デザイナーとエンジニアが考えるサーキュラーエコノミー「→使い続ける展」を振り返る(前編)
2023年秋、京都の名刹・両足院で「→使い続ける展」が開催されました(会期:10月14日~22日)。同展では、近年、世界的な潮流になっているサーキュラーエコノミー(循環経済)の実現に向け、パナソニックが目指す社会をデザイナーとエンジニアの視点で提示。9日間で約300人が会場を訪れ、展示されたプロトタイプを手にしながら意見交換しました。
デザイナーの山本達郎とシャドヴィッツ・マイケル、エンジニアの松野行壮は、会場で来場者から寄せられた“生の声”に「パナソニックが描く未来像への期待と責任の重さを感じた」と話します。これからパナソニックが目指すサーキュラーエコノミーの在り方とは――展示会から約半年たった今、改めて3人が語り合いました。
廃棄・汚染を生み出さないライフスタイルへの転換
山本:展示会を企画する中で「サーキュラーエコノミーって何?」「リサイクルってこれまでも取り組んでいますよね?」といった声を聞きました。分かりやすく図解すると、高度経済成長期以降の事業モデルは、大きく三つの形で表すことができます。
リニアエコノミーは、大量生産・大量廃棄時代のビジネスモデル。原材料から製品を作って売って、使い終わったら捨てるという一方通行です。リサイクリングエコノミーは使い終わった製品を回収して、一部はリサイクル、一部は廃棄という流れ。2000年前後から始まった循環型社会のモデルですが、ここでも「最後は廃棄」が前提となっています。
松野:サーキュラーエコノミーがこれらと根本的に違うのは、製造業など製品を生み出す「動脈」の産業と、廃棄される製品を回収して再生・再利用する「静脈」の産業が連携し循環する中で、廃棄・汚染を生み出さないシステムになっていることです。
「社会」「企業」「人」の視点で取り組む
山本:私たちがサーキュラーエコノミーに取り組む背景には「社会」「企業」「人」という三つの視点があります。社会の視点では、自然の回復力を上回るペースで資源を消費している一方で、その大部分を再利用せずに廃棄していることへの反省があります。企業の視点では、パナソニックグループが電力とモノを使って事業を営む以上、気候変動や資源枯渇への対応が喫緊の課題だと捉えていること。人の視点については、本当に気に入ったものを手入れして使い続けたいと思っても、製品が壊れたら「自分で修理できない」「買い替えた方が安い」というお客様にとって酷な仕組みがある。この仕組みにメーカーの責任があるという認識です。この三つの視点を常に意識しながら、私たちは人の視点からのアプローチにこだわって活動をしています。
「どう、もうけるか」は後で考える
山本:消費の在り方のパラダイムシフトとも言えるサーキュラーエコノミーは、メーカー一社の努力で実現できるものではありません。パナソニックが提示する循環型ライフスタイルへの共感を育み、文化を醸成する。また、エンジニアとデザイナーが実際に製品を手にするお客様との接点を持ち、そこで得られる視点も盛り込みながらさらにブラッシュアップする。そのための場として企画したのが「→使い続ける展」です。
サーキュラーエコノミーを考える上では、BTC(ビジネス/テクノロジー/クリエイティブ)の視点が必要です。メーカーとして、サーキュラーエコノミーの枠組みの中で最終的にどうもうけるかはもちろん大事ですが、スタート時点でビジネスの視点を入れると、どうしても「もうけられそうなもの」からの発想に捕らわれてしまいます。「→使い続ける展」では、まずはお客様にとっての価値をどう作るかにフォーカスし、どういう未来をデザインし、それを実現するために必要な技術、仕組みを考えることからスタートしました。
松野:従来の製品はリニア型のライフサイクルを想定して設計されていますが、サーキュラーエコノミーの「分解する」「もう一度使う」という思想を盛り込むには、素材選びからゼロベースで考え直さなければなりません。デザイナーが描く未来や世界観をどう実現するか、エンジニア目線で検討することが私の役割でした。
マイケル:デザイナーの役割はサーキュラーエコノミーの考え方や、目指す未来をデザインで示すこと。ただ、それだけでは抽象的な絵を描いて終わりになってしまいます。未来のデザインを示した上で、私たちの暮らしはどう変わるのか、それをイメージしやすいようにいくつかの製品を試作し、来場者に実際に触れていただきました。
山本:予約制の小規模なイベントにしたのは、私たちが伝えたいことや提示したいことをちゃんと届ける、お一人おひとりから丁寧に感想を伺う。コミュニケーションとしてのデザインのトライアルでもあったからです。
来場者の意識の高さが刺激に
マイケル:来場した方は環境への意識が高い方が多く、それぞれが暮らしの中で感じている課題や「これ以上何をやればいいのか」といった悩みなどを聞かせていただきました。中でも印象に残っているのは、最終日最後の来場者です。長年メーカーに勤め、退職した世代で「環境問題の解決を次の世代に引き継がせてしまった」と悔やまれていました。「(リニア型の事業モデルで)環境に負荷をかけたことは、私を含めた皆の責任。サーキュラーエコノミーへの転換は皆で頑張らないといけない。中でもパナソニックが先進的に取り組むことのインパクトや波及効果は大きい。どうか頑張ってほしい」と熱く語る姿に圧倒されました。
山本:私は、ある家族の小学生のお子さんが「Subscription Washer」を見て「これ、欲しい!」と言ってくれたことが印象に残っています。サーキュラーエコノミーの細かい説明よりも、小さくてかわいらしい洗濯機が直感的に刺さったようです。お母さんはすかさず「これがあれば、体操服とか自分で洗えるね」と(笑)。そういうコミュニケーションを目の当たりにして、実際にモノを見て、触れることで「暮らしがもっと良くなりそうだ」と感じてもらえたという手応えがあります。
松野:技術的な面では、後日、プロトタイプを見てもらった会社の同僚からの反響が印象的でした。職場でもサーキュラーエコノミーの重要性を日々訴えかけてきましたが、フワっとしたイメージだけでは真意が伝わりにくく、もどかしさを感じていました。モノを見せることで「こういうことだったのか」と理解してもらえたし、この共感こそが具体例で示すことの価値。特にSubscription Washerが分かりやすかったようで、必要な人が必要な場面だけ使って不要になったら別の人へというコンセプトや、ビジネスモデルの変革をイメージしやすいと評価していました。
山本:修理して長く使っていくと、使う「人」の方が変化してしまいます。子どもが生まれたり、単身赴任で一時的に家族が離れて暮らしたり、子どもが大きくなって独立したり。買ったときには自分たちの暮らしにぴったりだったのに、そうしたライフスタイルの変化の中でだんだん合わなくなってきた製品を、クリーニングや整備をして、それを必要とする次の人に届ける仕組みも必要になります。「1人のお客様に長く使っていただく」「お客様のニーズに合わせてシェアしていただく」――。今後のビジネスモデルを考える上ではこの二つの視点が求められると感じます。
マイケル:今回の展示は暮らしに関する製品のプロトタイプだったので、「こういうパーツは毎回捨てる」「このアタッチメントは必要ないよね」など、お客様も暮らし目線で率直な声を聞かせてくれました。地球規模というよりももっと身近なテーマで考えた方が、自分ごととして捉えやすいのだろうと感じました。
山本:地球環境のために何かを我慢するのではなく、暮らしの困りごとを解消し、無駄や要らないものをそぎ落としていった結果、環境にも優しいというストーリーが理想ですね。ただ「言うは易し」で、実際にはアイデアが必要です。そこはデザイナーが知恵を絞る部分だと思っています。
マイケル:「kinari(キナリ)」を使ったカトラリーも家電と同じぐらい関心を持っていただけました。循環しやすく、いろいろな形に加工ができる素材で手触りも独特。実際に手に取って触ってもらえたことが良かったと思います。
▶️パナソニックグループが開発した、植物繊維(セルロース)を含む植物ベースの高機能素材「kinari(キナリ)」とは?
山本:kinariは2022年から販売している植物由来のサステナブル素材。当初の予想では、来場者の関心はプロダクトに集まって、材料そのものにはなかなか関心を持ってもらえないのでは?と思っていましたが、実際ふたを開けてみると、技術的な質問もたくさんいただきましたよね。
松野:「紙ストローの代わりにkinariを」という声もありました。お客様も「環境のために」と思って紙ストローを使っているけれど、本音の部分では使い心地に満足していないことが会話の中から伝わってきました。
「いつか違う人の手へ」と想像する
山本:設計やデザイン、また製品の届け方が変わると「ここはいいけど、ここはダメ」というポイントがたくさん出てきます。今回の展示会でも多少は批判的な意見があると想定していましたが、そうした声は意外に少なかったと感じます。予約制の展示ということもあって、来場してくださる方は環境への問題意識が高い方が多く、私たちのサーキュラーエコノミーの考え方や取り組みを、おおむね好意的に捉えていただいたと感じています。
松野:これも後日談ですが、Subscription Washerを見た同僚から「私は使いたくない」という声を聞きました。どこの誰が何を洗ったか分からないモノを使うことにためらいがあるというのがその理由だと言います。そのことは、中古品やリサイクル品に対するお客様のネガティブなイメージを技術的に払拭することも、エンジニアに求められていることではないか、と考えるきっかけになりました。
山本:「→使い続ける展」の「→」は、私たちが変わっていく――何から何へ、前は何だったのか、これからどうなっていくのかのベクトルを意識したネーミングです。松野さんの話を聞くと、変えるべきは、まだ中古品に対してネガティブなイメージを持っている一昔前のマインドかもしれないと感じます。今の人はモノを買う時点で「(使わなくなった後)売ったらいくらになるか」とフリマサイトの売値を調べる。自分が使わなくなっても、次に誰かが使うと最初から想像しているんですよね。
松野:若い人たちって、私たちがマイナス要因を払しょくするためにひねり出したアイデアを、「全然いけます!」とあっさり受け入れるベースを持っています。サーキュラーエコノミーの概念も若い世代の方が受け入れやすいんじゃないかと感じています。
マイケル:「一つの製品を手入れしながら長く使い続けるライフスタイルは、江戸時代でもやっていたこと」という指摘もありました。そう言われて考えると、サーキュラーエコノミーって実はそれほど新しい仕組みではないようにも思えます。スピード重視で循環できない社会になってきた結果、現在の環境問題が生まれたのであれば、「モノより暮らし方を見直す問題では?」という議論もありました。パナソニックが「より良い暮らし」を考え、デザインとして世に発信しても、一企業だけで実現できるものではありません。社会全体を巻き込みながら前進させることが大事だと感じます。
「→使い続ける展」を振り返った前編はここまで。後編では、パナソニックが目指す姿を提示しながらサーキュラーエコノミーを深掘りしていきます。ぜひご覧ください!
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