水素エネルギーで動く、 新しい世界をつくりたい。
「あっ」。自動車雑誌を読んでいた藤井隆宏は思った。水素と空気で電気をつくることで走るクルマの記事。当時勤めていた会社で研究していたものと逆のしくみで走る、新しいクルマに興味が湧いた。読むほどに「これから大きく世の中が変わる」そう思った。燃料電池なんて言葉すら知られていない時代。彼と燃料電池の最初の出会いであった。
素材メーカーから自動車メーカーへ、そしてパナソニックへ。技術者として20年以上、燃料電池を追いかけるように歩んできた。それは「絶対に水素の時代になる」という確信も理由のひとつではあったけれど、まだ、ほとんど誰もやっていないことをやりたい、という方が大きかった。
「だって山を登る時に、もう決まったルートがあったとしたら、つまらないじゃないですか。『これ、どうやったら登れるんだ?』と考えながら登る方が、絶対におもしろいと思うんです」。そんな風に考えてしまうのは、子どもの頃からだ。近所の友だちとバルサ材を削って飛行機をつくることには夢中になったけれど、つくり方の決まったプラモデルには見向きもしなかった。
学生時代は、流体力学を専攻していた。「自動車のボディなどに、風がどう流れていくのかなどを数値計算して、それを実際の実験結果と合わせられるか、ということをやっていました。でも研究の前に、まずプログラミング言語とアルゴリズムの組み立て方を習得することから始めなきゃいけなくて。それに、コンピュータがまだ、ほとんどネットワークとつながっていない時代でしたから、システム構築をするのも全部自分たち。すべてが手探りで大変でしたが、そこがたのしかったんです」。
2017年、燃料電池自動車の開発に携わっていた彼は、水素社会の実現に挑むパナソニックで、新たな一歩を踏み出した。純水素を使った家庭用燃料電池の開発、そして現在は固体高分子形燃料電池システムの開発に取り組んでいる。「これは、イオン導電性を有する固体高分子膜の両面に電極が構成されたMEA(Membrane Electrode Assembly)と、各電極に水素と空気中の酸素とを供給するセパレータとからできたもので、水素と酸素を反応させて電気を取り出すことができます。僕が主に担当しているのは、電極に用いられる触媒やセパレータの開発、燃料電池スタックの構造解析です」。いかに低コストに、効率良く発電できる、信頼性の高い燃料電池を開発できるか。普及させるために、クリアしなければならない課題は多い。今はそれを、さまざまな部門の技術者とともに一つひとつ取り組んでいるところだ。
「開発にはまだまだ時間がかかると思います。でも、それだけに挑戦する価値のあるものだと信じています。たとえば、災害などで電気が止まってしまって、そこでくらす人たちが困っている。ときどきそんなニュースを見ますが、こうした燃料電池が広がれば、そんなこともなくなると思います。それに世界を見ると無電化って言われる地域は、まだまだありますが、そういうところでも私たちと同じような生活ができるようになるかもしれない。それこそ、世界がガラッと変わると思うんです」。目の前にある山は、めざすべき場所がハッキリとは見えないほど高い。だからこそワクワクする。彼は、いたずらっ子のように笑いながら言う。「結局、僕はモノづくり小僧なんですよ。ずっと変わらずね」。
<プロフィール>
*所属・内容等は取材当時のものです。