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時代の熱気を映す、プロダクトデザインの変遷。 ―大阪中之島美術館 開館記念展「みんなのまち 大阪の肖像」<前編>

8月6日から大阪中之島美術館でスタートする「みんなのまち 大阪の肖像 第2期/『祝祭』との共鳴。昭和戦後・平成・令和」に、パナソニック収蔵の歴史商品が多数展示されます。この街に生まれ、人々の暮らしに寄り添ってきた数々のプロダクト――。大阪中之島美術館の植木啓子さんとパナソニックミュージアムの川原、デザイン本部の坂本が、展示に込めたそれぞれの思いを語り合いました。

8月6日から大阪中之島美術館でスタートする「みんなのまち 大阪の肖像 第2期/『祝祭』との共鳴。昭和戦後・平成・令和」に、パナソニック収蔵の歴史商品が多数展示されます。この街に生まれ、人々の暮らしに寄り添ってきた数々のプロダクト――。大阪中之島美術館の植木啓子さんとパナソニックミュージアムの川原、デザイン本部の坂本が、展示に込めたそれぞれの思いを語り合いました。

左から:パナソニック デザイン本部 坂本、大阪中之島美術館 植木さん、パナソニックミュージアム 川原

実物大の家の中で、新たな記憶を刻みこむ

――「みんなのまち 大阪の肖像」第2期の見どころは?

植木: 1975年の工業化住宅を展示会場に実物大で再現しています。家に入って、当時の家電製品をその暮らしと合わせてじっくりと体感できる。おそらく、日本の美術館で丸ごと家を建てたのは初めてだと思います。そのほかにも、1970年万博を含んだ現代までのデザイン・アートの数々が登場します。空間に身体をおいて、大阪ってこんなに豊かだったんだなと、当時の熱い文化をそのまま体験として、深く記憶に刻んでいただければと思います。

川原:まず、大量生産品である家電製品が美術館に展示されることに、とても期待感を持っています。当時の技術者やデザイナーたちが少し先の未来を見据えて開発した製品が、時代を超えて、美術館という生活の場から離れた空間に置かれた時、それらがどう映るのか、そして、見る人たちに何を伝えてくれるのか、私自身もとても楽しみにしています。過去の製品がきっと、未来のイノベーションのヒントを提供してくれると信じています。

坂本:当時の製品は、各社の競争の中で切磋琢磨されたものばかりで、今見てもそのクオリティーは高いと感じるし、そういうところをぜひ見ていただきたいと思います。もう一つは、このグローバル化の時代にあえて「大阪」という切り口から、VRでもできるところを「美術館の中に家を建てる」というリアリティーを志向したところ。リアルな体験として、当時の記憶がある方もない方も、さまざまに楽しめる展示だと思います。

植木:こうした展示の場合は模型と図面が中心ですが、それではスケールが小さくなってしまう。積水ハウスさんに相談をしてみよう、建てちゃおうと思ったんですよね(笑)。

――戦後の高度経済成長期の軌跡を描く、今回の展示概要とその狙いは?

植木:大阪市が構想を打ち出してから40年という長い準備期間をかけて立ち上がった当美術館で、最初にすべきは、大阪をテーマにした展示だという強い思いがありました。美術館では、準備室として2014年からパナソニックをはじめとする在阪メーカーや研究機関と連携し、インダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクト(以下、IDAP)を進めてきました。そしてその活動成果を、アーカイブスデータではなく、実物を並べた展覧会という形でお見せすることを当初からの目標としていました。

関東の重電(工業用、動力用などの大型電気機器)メーカーが生活インフラを担う一方で、関西では弱電(テレビ・ラジオ等 通信関係)や軽電(洗濯機、冷蔵庫、掃除機ほか)など家庭用電化製品を主に担うメーカーが、人々の暮らしへの貢献を核としてきました。家電デザインは人々の暮らしとともにあり、産業と文化を育んできたのです。その造形デザインを検証することは、関西とりわけ大阪のデザインを検証することと同義です。企画の当初から国内のどの家電メーカーよりも製品レンジが広いパナソニックさんとご一緒しなければ、このプロジェクトは進まないという思いも強かったですね。

川原:松下幸之助が大阪で起業した当社は、この地で皆さんに育てていただいたという思いを持っています。大阪はもちろん、広く社会に貢献したい、人々の暮らしを豊かにしたいという強い思いで数々の製品を開発し、世の中に送りだしてきました。それらが、大阪に生まれた美術館に展示されることに大きな意義を感じています。2014年にIDAPが発足したときから、この展覧会はマイルストーンと位置づけていました。

坂本:高度経済成長期は経済がすごい勢いで発展していったわけですが、世の中が向かう先は明確で、物質的に豊かになり、自分たちの暮らしがより便利になって、さらに楽しさを求めながらみんなで突き進んでいく、そういう時代でした。経済という視点、あるいは技術の進歩で語られることが多い時代ですが、家電などのプロダクトデザインでも、企業各社が同じ方を向きながらも競争し合っていた。暮らしの文化という視点で、あの時代を切り取ることはこれまで少なかったですし、そういう意味でこの展示会は意義深いと感じています。

未来につなげるプロダクトデザイン・アーカイブ

――数々の製品から「次代に残すプロダクト」は、どう選定されているのでしょうか?

川原:パナソニックは本社で約3500点の製品を保存していますが、創業期のもの、松下幸之助に関係するもの、当社の1号製品、社会から高い評価をいただいたもの、これらの基準で選定しています。しかし、今回「次代に残すプロダクト」をデザインの切り口で考えた場合、その選定基準だけでは不十分で、そこから外れていても残すべき製品がたくさんあるのではないかと思いました。そこで、IDAPの企画段階からデザイン部門の協力を得て、何を残しておくべきか、何を調べていくべきかを、一緒に検討していきました。

坂本:実は「デザインが良いものって何ですか?」と問われると、これがなかなか難しい。グッドデザイン賞をはじめとするデザイン賞の評価も一つの切り口ですが、暮らしの中でのエポックメイキングや、記憶に残るものなど、もっといろいろな選定基準があると思います。何かで線引きするのではなく、展示においては見る人がどう感じるかも大事です。そこはあえて限定せずに、視点を広げて選ぼうと考えました。

植木: IDAPでは今までに600点を超える製品を撮影しました。とにかくデータを収集し、それをどなたでもアクセスできるようにインターネット上に掲載することを目指しています。そして、パナソニックをはじめ、各企業の方々にご協力いただいて、今回はその600点からどれを出展するか、相談しながら決めていきました。

デザインを美術館で見せるというのは、実はとても難しいことです。特に工業デザインは使ってみないと価値が分からないものが多く、美術館で鑑賞する対象としては矛盾に満ちています。造形的な変化が分かるもの、その造形が人々の生活に大きな影響を与えたもの、そういう視点で選択するといった一種の覚悟が必要です。一方で、今回はあまり難しく考えないようにしようと割り切りました。

大阪のグラフィックデザインもそうですが、工業デザインはデザイン史の中での評価からこぼれ落ちているものが多数あります。ですから、来場者にご覧いただくだけで「ああ、こんなものがあったのか」といった再発見につながるのではないでしょうか。デザインとして、暮らしの変化として、機能として……、そんな風にプロダクト1点1点のストーリーを、感覚で捉えていただければ十分に意義があります。

川原:今回、当社製品の出展は約80点。創業から100余年の間、さまざまな分野の数えきれないほど多くの製品を当社は世の中に送り出してきました。そのいずれにも関係者の熱意がこもっていますので、展示製品の選定にはとても悩みました。その中で、生活者目線で見て、「時代を象徴している」「くらしを変えた」「新しい価値観を提供した」と考えられる製品を選択しました。見学される方が「懐かしい」「面白い」だけでなく、新たな気づきを得ていただけたらうれしいです。

坂本:僕はオーディオ・ビジュアルのデザインを担当してきた、いわゆる黒物家電の出身ですから、やはりその分野でエポックメイキングとなった製品に思い入れがあります。数は売れていなくても、特に「薄く」「小さく」を追求した製品の歴史には、そこに挑戦した開発者の熱意や心意気を感じますね。誰もが記憶している王道の製品だけではなく、小さなテレビや薄いラジオなど、そこにあったであろう技術者とデザイナーのせめぎ合いも感じながら見てほしいなと思います。

振り返ってみると、この3人でも選定のポイントがそれぞれ違いますよね。僕なんかはどうしても自分が関わっていた分野から候補を出してしまいがちで、そうすると「坂本さん!これは要りませんよ」と𠮟られるわけです(笑)。できるだけ客観的に、一般の方の目線を心掛けなければ、選びきれないなと思いましたね。

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