も手の感覚で信号を伝えやすい「もむ、傾ける」に絞ることで、誰もが簡単に音楽で自己表現が可能になると考えました。
針谷:直感的な操作に加え、当初から要件としていたのは合奏ができること。私は中学時代、吹奏楽部に所属して以来、今もグループで演奏を続けています。それが私にとって大切な時間となっているのは、多くの仲間たちと音楽を作り上げる一体感やかけがえのない喜びがあるから。音を共有する、共に合奏するために――。現時点でモミダマはベース、ドラム、メロディーの3種類ですが、もっと音のバリエーションを増やして100人で演奏ができたらとイメージがどんどん膨らんでいきました。
――開発の中で特に難しかった部分は?
和家佐:課題は本体を手で押した時に伝わる力の量をいかにして数値化するか。軽く押すと小さく、強く押すと大きく、もむ力に応じて連続的に音量を変化させる技術が必要でした。本体表面に変形やひずみを感知するセンサーをいくつも装着すれば、もむ力の量を検出できますが、本体がシリコン素材で柔らかいため、強くもんだりすると、センサーが不具合を起こす可能性が高く、耐久面でもコスト面でもプロトタイプ開発には不向きでした。より簡単な方法として着目したのが、距離を測る赤外線センサーです。球体の底にセンサーを1個配置し、もんでへこませた時に赤外線を本体の真上に照射して返ってくるまでの時間を制御することで、連続的に変化するもむ力の量の数値化を実現しました。さらに本体を傾ける量に応じてセンサーが反応し、連打などのエフェクトが加えられる機能を追加しました。
針谷:開発の過程で最重要視していたのはスピード。細かくつくり込むより、開発に協力してもらっている視覚支援学校の生徒にいち早く体験してもらい、彼らの率直な意見や評価を集めることが、プロダクトの進化につながると考えていました。1号機を大胆に改良したモミダマを実際に生徒が体験し、どんな意見や反応が返ってくるのか内心とても楽しみにしていました。
視覚障害を有する高校生がリミックスに挑戦
教室がビートと笑い声に包まれる
5月24日、プロトタイプ開発のパートナーである大阪府立大阪南視覚支援学校を訪問。西村先生の音楽の授業でモミダマの体験会を開きました。この日に用意したのはメロディー、ドラム、ベースの音を割り当てた3種類のモミダマ。視覚障害とその他の障害をあわせ有する、高校1~3年生にそれぞれ好きなモミダマを選んでもらい、あらかじめ用意した音源で即興リミックスに挑戦しました。初めての手触りに驚きながらも、音量や連打などのエフェクトの操作に少しずつ慣れていきました。また弱視の生徒は色の変化にも敏感に反応し、顔を近づけて確認していました。3人一組でリミックスした録音をクラスの全員で聴き比べると、生徒はリズムに乗って心地よく体をゆすり、「クラブにいるみたい!」と表情を輝かせていました。
音楽に正解はない。全ての個性に◎(二重丸)をあげたい
――西村先生インタビュー
重複障害の生徒は細かい体の動きがしづらいため、少しのアクションで大きな音の変化を体感する楽しさや喜びは、良い経験になったはずです。開発過程で私が針谷さんに伝えたのは、「音楽に正解はない」ということ。既存の音楽――例えば楽譜等に沿って正しい演奏が求められるような音楽だけではなく、電子楽器を使ったダンスミュージックのように、伸びやかな感性を刺激して、自由に楽しめるような楽器が彼らには必要。障害があるからこそできる表現が生徒一人ひとりに必ず潜在していると信じていますし、好奇心や想像力を引き出して育む、それが教員に与えられた責務だと考えています。これからもパナソニックの皆さんと良好な関係を築き合いながら、開発の一助になりたいです。
音楽で交流、自己表現の場づくりを共創したい
――体験会を通じて得たこと、今後の展望を教えてください。
今井:このプロジェクトを社内の研修会で発表する前は、自分の子どもに障害があることを、会社や世間からどんな反応が返ってくるのか不安で、あまり言えない自分がいました。発表をきっかけにプロトタイプに理解を示して協力してくれる仲間がどんどん増えていき、「私が障害者の子を持つ親の視点、想いを伝えなければならない。社会に役立つツールを作りたい」と、自分の殻も破ることができたと思います。私の子どもも今回体験してもらった生徒と同じ高校生で、みんなが一つになって音楽を楽しんでいた姿をわが子と重ね合わせながら見ていました。改良や検討を重ねていくごとに、意義のある開発を続けてきてよかったと実感しています。
加々見:生徒の皆さんから手触りや操作の難しさなど、たくさんの貴重な発見と宿題をもらいました。特に印象に残ったのは「この曲は嫌だから、演奏したくない」という意見。自分の好きな曲で表現を楽しみたいのは素直な欲求で、当たり前すぎて気付かなかったことをよくぞ言ってくれたと思いました。好きな楽曲を自由に選べたり、お母さんの声や生活音などお気に入りの音源を使えたり。モミダマはさまざまなニーズやシーンに応じてデジタル技術で一人ひとりにフィットするように調整もできるので、音楽による自己表現の可能性をまだまだ開拓できると信じています。
和家佐:触り心地はおおむね高評価でしたが、生徒の1人は「なんとなく嫌だから」と戸惑っていて、私は興味深くその姿を見ていました。見えづらいからこそ初めて触るものへの拒否感があったのも理由の一つだと思いますが、きっとそれだけではない。この漠然とした感覚を究明することが大切なんです。最近当社が販売した「NICOBO(ニコボ)」は本体が布地で覆われており、とても心地よくていとおしい。触覚が商品の価値を上げているのです。私が所属するパナソニック解析センターでは主に人の解析技術を活用した品質評価を行っており、近年特に触覚を重要視しています。なぜ触り心地がよいのか、その根拠を明らかにできればあらゆる商品に再現できるはず。感覚の面から開発を後押ししていきたいです。
針谷:生徒の皆さんがモミダマを使って楽しそうに演奏し、その場に生まれた一体感に私も胸が熱くなりました。演奏者と聴衆、障害のある人とない人の間にある壁を取り払い、全員がパフォーマーとなってステージで一つの音楽を奏でたい。目標に一歩近づいた手応えを感じました。音楽はただ聴いて楽しむものではなく、その場の雰囲気を変えたり、交流を生み出すきっかけにつながったり、まだまだ潜在価値があると考えており、新たな可能性を探っているところです。
モミダマは視覚障害のある方だけに限定したツールではなく、さまざまな人や場所で活用してもらえる展開を強く意識しています。例えば、ライブイベントで聴衆全員にモミダマを配布し、演者と一緒に音楽を楽しめる演出や、高齢者施設のレクリエーションも選択肢になると考えられます。今後も、あらゆる角度から可能性を押し広げたい。音楽の価値をより多くの人に伝えるために、社内外から幅広いアイデアや知見を求めています。「こんな場所で活用してみたい」「別の技術を組み合わせたらもっと面白くなる」など当プロジェクトに興味を持たれた方はぜひお声掛けください。音楽で人と人を結びつけ、喜びをつなぎ続けるために――私たちとモミダマを共創しませんか。お問い合わせは以下宛先にお寄せください。お待ちしております。
モミダマプロジェクト
momidama_xdc●gg.jp.panasonic.com (●を@に置き換えてください)
取材・文 津守勝彦 編集:畠中博文 写真(体験&座談会):海野貴典