ロボットの力で、世界を豊かにしたい。
「え、ロボットってそんなこともできないんだ!」。その驚きが、ロボット開発の世界にのめり込む最初の一歩だった。大学でロボットの授業を受けていた時、教授の話に心が動いた。「ロボットって、早く動けたり、大きなパワーを出せても、知的な行動はできない。たとえば教室の後ろから教授のいる教壇までプリントを持っていくような、人間には簡単なこともできないという話をしてくれました。その時『それなら、私ができるようにしたい!』という気持ちが湧いてきたんです」。
「できないことを、できるようにする」。それはいつも、磯邉を動かすエネルギーだった。小学生の頃は、やるほどに問題を解けるようになる算数が好きだった。体育でソフトボールをした時、バッティングがもっと上手くなりたくて、すぐにバットを買ってもらって練習を繰り返した。そんな磯邉にとってロボットは、どこまでも夢中になれる存在だった。大学では、カメラの画像センシング技術でロボットを動かす研究室に所属。「最初は何もできないロボットが、私の手でどんどん成長していく。そのおもしろさに、すっかり心を奪われちゃいました」。服の色を手がかりに特定の人に付いていくロボットを研究し、週5日研究室に泊まり込むこともあるほど、ロボット漬けの日々を過ごした。
大学卒業後も、ずっとロボットに関わっていきたい。そのための進路として、進学の道もあったが、就職を選んだ。大学で学ぶなかで、ロボットは世の中のさまざまな分野で活用できると知った。「ロボットの力は、絶対に社会の役に立つ。だから、生活者に近いところで開発したい」。その想いが、生活に根ざした幅広い製品を手掛け、ロボティクスに力を入れているパナソニックと結びつき、入社した。
最初に配属されたのは、水中ロボットと壁面吸着ロボットの開発チーム。やりたかった仕事に携わり充実した日々を過ごすが、半年ほど経った頃、思わぬ事態が起こる。組織改編があり、所属部署のロボット開発が休止に。それまで経験のなかった機構設計として、電動バイク用バッテリー充電装置のプロジェクトを担当することになる。「ロボットではない仕事をすることに、最初は不安がありました」。しかしすぐに、気持ちを切り替えた。「当時の私はソフトウエアの経験しかなく、機構のスキルがないことがコンプレックスでした。だから、新しいスキルを身に付けるチャンスだと考えました」。
はじめての機構設計に最初は戸惑いながらも、先輩に教わりながら仕事に没頭するなかで、新しいスキルが身に付いていく。その間も心の奥で、ロボットへの情熱が消えることはなかった。
そして2年が経った頃、新しいロボットのアイディアを思いつく。それは機構設計を経験する前の磯邉には、決して思いつけなかったもの。「絶対に形にしたい」という想いに賛同してくれた先輩と2人、通常業務を終えた後に自主的な開発に着手。時間が足りずに苦しんでいると、先輩が仕事を調整してくれて、1カ月間ロボットに専念する時間をくれた。がむしゃらに取り組んだ末に完成したのは、積み木を用いたバランスゲームをプレイするロボット。センシングと機構設計の技術を融合させた、磯邉ならではのロボットだった。
社内のロボット展示会に出展すると、その技術が大きな反響を呼び、他部署のロボット技術者との繋がりが広がった。これを機に新たな開発の声がかかり、所属部署でのロボット開発が再開。磯邉はロボット開発に戻ることになる。「できないことを、できるようにする」。自身のキャリアにおいても、自らの手で、磯邉はそれを実現した。
現在は、プロジェクトリーダーとして、ロボットハンドの制御開発に携わっている。食品など壊れやすいものを掴み、さらに手のなかで回転させるロボットの研究だ。「何かものを掴む時、人間は力加減や掴み方を無意識に調整して壊さないようにできますが、それはロボットには苦手な動作です」。だからこそ、技術の進化がロボットの活躍する現場を広げ、労働力不足などの課題解決につながる。「人が無意識でやっていることをロボットにさせるのは難しく、課題は多いですが、その分やりがいも大きいです」。
開発を進めていると、ロボットが自分に似てくると磯邉は言う。「たとえばイチゴの山から、どれを、どのように掴むか。その判断や動きは、技術者が教えるため、私の意思が乗り移っているように感じます。実験中に『それ違う!』とつい口にした時、聞いているはずはないのにロボットが動きを止めることもあったり、本当に自分の子供みたいですね」。
将来の夢は、ロボットと一緒に仕事をすること。「もうひとり自分がいたらいいなって、よく思うんです。まさに自分の相棒みたいな。そんなロボットがいたら、生活が豊かになると思いませんか?」。ロボットに心を奪われた学生時代から、技術も知識も、格段に広がった。しかし、ロボットに対する純粋な気持ちは、ずっと変わっていないようだ。
<プロフィール>
*所属・内容等は取材当時(2022年8月)のものです。