「留学生の友人と学食でランチを食べたい!」身近な問題から未来を変える
2022年7月、3年後に万博が開催される大阪で、国内の高校生・大学生18チームに加え海外からもベトナム、ブルネイ、マレーシア、カンボジアの学生が集まり、未来の地球を守る提案を行う「学生サミット未来の地球会議」が開かれました。このサミットは、日本経済新聞社大阪本社が主催する日経 STEAMプロジェクトの一環で、産学で取り組む「日経STEAMシンポジウム」のメインイベント。学生メンバーはプレゼンテーションに先駆け、5月から3回にわたる事前ワークショップにも参加し、互いの提案について意見交換をし切磋琢磨しながらプレゼンテーションに臨みました。
貧困や紛争、気候変動、感染症など数多くの課題に直面し、「予測不可能な時代」と言われている昨今。社会では、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、アート(Art)、数学(Mathematics)の5つの領域を分野横断的に理解し、探求と創造のサイクルを生み出す人材、いわゆるSTEAM人材の課題解決能力に注目が集まっています。
2025年の大阪・関西万博に向け未来を担う若者たちとの共創を目指すパナソニックも、このプロジェクトに賛同し学生たちとともにワークショップから参加、シンポジウム当日は審査員としてパナソニック特別賞の選出も行いました。
今回は、パナソニック特別賞を受賞した兵庫県立大学S&I clubの入江真樺(いりえ・まなか)さん、菅野詩織(すがの・しおり)さん、榎村彩羽(えむら・あやは)さんにお話を伺います。「大学に多様性を! ヴィーガン・ハラルフードの導入へ」というテーマで発表を行なったS&I clubのみなさん。団体発足からほどなく参加した本プロジェクトで彼女たちはどのようなことを感じ、どういった思いからこのプレゼンテーションは生まれたのでしょうか。
学食にハラルフードを! 社会問題はすぐそばにあった
入江: 2022年4月に発足した学内の国際交流の促進を軸とする団体です。団体名はsustainability&Inclusionの略であり、持続可能で(sustainability)誰もが活き活きと学び、それぞれの個性が活かされる(inclusion)大学生活を目指して活動しています。具体的には、国際交流の促進やムスリムの方の祈祷室の設置、大学の学食にヴィーガン、ハラルフードを導入することを目指す取り組みを行っていて、インドネシアやバングラデシュ、パキスタンなど、アジア圏からの留学生と日本人、半々ぐらいのメンバーで活動しています。
S&I clubを立ち上げたのは、授業で仲良くなったインドの友人をランチに誘ったところ、「私はベジタリアンで、大学の食堂には食べられるものがない」と言われたのがきっかけでした。大学にはムスリムの方も多いのですが、ヴィーガンやハラルの食事が学食で提供されていないという事実をはじめて知り、ショックを受けました。何か力になれないかと思っていたところ、別のインドネシアの友人が共感してくれて、2人で学生団体をつくりました。
菅野: 兵庫県立大学には「GLEP(グローバルリーダー教育プログラム)」という学部横断型の副専攻プログラムがあって、私たち3人はそこで知り合ったメンバーなんです。GLEPで何か1年間プロジェクトに取り組むという課題が出たときに、入江さんからS&I clubの話を聞いて、GLEPの活動も兼ねて参加してみようということで合流しました。
菅野: 私たちは発足して間もないこともあり、メンバーも15名と少数です。学内ももちろんですが、S&I clubの活動を学外にも広げていきたいと考えていたところ、私たちの活動に関心を向けてくれていた教授から「こういう大きなシンポジウムがあるよ」と教えてもらいました。より多くの方々に活動を知っていただく良い機会だと思い、参加することにしました。
高校生の大胆なアイデアとエネルギーに刺激された1ヶ月
菅野: プレゼンテーションに向けて、シンポジウムに参加するほかの学生チームのメンバーが集まったワークショップがとても印象的でした。テーマも本当にいろいろな分野から上がっていましたし、アイデアもユニークなものばかりで、すごく勉強になりました。
榎村: 奈良高校のアイデアがとても印象に残っています。環境のために自動車を廃止して電車を使おう、という提案でした。たしかに公共交通機関を使ったほうがエコだという話はよく聞きますが、実際問題、電車だけで通勤できない地域もありますし、どうしても営業で車が必要な方もいらっしゃるだろうなと自分では考えてしまっていたので、「全部電車にしてしまおう」という提案に驚きました。
入江: 私も、ワークショップでは高校生のエネルギーに圧倒されました。彼らの大胆なアイデアを聞いて、自分が現実的なアイデアしか考えられていなかったことにハッとしました。もっと私も大きな視野で考えないといけないな、と思いましたね。
同志社国際高校のチームも、オンライン越しでもわかるほどの熱意でアドバイスしてくれましたし、高校生から学ぶことはかなり多かったです。
菅野: ワークショップの中で全体発表の機会があり、私たちはまだ制作段階だったんですが、アドバイスが欲しかったので思い切って手を挙げて発表したところ、良い意見をたくさん伺うことができました。
入江: たとえば、「ヴィーガン、ハラルフードを導入した結果、今度は廃棄問題が発生する」というように、アクションを起こすことによって、背反したことが起こる可能性についてパナソニックの方からアドバイスを頂きました。本当に導入しようと思うなら、そこもしっかり考えて大学の食堂の方たちともお話ししなければいけない。裏側の廃棄問題などを含め、循環の後先まで考えてはじめて一つの良いアイデアになると学びました。
また、ワークショップとは別に個別相談会という場をパナソニックさんが用意してくださって、プレゼンテーションに適したスライドのつくり方やメッセージの伝え方を細かく教えていただいたのがとても役に立ちました。
菅野: 自分たちは何がいちばん伝えたいのかということと、S&I clubのことをちゃんと知ってもらうためにはどういうスライドがわかりやすいだろうか、ということを話し合いながら、協力してプレゼンテーションをつくりあげました。
菅野: SDGsに限らず、「自分たちが知らないこと」や「自分たちにないもの」を学べたのは大きな収穫でした。さらに、同じ場で発表した高校生たちの前向きな姿勢にはとても感動しましたし、私たちも彼らに負けないように一生懸命がんばっていかないといけないなと思いました。
榎村: 学内やGLEP内という小さなコミュニティで普段活動しているので、今回こういう機会に参加して、環境やヴィーガンフード関連だけでなく、全国単位で見るといろいろな活動が行われていると知れたのが良かったです。とても刺激を受けました。
入江: この半年間、大勢の人が集まるシンポジウムで発表したり、また学内でもヴィーガン・ハラルウィークというイベントを開催したりしてきましたが、統計や想像よりも当事者は多いということに気づきました。行動を起こしたことでいろいろな声を聞くことができたので、これからも周りの人を巻き込んで、いろいろな人と交流、共創をしていきたいと思います。
「知らないこと」を知り、広がる世界を発信していく
菅野: 私は、理系学部でもS&I clubの認知度を高めたいと思っています。私の所属する工学部でS&I clubのメンバーは私一人だけなんです。対面授業に切り替わり、食堂で食事をする機会も増えたので、この機会にぜひ学生のみなさんにヴィーガンフードやハラルフードのことを知ってもらいたいです。
榎村: これは個人的な話ですが、私は将来海外で研究したいという夢があります。そのために、自分の研究分野のことでもそれ以外のことでも、いろいろな知識を吸収したいと思っていますし、とくに海外の文化や背景を知っていきたいです。今のS&I clubの活動にも通じていますが、このチームができた原点は「自分たちが知らないこと、知りたいことを知って発信していこう」という理念にあるので、今後も継続してその意識を持っていきたいです。
入江: この活動の発端となったインドの友人が2023年9月には卒業してしまうので、その前に1回でも、期間限定でもいいから、食堂でベジタリアンフード、ヴィーガンフードを導入してもらって、いっしょに食堂でご飯を食べたいです。
今回の受賞をきっかけに、ほかの大学の先生方も応援してくださるようになって、学長や副学長の耳にも届いていると聞きました。先生方にもバックアップしてもらって、ぜひ実現したいと思っています。
入江: いろいろな壁を越えて、もっとお互いの距離が近くなるというか、問題や課題があったとしてもみんなで乗り越えていけるような社会になったらいいなと思います。まずはマスクなしで、気軽にコミュニケーションがとれる世の中になっていてほしいですね。
菅野: 大学の食堂に、ヴィーガンフードやハラルフードが当たり前に導入されている状況があったらいいなと思っています。この夏に留学したドイツの大学では、食堂で当たり前にヴィーガンフード、ハラルフードのコーナーがつくられていました。日本の大学では導入されているほうがめずらしいですが、大企業の社員食堂で導入されたといった話も少しずつ耳にするようになってきたので、その流れが広がって、あらゆる人が安心して日本で食事ができるようになればいいなと思います。
榎村: ここ数年はコロナ禍の影響で減っていますが、それまでは日本に来る外国人留学生は年々増加していたんですよね。その反面、日本側の留学生を迎え入れる環境整備は全然追いついていないと思います。ヴィーガンフードの導入もそうですし、トイレや駅などの公共施設の表示をわかりやすくしたり、やさしい日本語を取り入れた防災マップなどが広まっているといいなと思います。
誰かと話してみること、体験すること。つながってみると世界は変わる
入江: 私もまだ戸惑ってしまうことが多いですが、何かアイデアが浮かんだら一人で考えるのではなくて、まず誰かに話してみることをおすすめしたいです。「話してみる」という小さなきっかけが大きな結果へ導くのかな、と今回の活動で感じました。自分が挑戦したいと思って始めたことには、周りの方もサポートしてくれるはずです。ちょっとしたアイデアでも、不安や不満でもいいから、まずは誰かに話してみることが大事だと思います。
榎村: 私は、夢や目標に向かって前向きに努力しているときの自分がどんなときよりいちばん活き活きしている、いのちが輝いていると感じます。自分だけでなく誰もが夢に向かって、何の障壁もなく生きられる。バリアフリーというのはそういうことだと思うんです。
まずは自分が前向きになれる夢や目標を見つけるために、人の話を聞いたり、あちこち出かけたり、いろいろな体験をしてみるところから始めると良いと思います。
菅野: 私も、いろいろなことにチャレンジするのが大事だなと思っています。今回の日経STEAMシンポジウムも、今までやったことのない挑戦をしたからこそ、当たり前のことを違った視点から見つめ直したり、自分たちの今後の行動の仕方を考えたりする良い機会になりました。今後も分野を問わずチャレンジできるものはチャレンジしていきたいと思っています。
今回の「日経STEAMシンポジウム」に、パナソニックは「循環」というテーマを持って参加し、ワークショップのサポートなどを行いました。かつて創業者の松下幸之助が「万物すべて我が師」という言葉を残しましたが、今回のシンポジウムではまさに高校生、大学生のみなさんと共に未来を夢を描いて共創していくことに本当にワクワクしながら、短い時間でしたがパナソニックメンバーも本当に学ばせていただきました。
学生サミットの審査員を務めたパナソニックホールディングス株式会社 参与の小川理子さんは、今回のパナソニック特別賞について、このように振り返ります。
「パナソニックは人の営みと自然の営みを720°の循環でぐるりと一巡りさせるというコンセプトで、未来の地球を守り私たちのより良いくらし をつくっていくという事業を展開しています。食という、人間の生きる源となる大きなテーマを持って、いろんな危機を乗り越えながら、食料の廃棄やフードバリューチェーン全体を持続可能に考えていくアイデアを提案されていた兵庫県立大学のみなさん。大学の食堂を利用して自ら試してみたり、アプリを考えたり、『循環』を考えたすばらしいご提案をされていました。今すぐにでも何かいっしょにできそうだなと感じました」
今、たくさんの学生たちが、全国各地で未来を良くしていこうと活動をしています。今回のシンポジウムのような取り組みから横の繋がりが生まれたら、個々の小さな活動が大きなうねりとなって社会を変えるのではないでしょうか。
2025年には大阪で日本国際博覧会(大阪・関西万博)が開催されます。企業と個人、大人と子ども、さまざまな壁を越え、みんなでいっしょになって地球の未来に向き合っていく必要があることを再確認する機会になるでしょう。
パナソニックはいま、創業100年とすこし。小川さんの言葉を借りるなら、次の100年を目指して「果てしない未来を思い、人の力、地球の力、すべてをつなげて、より良い社会をつくっていきたい」と本気で考えています。万博をひとつの契機ととらえ、高校生から大きな刺激をもらった兵庫県立大学のみなさんのようにリバースエデュケーションの精神で、今後も若い世代のみなさんとの共創に取り組んでいきます。