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絶望から始まった、「業界初」トイレの誕生劇。



陶器では他社にかなわない?家電をつくる会社だからできたトイレとは

パナソニックのトイレといえば、全自動おそうじトイレ「アラウーノ」。陶器製のトイレが当たり前だった時代、事業撤退の危機にあったトイレ事業部を救った樹脂製のトイレ「アラウーノ」の逆転劇を、当時の開発メンバーである丹生貴也さんに聞きました。

パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社 調達部門
グローバル調達本部 丹生 貴也さん

丹生「アラウーノ誕生前、国内のトイレ市場は大手2社がほぼ独占している形でした。当社もトイレ事業はやっていましたが、赤字で撤退目前。そこで出てきたアイデアが、当時主流だった陶器製ではなく、私たちの強みを活かした樹脂製のトイレでした。たしかに当社は、雨どいやソケットなどに使われるプラスチックの配合技術や成形技術が強かった。とはいえ、上司から『開発頼むよ』と言われた時は、『そんなにカンタンに言われても、まず何から手をつければ……?』と、絶望的な気持ちになりました(笑)」


生き残りをかけた、試行錯誤の日々

丹生「陶器製の便器を樹脂で代替するなんて、それまで考えたこともありませんでした。便器にとって最も重要なのは耐久性です。樹脂は陶器と比較すると、硬さでは圧倒的に負けるし、傷も付きやすい。輸送時や使用時の衝撃に耐えられるのか、トイレ用洗剤などの溶剤に対する耐性はどうなのかなど、考えるべきことは山積みでした。でも、どうせ潰れるような事業なら、ダメ元でやれるだけやってみよう、最後のひとあがきをしてみようという気持ちになったんです」

丹生「開発当初はしんどかったです。便器を傷から守るために表面をハードコーティング加工してみたら、傷は付きにくくなったものの、今度は汚れが付きやすくなってしまう。そもそも、ハードコーティング膜自体の耐水・耐久性が弱く、剥がれてきてしまうなど、失敗の連続でした」

業界初の樹脂製トイレの開発。不安が確信に変わり始めたのは、ある実験がきっかけでした。

丹生「ある時、表面の汚れ防止効果を期待して、樹脂にある添加剤を加えてみたんです。すると、耐衝撃性が上がり、成型時の樹脂に残る歪(ひず)みや荷重による歪みを逃がす効果もあることがわかりました。そこからさらに研究を重ねる中で、『“陶器の便器を樹脂に変える”ではなく、“便器には何が必要なのか”…すなわち耐久性を考えたら、樹脂でもいけるよね』との考えに至るようになりました。同時に、アクリルが何に使われているかを見直してみると、高い強度が必要とされる水族館の大型水槽はアクリル製だし、一般家庭でも大型の熱帯魚を飼う場合は、アクリル製の水槽が主流らしい。では、実際のところ強度はどうなのかと、当時の松下電工でつくっていた照明器具のアクリル製シェードや、実家にあった門柱灯など、身近にあるアクリル製のものを片っ端から集めて調べてみたところ、ほとんど劣化が見られなかったんです。これらの実験結果と気づきから、『これならなんとかやれるんじゃないかな』と思えるようになり、ベースになる樹脂にはアクリル樹脂(PMMA)を使おうと腹をくくりました」。

思わぬ成果と気づきを得たことで、開発に弾みが付きます。

丹生「アクリルは陶器と違い、水垢の汚れをスポンジで簡単に落とすことができます。その特性を活かすために生み出されたのが“泡洗浄”です。アラウーノは、“泡をつくる”“疑似便をつくる”など、さまざまな技術を持つメンバーが互いに協力し合いながら開発を進めました。メンバー全員が、それぞれの役割を真剣に考えて、最終的に合体させてひとつの製品にする。とても素晴らしいチームだったと思います」


5種類の疑似便で検証!泡洗浄の実力は?

丹生「チームの中でも特に熱かったのは、泡の開発部隊。アクリルプレートに色々な汚れを付けては、泡の出るノズルを使って洗浄する様子をハイスピードカメラで撮影して、ひたすら検証する姿が記憶に残っています。ちなみに、この実験で使ったのが、人糞の成分に近い“疑似便”。普通便から浮遊便まで、5種類の便を忠実に再現しました。味噌をベースにしていたので、実験室が常に味噌の匂いで充満していたのを覚えています(笑)。また、あらゆる材質のトイレブラシでの耐久試験も行いました。『これは行ける!』 と確信が持てたのは、試作モデルで検証した時。実験結果と同様に汚れが付きにくいことがわかってホッとしました。

さまざまな試行錯誤を経て、2006年12月1日、アクリル製で泡洗浄を搭載した「アラウーノ」が誕生。「便器は陶器でできている」という常識を覆す画期的な商品だったため、ユーザーの反応が心配だったそうですが、その結果は意外なものでした。

右・左上:当時の「アラウーノ」のパンフレット
左下:実験に用いたアクリルプレート

丹生「開発当初の社内では、叩いた時の音がどうだとか、高級感がないんじゃないかとか、ネガティブな意見もありました。でも、実際に売り出したら、お客さまは『トイレが何でできているか』なんて気にしていないことがわかりました。素材が陶器からアクリルに変わったことに気付かれなかったんです(笑)。」

丹生「気付いてくれたのは、施工業者の方。陶器の便器は重いので、施工中や輸送中に割れたり、ものを落として割れてしまうことがありますが、アクリルは耐衝撃性が強いので、そういうロスがなくなりました。さらに、一人で持ち上げられるほど軽いのも大きな利点。陶器製のタンク付きトイレが約40kgなのに対し、「アラウーノ」は20kgですから。そういえば当時、機構部分を外した便器を片手でぶら下げて歩いていて、社内の人に変な目で見られたことがありました。よっぽど怪力に見えたのでしょうね(笑)」。

アラウーノは一人でも持ち上げられる軽さ。丹生さんに持ち上げていただきました。


「失敗は授業料」

丹生「失敗するのが怖いという気持ちはよくわかりますが、経験を積むためには失敗もないとアカンね、と思います。失敗したら『次どうする?』を考える機会になりますから。私自身も、業界で初めて陶器製ではないトイレをつくることへの怖さがありましたが、『次どうする?』を考え続けた結果、まったく新しい発見にたどり着くことができたと思っています。たとえ失敗しても、『失敗は授業料』です。みなさんも恐れずに挑戦していってほしいです」

丹生さん、気さくにお答えくださり、ありがとうございました!

マテリアル(化学素材)を起点に未来の暮らしをソウゾウする「_and Material」。マテリアル・イノベーション・マガジン編集部では、これからも、化学素材にまつわるモノ、ヒト、コトに注目し、その魅力をお伝えしていきます。どうぞお楽しみに!

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