映像は“想い”を運ぶタイムマシン|TOUCH~これからの10年~
東日本大震災から11年目を迎える2022年。ソウゾウノートでは「TOUCH ~これからの10年~」というテーマで、人と人をつなげ心にふれるコミュニケーションを届ける連載を実施しています。
今回お話をおうかがいするのは、パナソニックが企画した復興支援プログラム「きっと わらえる 2021」で復興ドキュメンタリーを撮影された、当時のブランド・コミュニケーション部門でプロデューサーを務めていた西井保博さんと、パナソニック映像株式会社でプロダクションマネージャーを担当する稲井くるみさん。現場を指揮するプロデューサーと、編集や演出を行うディレクター2人それぞれの立場から、映像の力で何ができるのか、そして、映像の未来について語ります。
★★★
子どもたちと一緒に、ありのままを撮影した
ドキュメンタリー
西井: 今でもこの現場のことは、よく覚えています。実は、はじめは「復興をテーマにしよう」という気持ちはあまりなくて。撮影が始まる1週間前に学校を訪問したのですが、その際にも先生から「震災のことを生徒たちに思い出させるのは、彼らを悲しませてしまうだけかもしれない」といったお話もありました。
学校には、励ましのメッセージがたくさん寄せられていて。ドキュメンタリー映像のカメラでも、校内に飾られている寄せ書きを撮影しました。大人がいろんなことに想いをめぐらせるなか、子どもたちも子どもたちなりに現実を受け止めようとしていたんです。そして、メッセージを届けてくれた人々に「感謝の気持ちを返したい」という強い想いを持っていました。それならば、その気持ちを映像にしようと思いました。
西井: 「私たちに提供できることはなんだろう」現場に入るまでずっと考えていました。映像をつくる以上、子どもたちに起こる何かしらの変化を届けたい。そう思いながら現地で実際に子どもたちと触れ合うなかで、ここでは“ちゃんと時間が過ぎていた”ということに気がついたんです。
当時の私たちの震災のイメージといえば、押し寄せる津波や壊された家屋、そして復興に向けひたむきに瓦礫の撤去や急ピッチで建物をつくっている様子などが多かったように思います。でも、子どもたちは毎日高台にある学校へ向かって坂をのぼり、校庭にある仮設住宅を目の当たりにしながら、日々何かを感じている。そこに演出は不要でした。子どもたちの心の動きをていねいに撮影しまとめることができれば、これは十分メッセージ性をもった映像になる、と感じたんです。
西井: 今回の「きっと わらえる 2021」のイベントでは、6つのチームに分かれた子どもたちが撮影やインタビューを行っています。私はそんな子どもたちの様子を撮影し、ドキュメンタリーに仕上げました。中でも印象的だったのが、あるチームの女の子が「じゃんけんで負けて仕方がなく監督になった」と言っていたのですが、撮影が進むにつれてみるみる前のめりになり、最終的には生き生きと監督をこなしていったんですね。
その様子をとらえることができたとき、子どもたちのありのままを記録することがこの映像の価値なんじゃないか。この子たちがイベントを通じて変わっていく姿を届けたい、と強く思いました。映像の後半に「人に伝えるっておもしろい」とナレーションを入れたのですが、それはまさしく現場で感じたことだったんです。
映像が持もつ力を信じて、未来をソウゾウする
稲井: 「ART歌舞伎」の撮影が印象に残っています。出演者やスタッフを含め、100〜200人という大規模のプロジェクトで、一晩で映像を撮りきる、というものでした。私は現場の進行管理を担当していました。ところが撮影も中盤に差し掛かったところで、想定外のハプニングによって一部の映像を撮り直さなければならないことがわかったんです……。
限られた時間のなかどうすればいいかわからず、私は非常に慌ててしまったのですが、演者さんやほかのスタッフはとても落ち着いていました。みなさん立場を超えて「いまできる最大限のパフォーマンスを発揮しよう」と、その場で対応策をいっしょに考えてくださいました。
その姿から、映像制作は演者や監督はもちろん、関わるすべての人たちに「伝えたいもの」があって、みんな熱い想いを持ってのぞんでいるんだ、ということをあらためて実感しました。
西井: プロデューサーという立場の話ですが、プロジェクトをまたいだ場面でもそんな映像の力、チームのつながりを感じたことがありました。太陽光パネルを甲板にずらりと積んだ船を空撮する現場に携わったときのことです。本来ならば揺れを吸収する装置が搭載されたヘリコプターを使用するのですが、どうしても予算的に厳しくて。カメラマンに「なんとか映像が揺れないように撮ってもらえないですか」と相談したところ、思いのほかうまくいったんですね。
それから数年後、今度はオーストラリアでソーラーカーレースを撮影する現場があり、そこでも急遽「空からの映像が欲しい」という話になりました。しかし、いちばん近い都市からヘリを借りても、運んでくるだけで予算オーバーしてしまうことが判明。どうしようかと悩んでいると、幸いにも担当のカメラマンが船の空撮をしてくださった方だとわかったんです。以前ごいっしょした際の成功体験があったから、思い切って撮影に挑むことができました。ちなみにそのときも前回同様、揺れを吸収する装置はないうえに、今度は農薬散布用のヘリだったんですが(笑)。
映像はタイムマシンにだってなりうる
稲井: 私は映像をつくる立場として、お客さまの想いや伝えたいことを、映像を通じて代わりに届ける「代弁者」だと思っています。そのために、お客さまの届けたい想いをしっかり理解したうえで、今度は見る人、つまり受け取り側がどう受け取るのか・感じられるのかを意識して、映像をつくることがたいせつだと思っています。
西井: 稲井さんの考え方は、とても大事なことだと思います。つくる側って、どうしても伝えたつもりになってしまうことが多いんですよね。「ここがよくわからなかった」と指摘されると、「それは映像の2分くらいのところで説明しているんだけどな……」という具合に受け手の読み取り方に疑いを持ってしまう。でも本当は、見ている人に不要な疑問や引っ掛かりを抱かせないよう、ちゃんと答えをうまく出していくような映像のつくり方をすれば、わかりにくいものになったり、冗長に感じられてしまうこともなくなると思います。
稲井: ありがとうございます。実は入社2年目に、私がつくった映像を見た先輩から「映像はコミュニケーション。何を伝えたいのかももちろんたいせつだけど、一方的に発信するのではダメ。受け取る側がどう感じるかも含めて、考え抜かなければならない」とアドバイスいただいたんです。
西井: いい先輩に恵まれましたね。先ほどの「きっと わらえる 2021」のドキュメンタリーも、子どもたちの「伝えたいこと」がコンセプトでした。でも稲井さんがおっしゃる通り、コミュニケーションは受け取る側があってはじめて成立する。なので伝える側ばかりでなく、子どもたちがつくった映像を受けとった側の反応もきちんと撮影しておきたくて、実際の上映会の様子も撮影し、双方のコミュニケーションを一本の映像にしたんです。
稲井: 映像にはある種のパワーがあります。私自身も、小学生のときに初めて見たアテネ2004オリンピックの映像で、この道を志しました。閉会式の後に流れた日本選手の活躍のダイジェスト映像をよく覚えています。何のためにオリンピックに出場するのかも、人それぞれに意味があって。勝ち負けだけじゃない、一人ひとりのストーリーがそこにはある。子どもながらにとても心を打たれたんです。それまではインドア派だったのですが、それから10年近く運動部に所属するきっかけにもなりました。
最近では、誰でも映像をつくり発信できる土壌が整ってはいますが、だからこそ私は、映像に込めた意図がきちんと受け手に伝わるように設計するべきだと感じています。映像には、誰かの人生を大きく左右する可能性があるんです。今度は自分が発信していく側として、人々に何かを伝え、いい影響を与えたい。そんなふうに思っています。
西井: 映像って、タイムマシンにもなりうると思うんです。時が流れても、いま現在つくった映像を見ることが可能なわけじゃないですか。で、その映像に込めた想いというのは、未来にも伝わるものだと思っていて。
実際、あの復興ドキュメンタリーも、当事者の子どもたちから「成人式で上映したい」と貸し出しの依頼をいただきました。大人になってあらためて当時の映像を見ると、懐かしさを感じるとともに、子どもだった自分たちとは違う視点が持てていたり、先生の想いにあらためて気づかされたり、きっと発見があると思います。いい映像って時間が経っても、見るタイミングによって伝わるものがあると思うんです。
私たちの所属するパナソニックは「一人ひとりの日々の暮らしに貢献すること」を目指し、さまざまな事業に取り組んでいます。しかし震災では、その暮らしそのものが奪われてしまった。だから、それぞれが日々を取り戻し暮らしを築いていくのをサポートすることに、私たちは使命にも似た想いを持っています。今後も自分たちにできることは、やはり映像になると思いますすが、その力を信じて社会に貢献していきたい。そのために、これからも熱い想いののった作品をつくり続けたいです。