失敗の経験をどう活かすかは自分次第。前向きに解釈して、結果オーライにする。
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失敗の経験をどう活かすかは自分次第。前向きに解釈して、結果オーライにする。

こんにちは、パナソニック株式会社note編集部です。
今回は、パナソニックのブランド部門で働く橘(たちばな)の、「#あの失敗があったから」をご紹介いたします。

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はじめまして、パナソニックの橘です。

パナソニックとnoteが主催する投稿コンテスト「#あの失敗があったから」が5月24日よりスタートしました。この機会に、パナソニックで働く私の「#あの失敗があったから」をご紹介できればと思います。

柔軟に“今”を捉えて

私が現在所属しているのは、パナソニック本社のブランド部門です。パナソニックの展示会やイベントをプロジェクトマネージャーとして推進しています。

新型コロナウイルスの影響で、残念ながらリアルな場でのイベントを実施できない状況が続いていますが、発想を切り替え、ウェビナーの企画や、オンラインカンファレンスへの出展など、限られた条件の中で「今できること」を模索しながら仕事に取り組んでいます。

自己紹介をもう少しだけ。私の中で失敗は「今の自分へ導くための必要な経験だった」と解釈しています。また、私は行動してみて少しでも「違う」と感じることがあれば、その都度軌道修正をするタイプです。

ですがこんな私でも、今思えば「失敗」とは言えないかもしれないけれど、「しまった!」と思い、深く悩んでいた時期がありました。それから、何度も思い出しては「あれは、良くなかった」とすごく反省していることがあります。

話は新卒で入社したばかりのころ、11年前にさかのぼります。

「やりたいこと」と「働くこと」

私は奈良県出身なんですが、「都会に行きたい!」という思いから、横浜の大学に進学しました。学生時代はアカペラサークルに入って「イベント企画」にも携わったのですが、きっと、イベントが多く開催されている関東でしかできなかったことに挑戦したかったんだと思います。

ライブの企画書を持ってスポンサーをしてくれそうな企業に交渉を行ったり、アーティストをブッキングしたり、ライブハウスを借りたり、イベントを自分で徐々に回すようになっていきました。

企業や事務所といった組織を巻き込みながらイベントを形にする、ということをまさか学生の自分ができるようになるなんて、大学に入る前は到底考えられなかったことでした。そんな自分の成長に高揚していたし、社会の一員として働けているような気持ちで、当時はすごくうれしかったです。

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一方で、サークル活動のみならず、勉強にも積極的に取り組んでいました。祖父がインドネシア人で、現地に家族がいることも影響しているのですが、途上国の経済を研究するゼミではゼミ長だったんです。グローバル視点で誰かの生活を豊かにすること、役に立つことが、周囲や家族の期待に応えることだと思い込んでいました。

そのせいか「目の前で今楽しんでいること」と「働くこと」を、自分の中で切り離して考えていたところがありました。学生のうちはイベントを楽しんで、社会人になれば、両親に安心してもらうためにも大手企業に入社して、社会や世の中に貢献したい、誰かの役に立ちたい、と思っていたんです。

ただ、学生時代は目の前のことがあまりにも楽し過ぎたんでしょうね。当時は「来年、自分がどこでどのように働くのか」をちっともイメージしないまま、とにかくイベントを成功させることに必死でした。

大学を卒業しても、仕事を始める直前までイベント関連のことをやっていたんですよね。ようやく3月30日に新幹線で大阪にたどり着き、会社の寮に入りました。狭い部屋にポツンと入った瞬間に、前日までの生活とのギャップが大きすぎて、なんとも言えない感覚に陥ったことは、今でも忘れません。

昨日まで華やかなライブハウスに友達みんなといたのに、今はポツンとひとりきりで部屋にいるなんて。これから「社会人」になる自分が、これまでいた「社会」から隔絶されてしまったような不安を感じました。

そのとき初めて「しまった!」と。本当にこれで良かったのか、と部屋の中で悶々と考え込んでしまったんです。

その後、最初に配属されたのは資材購買部門。

製品に必要な資材を調達する部門なんですが、イベント企画をしていた学生時代の活動との乖離が大きくて、そこから「これで本当に良かったのか」「いや、目の前にある仕事から逃げたら負けだ」「この場所をいつか離れるときに、後悔しないように頑張ろう」と、悩みながらも4年以上葛藤し続けることになるんです(笑)。

その後、本社ブランド部門の仕事と出会い、「これだ」と思いました。ブランド部門では、パナソニックのブランド価値を高めるために、海外のイベントや展示会を行っており、その仕事は学生時代に行っていたイベント企画の仕事と似ていたからです。

就活時代は「目の前で楽しんでいること」と「働くこと」を自分の中で切り離して考えていましたが、この出会いによってそれらを両立できることに気づきました。

念願叶ってブランド部門に異動して、イベント関係の仕事ができるようになるんですが、そこからは、「なんて仕事が楽しいんだ!」「週末なんてもう要らない!」と思えるほど打ち込めるようになって。

私の場合は、「自分のやりたいこと」と「仕事」を切り離せる人ではなく、自分が心から楽しめることにずっと打ち込んでいたい人だということが、ブランド部門に異動してよくわかりました。

後から役立ってくるもの

ただ、あの就職活動が完全な失敗で、入社後の4年間が「我慢だけの4年間」であったかというと、そんなことはないんです。

たとえば法務や経理、営業に関する知識、関係各所とのコミュニケーションなどをしっかり学んだ期間でしたから、社会人のファーストキャリアとしてはすごくいい仕事をさせてもらったんですよね。

現在のプロジェクトマネージャーの仕事は、大きな予算を動かしながら、プロジェクトの管理をする仕事です。資材購買部門では、ビジネスがどうなっているのか、会社でお金がどのように動いているのかを知ることができました。

パナソニックビジネスのしくみを知らないまま、プロジェクトマネージャーを任されていたら、自信を持って仕事に取り組むことはできなかったかもしれません。「経験を生かすときが来た」と、異動した初日からすでに思えていたんです。今でも、本当にあの4年間は貴重だったと感じています。

ただ、自分のキャリアに関しては「あれが今に生きている」と解釈できますが、自分以外のキャリアのこととなると、なかなかそうはいきませんよね。そのときの印象的なエピソードをお話しします。

自分と相手は「違う」。自分にとってのハッピーを押し付けた結果……

私は2017年に結婚しました。その年の2月に結婚式を挙げたのですが、その数日後にニューヨーク駐在の内示を受けたんです。私自身、いつかは海外で働きたいという気持ちがありましたし、妻にも結婚前から伝えていたことではあったのですが、そのタイミングがあまりにも早かったので驚いてしまって。

7月にはニューヨークへ発ったのですが、その半年後、妻も会社を辞めてニューヨークへ来てくれました。妻は外資系の企業でバリバリと働いていて、仕事をすごく楽しんでいたんです。だけど、私の都合で退職、ニューヨークへの引っ越しを強いてしまう結果になってしまいました。

当時の私は、妻のことを何もわかっていなかったんです。行き先はニューヨーク。自分が妻の立場だったら、現地の大学に通ってみたいだとか、インターンをしてみたいだとか、やりたいことがたくさん思いついたので、彼女もそんなふうに楽しんでくれると勝手に思い込んでいたんですよね。

ニューヨークに来た妻は、しばらくの間ボーッとしていて、それまでの彼女ではないような雰囲気でした。異なる文化、異なる言葉、知り合いもおらず、日常の買い物さえ不便さを感じていました。

周りの人に信頼されながらバリバリと働いていた彼女にとって、仕事を辞め、知人もいないアウェイな環境に身を置くことは、喪失感が大きかったんだと思います。

今思えば、そのときの妻と、入社して寮にポツンといた自分自身がとても重なるんです。妻は社会と断絶されたような孤独感があった、なんて悪いことをしてしまったんだろう、と。

職場仲間に招かれたホームパーティに誘ったり、友人を紹介したり。彼女も語学学校やバイトに通うようになって、現地の人と徐々につながるようになってからは楽しく過ごしてくれていたんですが、私自身は妻の立場を理解できていなかったことをずっと反省していました。

子どもが産まれ、その後異動で日本に戻ることになります。幸いなことに、妻はニューヨークへ行く前に勤めていた会社の上司から誘いを受け、再就職することができたのですが、私の都合で仕事を辞め、ニューヨークに身を移すという大きな選択をさせてしまったことを今でも「あのときは、悪いことをした」と思っています。

それでも、「アメリカに行ったことはすごく良かった。一生分の旅行をした気分だし、アメリカで出産できたのも面白くて良い経験だった」と言ってくれている妻には、本当に心から感謝しています。

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相手の立場で考える、ということ。自分と相手は違うという前提で、自分のハッピーを人に押し付けずにコミュニケーションをとっていくことは、夫婦関係でも仕事の人間関係でも、すごく大事なことなんだと、妻から学びました。

「失敗」の経験をどう活かすか

私は現在までのキャリアで、どんなに悩んでも、失敗があっても、終わり良ければ「結果オーライ」と捉えてきました。ただ、入社後に資材購買部門で悩む自分自身に、もしも声をかけられるとしたら、「別に逃げてもいいよ」と伝えたいんです。

なぜなら、仕事に対して悩んでいること自体が素晴らしいと考えているからです。そこから成長することも、壁を乗り越えることも、逃げて新しいことを見つけることも何だって選べるわけで、大切なことはそのあとに何をするか、どんな未来をつくるかですから。

人生は良いときと悪いときの波があると思うんですけど、どんなに大きな波でも、良いときから良いときの期間で切って見れば、その間にある谷の部分は「失敗」ではなくてただの「プロセス」ですよね。

すべては自分の解釈次第で、「失敗」を「失敗」のままで終わらせずバネにしてもいいし、嫌ならふたをして忘れてもいいし、「あれがあったから——」という成功のためのプロセスにしてしまってもいい。

「失敗」という経験をどう活かすかは結局、自分次第なんだと思います。


<プロフィール>

せいしょ (1)

橘 匠実(たちばな たくみ)
横浜国立大学を卒業後、2010年パナソニックに入社。現在(21年5月)、ブランド部門でパナソニックのブランド価値を高めるための活動を推進中。

◆パナソニック採用HP


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「#あの失敗があったから」コンテスト開催中

みなさまの今の自分につながる「失敗」を、私たちにも教えていただけるとうれしいです。どのような投稿が届くのか、いまからとても楽しみにしています。

私たちのnoteでも、選考とは関係なく、随時取り上げていきたいと思います。

みなさまぜひお気軽にご参加ください。たくさんのご応募をお待ちしております!

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