夢が生まれる感動体験を、世界の隅々に届けたい。
「父に、刷り込まれたのかも知れませんね」。小矢美奈子は、笑いながら、就職先にパナソニックを選んだ理由を語った。彼女の父は、パナソニックの営業マンで、地域の電気店に家電製品を卸す仕事をしていた。生まれた時から、パナソニックの家電に囲まれて育った。大学生の頃には、父が熱く語る、創業者 松下幸之助の人となりを何度も聞かされているうちに、いつの間にか、パナソニック・ファンになっていた。
そして、大学院でLEDの発光効率を上げる研究に取り組んでいた彼女は、インターンシップでパナソニックの製品開発を体験。そこで、パナソニックのモノづくりの一端に触れた。「みなさん、口々に『お客さまはどう思うかな?』、『お客さまのメリットは?』、『そもそもお客さまは何を求めてるんだっけ?』...などと話されていて、お客さま起点で製品開発が進められていることを知り、当時、研究者の視点しか持っていなかった私には、とても新鮮で、『ものをつくるって、こういうことなんだ』と腹落ちしたのを覚えています」と彼女は振り返った。
パナソニックに入社すると、国内電話・ファックス開発部に配属された。ここで彼女は、ドアホンのアダプターの基板改版の仕事を担当。新人ながら、基板づくりから、試作・評価・量産切り替えまでをひとりで任された。「もちろん、『ひとりでできるかな?』という不安はありましたけど、『え、やっていいんだ!任せてもらえるんだ!』という喜びの方が勝ってましたね」。その後、家庭用電話の設計開発、海外向けホームネットワーク製品の開発を経験。
そして、入社以来、「人をワクワクさせるものをつくりたい」という想いを抱いていた彼女に、ようやくその夢が叶う機会が巡って来る。TWS(True wireless Stereo)という、左右のイヤホンが独立した完全ワイヤレスイヤホンの開発プロジェクトのメンバーに抜擢された。
パナソニックには、Technicsという音響ブランドがある。その歴史に貫かれているテーマは「原音再生」。音源をそのままの音質で再生することだ。今回のTWSは、その原音再生を完全ワイヤレスイヤホンで実現することが開発テーマとなった。彼女は、TWSのシステム設計から回路設計、基板設計まで一連の設計を担当。「耳に付けるものなので、見た目には小さい方がいいのですが、小さくし過ぎると、電波の飛び、ひいては音に影響が出てきます。どこまで攻めて設計できるか、基板設計者の手腕が問われる仕事でした」。
開発を進めるうちに、思わぬ問題が発生した。この仕事は、一部、海外のICベンダーとの協業で進められていたが、日本サイドで起きている不具合の現象が、海外では起きていないことが判明。基板を解析したが、サイズが小さすぎて難しく原因が特定できなかった。ちょうど、コロナ禍で海外出張ができず、リアルでのコミュニケーションができないことも追い打ちをかけた。悶々とした日々が続いた。
そこで、彼女は一回り大きな解析用の基板をつくって検証することを提案。これが功を奏し、原因究明につながった。その後も、出てくるさまざまな課題を、一つひとつ、チーム全員の力でつぶしていった。そして、TWSは、ついに完成。彼女は、試作品を両耳に装着し、目をつぶって、恐る恐るスイッチを入れた。音が聴こえた瞬間、心が震えた。「この音だ!この音のために、苦労してきたんだ...」。潤んだ目に、開発チームみんなの顔が浮かんだ。それまでのいろんな苦労や苦悩が洗い流された気がした。
パナソニックに入社して10年。彼女には、仕事をする上で、ずっと大切にしてきたことがある。それは、インターンシップで体験した「お客さま起点」のモノづくりだ。「どんなにすごいICを積んでも、その機能が、お客さまが嬉しいと思うものでなければ価値はないですよね。『これって、お客さまにとってどうなんだろう?』。いつも自問しながら仕事と向き合っています」。そんな彼女に、これからの夢を尋ねてみた。「今回のコロナや、最近の自然災害では多くの人が苦しみ、つらい思いをしていると思います。私たちに何ができるかと考えた時に、得意とするコミュニケーションの技術を使って、ものだけでなく、勇気や夢が生まれるような感動体験を世界の隅々まで届けられたら、と思っています」と語ってくれた。お客さまの笑顔を思い浮かべながら、今日も、彼女はモノづくりに挑み続ける。
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*所属・内容等は取材当時のものです。