新たな分岐、クリエイティブの道(前編)
パナソニックのデザイン部門では「高度専門職制度」という人事制度を2019年度より導入しています。いわゆる管理職とはまた別の道、現場の最前線でクリエイティブディレクターとして活躍することを支える制度です。この制度によって生まれたデザイナーの意識の変化、組織の変化とは。デザイン担当役員、クリエイティブディレクター、戦略人事の担当者がそれぞれの思いと、今後への期待感を語り合いました。その前編です。
デザインとは人生をかけて追求する仕事
-2020年度に始まった高度専門職制度への思い。
臼井 重雄(以下臼井):最初に、皆さんに誤解してほしくないのは、高度専門職の人たちは決して"特定の専門領域しかできない人"ではないこと。いいデザイナーはすごくバランスが良い、それでいてはみ出し力が強いんです。デザインだけでは商品に直結しないと認識しているから巻き込み力も強いし、他部門との連携やコミュニケーション能力も高くマネジメント力も問題ないのですが、それではデザインの組織としてもったいない。現場で活躍できる人が、デザインに集中できる環境を提供したい、シンプルにそう考えてつくったのがこの制度です。
熱量を持ってピッチ上でリーダーシップを発揮してほしい。
高度専門職制度をサッカーに例えると、ピッチの中にリーダーがいるイメージです。今までの上司部下は監督と選手のような構図で、新入社員に「将来の姿は監督だ」と言っても想像がつきませんよね。熱量を持ってクリエイティブリーダーシップを発揮する人、その存在は若い人にとっても将来をイメージしやすいはず。私と吉山さんは同年代ですが、吉山さんはピッチに立つ現役のデザイナーで、私はコーチや監督の役割を担っています。しかし、そこに上下関係は無く、互いがリスペクトして自分の力を発揮しているわけです。
吉山 豪(以下吉山):私は今年から高度専門職に任命されましたが、40歳を超えたあたりから「このままでいいのかな、若い人にチャンスを譲らなくては」と心のどこかで思っていました。年齢が高くなってもチームの中で一番体を張る人間であれば、デザイナーを続けられる。それが高度専門職制度で、非常にありがたい話です。頂いたチャンスをポジティブに受け止め、体を張らせていただいています。
臼井:ヨーロッパに行くと年配のデザイナーも現役でクリエイトをしていますし、日本もそうあるべき。デザイナーが長く活躍することはチームの大きな力になると期待しています。
杉山 秀樹(以下杉山):私は全社的な戦略人事に取り組んでいますが、吉山さんのような方が生き生きと専門性を語る姿は、若い人たちの励みになると思います。これまでは自分のキャリアを伸ばすには、主には課長や部長を目指さなければなりませんでした。しかし、必ずしも組織や人のマネジメントが得意な人ばかりではないし、専門性を生かして会社に貢献したい人もいます。キャリアパスに対する既成概念や会社のカルチャーを変える可能性を秘めているのが高度専門職制度です。デザイナーに限らず、世で求められるのはそれぞれが自分の領分で価値を最大限発揮できる会社。同様の取り組みは技術職の領域でも進んでいます。
臼井:職能という単位にこだわらず、会社全体で新しい仕組みづくりが広がったらいいですね。
吉山:これは私の経験ですが、ある技術者と仕事をしてデザインと技術でしっかり両輪が転がるような商品ができていたのに、その方が課長や部長になった瞬間に忙しくなって現場力が弱まったことがありました。技術職であれデザイナーであれ、本来は仕事に対して変わることのない信念を持っているものです。私にとっては、プロダクトの世界は楽しい悩みがたくさんあって、そこにデザイナーとしてのやりがいを感じています。
プロダクトデザイナーは色・形だけを考えていると思われがちですが、UX*を考えずにデザインする人はいません。私も入社した頃はプロダクトデザインなんてすぐ身に付くと考えていましたが、今は長期間追求し続けるものだと思っています。みんなにもそれを広めたいですし、改めて身の引き締まる思いがしています。
*UX:User Experience 人がモノやサービスから得られる体験・経験
杉山:本当にその通りですね。長期間追求し続けられる、人生をかけて追求する仕事がパナソニックにある、そんな世界観は働く方々にとっても求職者にとっても魅力的です。私は前職でIT業界にいましたが、テクノロジーを理解した上で組織を作るリーダー、テクノロジーを突き詰めて会社の技術を底上げしていくリーダー、別の人間がそれぞれの役割を担っていました。両者は異なる力の発揮の仕方となるので、明確に分担することでお互いの得意領域に熱中できるのだろうと思います。
結果ばかりを追わない。知見を生かした突破力で種をまくのが自分の役目。
ー制度が導入されてから、実感や周囲の反応は
臼井:高度専門職制度は任命する側にも大きな責任があります。人数制限は設けていませんが、次世代に対しても公平な循環があるべきですし、一度専門職に選ばれた方が部長になってもいい。評価は短期だけではなく、長期でじっくり仕込んで大きな花が咲くようなことをやっている、そんな過程を評価することも大切だと考えています。
吉山:私もずっとこのポジションを続けるのは簡単ではないと思っています。結果が大事だと思う一方、結果にこだわりすぎてもいけない。今、心掛けているのは、みんながあまりやりたがらない、難しいからできないと諦めてしまうところ、そこを今までの知見も生かして何とか突破する原動力になれたらと。「種まき」の部分は、自分がやるべきところで、現在の私は先行開発でもがいていますが、苦しむ姿も後輩に隠さず見せています。結果は後でついてくればいいし、世の中のくらしの豊かさにつなげていきたいですね。
杉山さん:この制度はマネージャー側の方にもプラスになると感じます。マネージャーは、本来の専門性と自分の領域の掛け合わせで、より大きな価値を生み出せる。だから、その仕事を担っているわけですよね。臼井さんが「専門職からマネージャーに戻ってもいい」と話したように、この制度では経験を重ねながら自分の価値を再認識することができます。専門職を目指す人だけでなく、周囲の人にもポジティブな刺激になるはずです。
吉山さん:若いデザイナーからも「基幹職になるなら高度専門職に」という話がちらほら聞こえてきます。会社の中で偉くなろうと考えて大学でデザインを学ぶ人はほぼいませんし、ある意味で本来の姿に近づいているのかもしれません。私も転勤で京都に来ましたが、若いデザイナーが元気で生き生き働いているのは素晴らしいですよね。
臼井さん:新しい制度を始める上で前提にあったのは、とりあえずやってみよう!失敗したらごめんなさいのスタンスです。社会やお客様の大きな価値観の変化に対応しなかったら私たちの存在意義が無くなってしまう。せっかく積み上げてきたものを継承できない危機感もあります。だからこそ変化を恐れず挑戦することが大切で、私自身もそういう姿を見せて、皆さんにもどんどん挑戦してもらえたらと思います。
杉山さん:臼井さん自らがアジャイルに取り組むスタンスで人・組織に向き合っていらっしゃることは素晴らしいと思います。その上で、人事との領域を超えたコミュニケーションも増えています。これは会社にとっても喜ばしいことです。お客様からすると社内にある職種の分担などは関係ないし、ましてやその分担から生まれる壁や連携不足がお客様への提供価値を下げる要因になってはいけない。人事の究極の目的は社員の体験価値を高めていくことですが、体験価値のデザインはクリエイティブ職の方々が常々向きあっていること。なので、この領域で越境し合ったコミュニケーションが活発になっている今の状況は大きな可能性を感じています。
臼井さん:UXとEX*は表裏一体ですよね。お客様がパナソニックの商品を愛用してくれて喜んでいただけることはデザイナーなら誰もがうれしい。自分たちの満足感を高めないとお客様の満足感も絶対に高まらない、そういう関係にあると思います。
*EX:Employee Experience 社員がその会社に属することで得られる体験・経験
(後編へ続く)