デザイナーとエンジニアが考えるサーキュラーエコノミー「→使い続ける展」を振り返る(後編)
パナソニックグループは、2022年に策定した長期環境ビジョン「Panasonic GREEN IMPACT」の一環として、サーキュラーエコノミー(循環経済)の取り組みを加速させています。本記事は2023年10月に開催した「→使い続ける展」のプロジェクトメンバーでデザイン本部の山本達郎とシャドヴィッツ・マイケル、マニュファクチャリングイノベーション本部の松野行壮がサーキュラーエコノミーについて語り合った後編です。
未来を描く、三つの円
山本:パナソニックが目指すサーキュラーエコノミーについて触れる前に、その背景をおさらいしておきましょう。パナソニックグループは、松下幸之助創業者の「精神的な安定と、物資の無尽蔵な供給が相まって、初めて人生の幸福が安定する」という考えを基に、「物と心が共に豊かな理想の社会」の実現をグループの使命としています。この先も人々がウェルビーイングであり続けるためには、地球環境問題、とりわけ気候変動と資源枯渇への対応を最重要課題と位置づけ、パナソニックグループの長期環境ビジョン「Panasonic GREEN IMPACT」のもと、CO2排出量の削減とサーキュラーエコノミーに取り組んでいます。
パナソニックのサーキュラーエコノミーの取り組みには、従来の循環型モノづくりの進化と、新たにサーキュラーエコノミー型事業を創出するという二つの側面があります。前者は従来の循環型モノづくりをベースに、新規材料や最新のデジタル技術を駆使した、より効率的なプロセスの構築。後者は、モノではなく機能を使用するという新しい価値観を具現化する取り組み。例えば、一つの製品を多くの人で共有する「シェアリングサービス」や、製品の機能・価値・寿命を最大化するための「メンテナンス、リペア、リファービッシュ、リマニュファクチャリング」などを指しています。
これらを、「調達」「企画・開発」「設計・デザイン」「製造」「販売」などの各プロセスに落とし込み、資源効率を高めることで「より良い暮らし」と「持続可能な地球環境」の両立を目指しています。これらの考え方をわたしたちのワーキングでは以下の図のように表しました。
三つの円で構成しているので、私たちは「3 ループ・ダイアグラム(3 Loop Diagram/三つの循環図)」と呼んでいます。一番外側で運動場のトラックのような円を描いているのが「ネイチャー・ループ(NATURE LOOP/自然資源の循環)」。水や大気、モノも含めた循環のイメージです。内側の二つの円が“ひと”の営みを表していて、左側の「マニュファクチャリング・ループ(MANUFACTURING LOOP/製造の循環)」が私たち製造業のイメージ。自然界から原料を採取し、設計、開発、製造のプロセスを経て製品を販売していく事業活動の円、その上半分が「動脈」の部分です。
右側の「サービス・ループ(SERVICE LOOP/使用の循環)」は製品を購入いただいたお客様の使い方をイメージした円です。リペアやリファービッシュを繰り返しながら1人で長く使い続ける、もしくは誰かにとって不要になったモノを必要な人が引き継いで使い続ける。そうしたサイクルを何回も繰り返して、いよいよ「もう使えない」となれば、それをお客様の手元から回収し、もう一度左側の円に戻し、最後の手段としてリサイクルに回す。左円の下半分が「静脈」の部分です。
マニュファクチャリングとサービスの二つの円が連携し、「∞(無限大)」のマークのように、できるだけ長く回転し続ける。そうすれば、自然界から新たに資源を取り入れる量が減りますし、廃棄物も減る。これが理想の姿の一つだと考えています。
これまでは一度使用された商品のリサイクル・資源循環に注力してきました。ですが、素材レベルにリサイクルする時には、やはりエネルギーが必要になります。少し手入れをするだけでまだまだ使い続けられるなら、その前に、製品や部品としての価値を維持しながら、サービスの円を何周も回転させる。これがわたしたちの考えるこれからの方向です。リサイクルに回るまでの製品寿命を延ばす――。図で言うと、左のマニュファクチャリング・ループが1周する間に右のサービス・ループを何周回せるかというチャレンジです。
そして、サーキュラーエコノミー実現のためには、マニュファクチャリング・ループも進化が必要です。使用済みの製品から効率よく資源を回収して新たな製品の原料として活用する資源循環の取り組みを高度化すること、そのために、製品のデザインを変えて行くことも大きなチャレンジとなります。すなわち、サービス・ループとマニュファクチャリング・ループを両輪で連携して回して行くことがパナソニックが実現を目指すサーキュラーエコノミーの姿です。
製造と再生の両立がこれからの課題
マイケル:パナソニックが取り組むサーキュラーエコノミーのテーマは「使い続けることはつながり続けること」。お客様と、モノと、パナソニックがつながり続ける仕組み作りが必要だと考えています。現在はお客様にとっての価値を上げるためのプロトタイプやビジネスモデル、キーワードを考えている段階です。
山本:サーキュラーエコノミー実現のための課題は随所にあります。循環図にあるフェーズ全てを見直し、取り組みを加速させていくことが必要です。
松野:エンジニア視点では、動脈と静脈を結び付けてこそ循環になっていくと考えています。
パナソニックは2001年にリサイクル工場「パナソニック エコテクノロジーセンター株式会社」をオープンしました。家電リサイクル法の対象となる4品目「エアコン」「テレビ」「冷蔵庫・冷凍庫」「洗濯機・衣類乾燥機」から資源を回収し、新しい製品に使う資源を生み出すリサイクル拠点です。
こうした静脈側の機能を自社で所有しているという点では先進的であるものの、やはりメーカーとしては動脈側のウエートが大きく、連携はまだ薄い状態。動脈機能と静脈機能をどう連携させていくかが今後の課題です。
マイケル:環境への意識が高い欧州では、環境スペックで製品を選ぶお客様が増え、暮らしが少しずつ変化してきています。ただし、欧州の企業と比べても、日本のモノづくりをリードしてきたパナソニックが、20年以上前から取り組んでいるリサイクルは素晴らしいことですし、特徴的です。動脈と静脈を上手に連携できれば、環境分野で世界一になるチャンスはあると思っています。
「売ってもうける」から「売ってつながる」へ
山本:サーキュラーエコノミーを突き詰めていくと、新品が売れなくなることを懸念する声も出てきます。「2倍長持ちする商品を売ったら、売り上げは半減するじゃないか」と。ただ、サーキュラーエコノミーの考え方は今までのような「売ったら終わり」のビジネスではありません。使うことで元の値段より多少は価値(残価)が下がったとしても、「次の人」に回す循環の仕組みをうまく設計すれば、全体の価値はもっと大きくできるはず。そういう社会をデザインし、ビジネスモデルを考えていくことが大きなチャレンジだと捉えています。
松野:3 ループ・ダイアグラムの「∞」のどこでビジネスを拡張していくかがポイントです。これまでの「製品」で売ってもうけるスタイルから一歩踏み込む。例えば、プロトタイプのシェーバーだと、サブスクリプションサービスの中で刃のメンテナンスを通してお客様とつながり、交換するサービスがビジネスになります。同時に、モノづくりの現場も変わります。これまでは製品を作ることが仕事だった工場が、古くなった製品を引き取り、再生する拠点になるかもしれません。今の工場から機能が変わると思っていますし、そこまでやらないと企業として世の中で受け入れられなくなるのではないかと感じ始めています。
マイケル:訴求するポイントは「環境のため」より、あくまでも「ユーザーのため」という視点だと思います。「→使い続ける展」に来たお客様は「世の中の価値観が変化する中で、モノの価値も変わるよね」と話していました。サービス・ループの中で、お客様にとっての価値は何なのかを明確にすることが求められていると感じます。
山本:サブスクリプションのように製品を貸し出し、使用料をいただくビジネスモデルなら、購入(買い取り)に比べて導入のコストがぐっと抑えられます。それはお客様にとってのメリットと言えますよね。
松野:サブスクリプションの交換サービスなら自社製品を確実に効率よく回収できるので、資源循環の拡大に加えて、リサイクルにかかるコストや手間の面でもメリットは大きいと思います。
お客様との接点を増やし、皆で考える
松野:エンジニアとして、これまでは製品の機能的な価値を追求してきました。「→使い続ける展」で頂いたコメントや今日の話を踏まえて、これからは「使いやすい」「心地いい」といった感性的な価値に重みが移っていくのだと感じています。「次はこんなものを作りたい」と考えるきっかけにもなりました。
マイケル:そうですね。こうして話すことでいろいろなアイデアが浮かんできますし、やらなければならないことをたくさん思い出しました(笑)。個人的にはこれまでは家電の事業を中心に見ていましたが、このプロジェクトに関わって全社の活動を見渡すことができるようになり、視野が広がったと感じています。
山本:「→使い続ける展」は、京都のお寺という、展示会場としては特殊な場所で開催しました。日本には全国にお寺がたくさんありますが、実はコンビニエンスストアの数よりも多いそうです。コンビニは暮らしに密着した便利な場所であるなら、お寺は心を見つめ直す場所。また、京都は伝統文化と革新が融合するまち。サーキュラーエコノミーに思いをはせるのに、京都のお寺というのは最適なロケーションだと考えました。障子の向こうに広がる庭と池を眺めながら、お客様とゆっくりお話しできたことはまさに狙い通り。サーキュラーエコノミーについて考える手始めとして悪くなかったと手応えを感じています。今後もお客様と、モノと、パナソニックがつながり続けるための接点を作り、社会全体で考えるきっかけにしたいと考えています。
取材・文:野田直樹
編集:Story of Future Craft 編集部(Panasonic Design)
写真(対談):海野貴典