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シリコンバレー発、UXデザイナーが語る「家族、シゴト、くらし」

若手とも言われないような年齢で、大きな変化となった初の海外赴任。でも、ここにきてよかった。価値観が変わった――。UXデザイナーでありデザインストラテジストである山本尚明は、2022年1月から西海岸のベイエリア、IT産業の中心地シリコンバレーに居を移しました。その目的は、忙しい家族のサポートを行う、次世代ファミリーコンシェルジュサービス「Yohanaメンバーシップ」の日本市場での立ち上げ。米国に赴任してからのプロジェクト参画と自身の活動をレポートします。

山本 尚明 デザインストラテジスト
Yohana. LLC/パナソニックホールディングス(株)
2001年 松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)入社、くらし研究、IoTを活用した新規事業創出プロジェクトを担当。2019年より横断戦略部門でデザイン・ストラテジーに取組み、2021年より、次世代ファミリーコンシェルジュサービス「Yohanaメンバーシップ」にUXデザイナーとして参画。

プロの職能を果たす、それがシリコンバレー流

赴任から1年、2021年から2022年にかけてUXデザイナーとして米国で展開をはじめたサービスの日本ローンチに打ち込んできました。2021年に2回の長期出張を経て、パナソニックホールディングスが出資するスタートアップ企業、Yohanaに加わりましたが、この間に受けたインパクトは「徹底して、顧客起点で商品を仕上げる」シリコンバレー流のデザインプロセスです。

デザイン・商品企画・プロダクトそれぞれの職能が密に連携する、パナソニックのデザインの進め方と似ているように思われますが、シリコンバレーではさらに役割分担や責任の所在が強く意識され、プロとしての職能が尊重されます。その違いは、1回目の長期出張から感じました。ここでは、職能横断で、商品企画とデザインが初期は商品像を明確にしながら、いろんな人を巻き込んで骨格から徐々に詳細を詰めていくスタイルをとっています。お客様にどんなところが本当に評価されるのかを、最初のコンセプトづくりからしっかり顧客検証を行い固めていきますし、設計段階に入ってからもお客様となる想定の方との検証を通じて、どんな機能や内容が重視されるかを詰めていきます。常に顧客起点で商品を仕上げていくプロセスが徹底しています。

意思決定のプロセスでは、内容に応じて職能の判断が重視され、UXに関わる部分はUXに委ねる、あるいは企画側が商品のゴールや要求事項の優先度をさだめて、商品をかたちづくります。ここでは、それぞれ職能の役割を果たすことが尊重されています。プロジェクトに関係するメンバーは次第に増えて、コンセプトフェーズ、デザインフェーズ、実装フェーズ、さらにはローンチ向けのフェーズ、どんどん関わる人が増えていくので、最終はデザインも含めて一つのプロジェクトに関わる人は最大40〜50人ほど。フェーズによって伸び縮みするのも印象的です。

シリコンバレーの職場周辺は緑豊かなエリア

ネットワークを設計し、お客様に価値を届ける

私たちの取り組みは、シリコンバレー発「次世代ファミリーコンシェルジュサービス」の開発・提供です。パナソニックの家電事業と比べると、ハードウェアを伴わないサービスそのものが事業ですから、イメージがわきにくいかもしれませんが、分かりやすく言うと、日々の「やらなきゃいけないこと、やりたいと思っていること」の実行を助け、お客様がありたい姿になることを寄り添ってサポートするサービスです。お客様のご依頼に対してのさまざまな提案や手配、ときにはその解決に外部企業(プロ)のちからが必要であればYohana独自のプロのネットワークとつながる……、それらが全部一つの体験に合わさったサービスです。

複数の異なるステークホルダーの協業を通じて、価値をワンストップで届ける新しいタイプの商品ですが、パナソニックに近しいものが全くなかったわけではありません。私が以前携わった焙煎機事業「The Roast」も、焙煎プログラムをつくる焙煎士、生豆を提供する商社、コピーライターが協同しながら、焙煎プロフィルをストーリーのある焙煎体験としてオーガナイズして届けていました。Yohanaでは、お客様とYohanaがアプリを通じてやりとりするなかで、お客様が抱えている日々の課題や願い事を解決するくらしサービスを提供し、ときにはプロの力も借りながら、お客様のくらしが前に進んでいくことをサポートします。

次世代ファミリーコンシェルジュサービス「Yohanaメンバーシップ」アプリ画面

わずかなドライブの時間、ちょっとした会話

家族や暮らしという意味で、YohanaのCEOであるYokyと話して印象に残っているのが、子どもの送り迎えについて。車の中で「今日、学校どうだった?」っていう親子の会話がすごく大事な時間で、だから彼女は送り迎えを自分でやりたいと話します。私もシリコンバレーに来て、ミドルスクールに通う子どもの送り迎えや、日本ではやってきていなかったお弁当をつくったりしていますが、そういう時間や体験の共有はすごく幸せだなと実感しています。アメリカは車社会なので、親が子どもの送り迎えをしないと移動ができないのですが、実は親子関係にとってはポジティブに働いています。家族の関わりの時間は、仕事よりも優先されるものというのが社会通念としてあることを感じます。

シリコンバレーでは16時にほとんどの人は会社を出ますし、帰宅して家族で食事して、必要ならまた仕事に戻ります。日本では19時に社を出ると早いなと思っていましたが、こちらだとその時間にオフィスにはもう誰もいない。じゃあみんな仕事しないのかって言うとそうではなくて。家族との夕食を済ませて、子どもが寝てからまた仕事とか。基本、成果ベースなので自分自身でうまく働き方をデザインしていける裁量があるように感じます。赴任をして私の価値観も変わりました。仕事のために家族が犠牲にならない生き方、考え方というのは実にシンプルな理念です。どれだけ忙しくても子どもの送り迎えはしたい、だから他のことは助けてもらう。今、つくっているサービスが実現するのはまさにそういった家族と社会との関係性づくりそのものです。

家族がオフィス見学に来たときに、Yoky(左から4人目)と記念写真

「大切な時間」「心のやさしさ」を取り戻すために

アメリカでは夫婦の家事の分業や、アウトソーシングが抵抗感なく浸透しています。一方で、日本では「自分たちで頑張れるところまで頑張って…」、という頼る文化への弱さというか引け目のようなものがあります。日本での展開に際しては「頼みやすさ」といった気持ちのフォローが大事なるということを議論してきました。頼ることで親が結果として上機嫌でいるほうが、本当の意味で子どもにとってもいい。生活をしている国の考え方に、人々の生活の考え方も影響を受けるというか、私も日本にいたときから、もう少し今のようにできたらよかったなと振り返っています。大事なのは、時間をうまく使うこと以上に、温かい気持ちで家族に向き合える心のありようだと思いました。

こうした考え方は、松下幸之助がどう考えて事業をつくってきたかにつながります。例えば、洗濯機はハードで時間がかかっていた家事労働を機械でできるようにして、そこに費やさずにすむ時間をつくった。これを松下幸之助自身もすごく誇りとしていました。今、私たちが取り組んでいるのは、時間や心の余裕を取り戻す仕組みやソリューションづくり。時間や心の余裕がない状態にどうやって気づき、そして自分の時間に、やりたい自分に、どうやって戻れるようにするのかを追求しています。また、ありたい自分が家族や社会と、どのように関係をつくっていくか、決して一人に閉じるわけではなく、支え合いのスタイルをどう広げていくのかにも注力をしています。

私がデザインしているのはお客様の行動や、マインドセットを変えるような働きかけや気付き方、そして小さな身の回りの社会との関係性づくりです。ハードウェアやアプリはやりとりをするインターフェイスの一つで、デザインしているのは「人がどう感じてどう行動したいということを汲み取り寄り添っていくのか、またその人とどのような関係をつくっていけるか」です。これからもサービスの使われ方や要望に合わせてアップデートを続けて、お客様とともに行動していく方法を磨いていく必要があります。いきなり最初に目指すゴール体験そのものをつくり切ることはできないですが、つくっていく工程でどんどんデザインするものの輪郭が見えてくる。そういった継続的なUXデザインが必要になるサービスだと思います。

お客様が「本当に解決してほしい」と思っていることに向き合う

AIを活用していくことに加えて、実在する「人」がお客様と信頼関係を結びながら対応して今まで解決されてないで困っていたところに寄り添っている点が、Yohanaのサービスの強みです。例えば、お客様のご依頼に対して提案をするときに、お客様自身があまり詳しくない領域だと「ざっくりとした頼まれ方」もあります。こういう場合、期待値はそれほど高くない状態です。ここでは最初の理解のしやすさや、知らないことの不安を減らしてあげることが大事になる。また、別のご依頼で、お客様自身も詳しく調べたんだけれど見つからなくて、それでも見つけたいからと頼まれる場合、その緊迫度はかなり高まっている状態です。探してもないと思われるものを探して欲しいという場合です。

そんな一例が、小学生と保育園児の子どもを一緒に預かってくれるところを探しているというご相談です。とても一般的な要望だと思いきや、一緒に預けるとなると実はなかなかないのです。このときは完全な解に至らず、何とか代替手段をご提案して解決に導くということもあります。そういうケースにわれわれも学び、蓄積しているところです。また、日本でアメリカのときと同じことをしても、同じゴールに辿り着くわけではありません。その国の文化や背景に適合させるためのトランスクリエーションも必要で、国ごとの顧客と向き合ってサービスもしっかりとつくりあげていくことが大事です。

グローバルな視点で、今そこにあるくらしを良くする挑戦を

UXデザインをする上で、私が大事にしているのは以前に所属していた、パナソニックのデザイン本部・未来創造研究所の所長の言葉です。「電気の時代は家電によって暮らしの革命があった。これからの時代は電気のようにインテリジェンスを使い、暮らしをより良くすることが大事になる」と。電気のデザインの時代に次にくるものは、言葉や認知や関係性など、みんながまだデザインではないと思っているような領域のデザインが大事になると。とはいえ、これまでの経験やスキルだけでは、対応できないことがたくさんあります。ときには、UXを生み出す仕組みそのものがデザインの対象にもなるとも思います。シリコンバレーで自分自身も変わりながら、どんどんと新しく生まれてくるUXデザインの輪郭を、そして顧客ともにデザインしていく方法を実戦していければと思います。

今取り組んでいるUXデザインは、見た目のデザインは15%とすれば、その見た目を決定づけていくあとの見えない部分の85%のデザインがあります。お客様との関係性づくりや、サービスを形作るオペレーション、認知や認識のあり方など、新しい領域のデザインが多く含まれています。これらのデザインの要素をどうつなぐかで、これからの商品やサービスが大きく育っていく――。そう考えて、試行錯誤を続けています。また、デザインストラテジストの仕事を通じて、くらしを革新していくことができる企業はどこにあるかと考えてみると、実は世界中にそんなにたくさんはなくて、今その分野で選べる数社の一つがパナソニックであり、Yohanaだと感じています。くらしの中でのさまざまな接点を持っているパナソニックグループは、日本だけではなくグローバルな挑戦の場、機会があると感じています。世界中でこのデザインの新領域を開拓したいと思っている人と一緒に仕事ができると嬉しいですし、生活者として、くらしと仕事のなかにギャップがあると悩んでいる家族がいれば、実はそのギャップこそがデザインが解決できる領域であることを伝えられればと思います。暮らすことと働くこと、遊ぶことも含めて生活そのものがデザインとして取り組める今の時代に求められるデザインを形にしていければと思います。

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