CHEERPHONE(チアホン)でスタジアム体験を変える!スポーツ観戦のニュースタンダードをつくるデザイナーの挑戦(後編)
1人のパナソニックデザイナーのアイデアから生まれた音声配信のプラットフォーム「CHEERPHONE(チアホン)」。スタジアムにいながら実況解説付きで試合を楽しめるサービスは、今までにない新しい体験です。ビジョンへの共感が広がり、事業化に向けて動き始めた開発チーム。チアホンのこれまでの歩みとデザイナーとしての思いを聞きました。本記事は「CHEERPHONE(チアホン)でスタジアム体験を変える!スポーツ観戦のニュースタンダードをつくるデザイナーの挑戦」の後編です。
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ハッカソンでの提案がきっかけで事業化へ
持田:そもそもの始まりは今から2年ほど前の2019年11月、パナソニックの本社部門が主催するハッカソンでした。私はサッカーが好きなのですが、アウェーの試合に行きたくても行けないときに、気持ちだけでも送りたい。そう思って生まれたのがチアホンの原型です。今日持ってきた青と黒の腕輪型デバイスは後に開発したプロトタイプですが、この時点ではメガホンの進化系として、機能を親機・子機に分割し、試合に行けない人は子機を誰かに託し、親機から応援の声や思いを現地に届けるイメージを提案しました。
木村:私はファシリテーターとして発表を見ていました。ハッカソンの会場が盛り上がって、持田さんの実現したい世界観に皆さんが賛同してくれたのを覚えています。
持田:これは社外の調査でのエビデンスですが、アスリートはサポーターからの応援が届くと身体能力が最大で20%程度アップすると言われています。しかし、サッカーの場合、アウェーの試合だと観客が少なくて寂しい。離れたところからでも声を届ける仕組みはないか?と考えました。発想のヒントになったのが江戸時代の「お伊勢講」。当時、お伊勢参りはブームでしたが、時間もお金も相当かかります。そこで、村でお金を出し合い、みんなの思いを託された代表者がお伊勢参りに行く仕組みがお伊勢講で、私の発想はその現代版とも言えます。
木村:その後、ハッカソンをきっかけに予算が付いて、「Aug Lab(オーグラボ)」と呼ばれる社内の組織でプロトタイピングをすることになったんですよね。
このとき、パノラマティクス 齋藤さんにスポーツとテクノロジーをテーマにお話を聞いたりもしました。
持田:その時点では何も形になっていなかったのですが、2020年春に予定されていたアメリカの展示会「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」への出展が決まって、コンセプトやキービジュアル、プロトタイプづくりを進めました。その間、3~4カ月しかなかったので、振り返ると無謀なことをやろうとしていたなと思います。
木村:本当に短期間でしたよね。チアホンの開発に加わった当初、私はスポーツを見る習慣が全くありませんでした。だからこそ、私のようなライト層の視点が役に立てるのではと。どうしたらライト層にとって使いやすく分かりやすいサービスになるかを意識していました。
持田:SXSWはコロナ禍で中止となり、残念ながら海外での発表はなくなりましたが、代わりに国内でプレスリリースを行い、社外に向けて需要を確認する意味でPoC(Proof of Cocept:概念検証)も始めました。リモート応援の注目も高まっていたので、メディアでも取り上げられる機会が多かったですね。
石田:私がチアホンに関わり出したのは、まさにその頃で、チアホンのコンセプトには納得感がありました。これが実現したらどんな世界になるんだろうと。デバイスを手渡しする人をマッチングする手法も新鮮でした。
木村:「思いを託す」コンセプトは大事にしていました。スポーツは地域性が高いので、身近な人が同じチームのファンかもしれない。声を届けるためのデバイスを誰かに手渡すことで、今まで知らなかった人同士が友達になったり、地域で新たなコミュニティーが生まれたりすればいいなと考えていました。
ノンハードへの転換と思い描く未来
木村:プロトタイプで出した腕輪型のデバイスからスマートフォンのアプリに転換したきっかけは、コロナ禍でデバイスを手渡しできないのが大きかったですね。
持田:もう一つは、ハードウエアに依存すると大規模な実証ができないから。パナソニックではプロダクト発想にどうしてもなりがちですが、将来的なことも考えてノンハードで行こうと決めました。アプリをつくった後、車いすラグビーとブラインドサッカーの公式試合でリモート応援の実証実験をしました。パナソニック社内にサテライト会場を設置し、学生20人に集まってもらって、一人一人の声を届けるために現地にも小さなスピーカーを人数分設置しました。ここで気づいたのが事業化の難しさ。観客側であれ、運営側であれ、応援の声を届けるために、お金を払う人が果たしてどれくらいいるだろうかと。
木村:もう一つは、リアルタイムで多くの人の声を会場に届けて、ライブで映像を見るための環境や通信技術が追い付いていないこと。動画配信サービスの中継にしても、数秒から数分のタイムラグが発生するので、リアルタイムでスポーツを見る環境をつくるのが難しい。テレビでの生中継も減っていますし。
持田:将来的には大規模なスポーツイベントで世界中の声を会場に集めたいと思っていますが、その前に何かやれることがあるのではと。つまり会場の中にいかに熱狂感をつくるか、まだ現場のスタジアムに課題があるのではと思い、現在の音声配信サービスにフォーカスしました。予算の関係で企画が頓挫しそうになったこともありましたが、社内のアクセラレーションプログラムに選ばれ、デザイン部門の仕事と兼業しながら実証実験などを行ってきました。2021年の10月からはBTCイノベーション室に異動し、私と木村さんは専任でチアホンの事業化に取り組んでいます。
未来は待っても来ない、やりたいと思ったら挑戦を
持田:音声を聞きながらスポーツを見る体験はしたことがない人がほとんど。社内や社外の方にコンセプトを説明しても、「そんなのありえないよ」って言われたりもします。でも、世の中になかった新しい体験や文化をつくるのは本来デザイナーがやるべき仕事。今はメーカー的なシーズ発想ではなくビジョン発想が求められています。最初にハッカソンで提案したとき、こんなに多くの賛同が得られるとは思っていませんでしたが、この活動はビジョンに共感いただいた方の支援や協力でここまで進めることができました。
木村:若い人から見ると「パナソニックは家電の会社」って昔ながらの固いイメージを持たれがちですが、社員のやりたいことを具現化して、社会実装までできる企業だと、私たちがチアホンを通じて実現して見せる責任があると感じています。
石田:パナソニックという大きな組織の中で新規事業を少数で立ち上げるというと、苦労の方を想像されがちですが、むしろ良い面の方が多かったです。アプリの開発でも身近に先駆者がいるので、どうやったら課題解決できるか走り回って聞きましたね。自分の頭で考えて悩むのにも限界はありますから。
持田:自分たちがやってきたことは誰かから求められたわけではなく、こんなものが欲しい、こんな未来があったらいいなと思って始めたこと。それを認めてくれたのはパナソニックの懐の深さです。若い人たちも自分がやりたいと思ったらトライしてほしい。声に出してみて共感が得られれば周囲が動いてくれます。未来は待っても来ません。自分でつくった方が早い。そう思って私もチャレンジを続けています。
チアホンは社内、社外を問わず、一緒に取り組んでくれる仲間を募集しています。コンセプトに共感した方は、ぜひご連絡ください!
クレジット
執筆:草木智子 編集:畠中博文 写真:海野貴典