業界の常識「結晶=透明」を覆す!ザラザラで真っ黒な結晶が低炭素社会へ導く〜OVPE法 開発者 インタビュー〜
パワーデバイス用低抵抗GaN基板実現のためのOVPE法*の開発
みなさんは「結晶」と聞いてどのようなものを想像するでしょうか。さまざまな幾何学的形状の雪の結晶でしょうか。それともサファイアやルビー、エメラルドといった色とりどりの宝石を思い浮かべたでしょうか。
学生時代から結晶成長の研究をしてきた隅 智亮と滝野 淳一が、今開発しているのは、表面はザラザラで、そのものが真っ黒な「業界の非常識」とも言える結晶。これが近い将来にやって来るカーボンニュートラル時代に役立つと信じる2人に、話を聞きました。
*OVPE法:Oxide Vapor Phase Epitaxy 法
プロフィール
PROBLEM:電気自動車が増えるほど、電力ロスも増えている?
温室効果ガスが地球環境に与える影響は計り知れず、もはや世界中の課題と言えるCO2削減。あまり話題に上がりませんが、実は身近な部品にも解決の手がかりがひそんでいます。
例えば、電気エネルギーの制御・供給にかかわる「パワーデバイス(トランジスタやダイオード)」は、家電から社会インフラまでありとあらゆるものに内蔵され、世界全体で考えると途方もない数となります。現在、土台となる基板(ウェハー)部分からデバイス部分まで、超高品質に結晶化されたシリコンが用いられていますが、電力変換の際に5%近くのエネルギーが失われています。そのロスを、もっと少なくできないだろうか。
私たちはパワーデバイスの電力ロスをより低減できそうな素材として「ガリウムナイトライド(GaN)」に目を付けました。これは、日本人研究者3人がノーベル物理学賞を受賞した、青色LEDを可能とした夢の素材でもあります。
GaNは徐々に使われ始めており、シリコンウェハーの上にGaNパワーデバイスを載せた高効率なパワーデバイスも見かけるようになりました。それを利用したACアダプターは従来品の3分の1に迫る小型化を実現していますが、さらに大電力を扱うためには、ウェハーまでGaN結晶である必要があります。
しかし、ウェハーまで構成できるほど大きな低抵抗GaN結晶の量産化は道半ばです。CO2削減に向けて電気自動車の普及は進んでいるものの、シリコンのパワーデバイスが使われ続けると多くの電力が無駄に失われてしまい、その現状を変えていく必要があります。
INTERVIEW:高純度過ぎる結晶、テスト基板すらつくれない
ー材料だけでエネルギー効率は変わるのですか?
隅:分かりやすいのがLEDライトと蛍光灯の比較です。入ってきたエネルギーをどれだけ可視光線に生かせているかを「変換効率」と言いますが、両者にはおよそ2倍の差があります。蛍光灯は比較的エネルギー効率がいい方ですが、それでも電力の20%ほどしか生かせていません。
一方、LEDライトの変換効率は50%前後。従来の白熱電球などは熱を発生させることで光を得ていますが、LEDはエネルギーをそのまま光に変換できるため効率がいい。しかも、LEDは断線や劣化のリスクが少なく、白熱電灯よりもはるかに長持ちします。
滝野:ちなみに、LEDの色は、LEDチップに使われる化合物の種類によって変わります。赤色や緑色の再現は早いうちに実用化に成功されましたが、多くの人々が心待ちにしていた白色LEDをつくるには、光の三原色の残る一色、青色の再現が欠かせません。青色の発色をする化合物の候補としてGaNが研究されましたが、長年実用化ができていませんでした。
その原因は、きれいで大きな結晶化が難しかったこと。世界中で研究からの撤退が続く中、諦めずに研究を続け、ノーベル賞を受賞された、赤崎勇先生、天野浩先生、中村修二先生によって実現しました。
ーGaNウェハーの量産化に取り組み始めたのはいつからですか?
滝野:パナソニックとGaNの関わりは2012年までさかのぼり、大阪大学の森勇介教授との協業で開発に乗り出しました。パワーデバイスは重層構造になっており、その土台部分が基板(ウェハー)です。従来のGaN結晶はとてもウェハーサイズまで成長させられず、私たちは業界ですでに実績のある生成法「HVPE法*」を使っての量産化を模索。これは、炉の中に原料のガスを充填させ、内部を熱することで化学反応を起こし、GaNの結晶の生成をめざすものです。
HVPE法で生成すると、つるつるのきれいなGaN結晶が完成しました。喜びもつかの間、結晶が高純度すぎて、抵抗値が高すぎることが明らかになりました。純度を低くするために不純物を添加すると、異常成長により黒ずんだ固まりに様変わり。どれだけ試しても、「きれいさ」と「低抵抗」を両立できませんでした。
私は森研究室の出身で、大学院生の頃にビジネスコンペに出場して幸運にも大賞を獲得。これが目にとまって2013年に入社し、GaNウェハー製法の開発プロジェクトに加わりました。技術とビジネスを結びたいと考えていましたが、現実にはテストする基板が一枚もつくれず、評価の土俵にも立てません。最初の数年間は落ち込む日々が続きました。
*HVPE法:Hydride Vapor Phase Epitaxy 法
隅:私が入社したのは2015年。滝野さんと同じく森研究室の出身で、理論だけにとどまらず、デバイスをつくる事業化の領域を見据えた開発に魅力を感じて入社。プロジェクトにかかわり始めて数カ月で、他案件との兼ね合いでチームが縮小して、滝野さんと2人体制になりました。これまでの試行錯誤は「目標物から全く別の方向を望遠鏡でのぞいていたのでは」と、少し角度を変えて考えてみることにしました。
滝野さんに提案したのがOVPE法でのチャレンジです。パナソニックと大阪大学が共同で開発してきた独自法で、森研究室に在籍した私たちからすると慣れ親しんだやり方ですが、量産には不向きと思われていました。なぜなら、OVPE法で生成すると小さな多結晶がたくさんできてしまうため。酸素という不純物添加により低抵抗は実現できますが、とてもウェハーを構成する大きな単結晶になりません。
多結晶になる原因は入りすぎた酸素が核になるからと考えられており、原料ガスに酸素を含んでいるOVPE法は無理と言われて当然でした。それでも、私はその可能性を信じていました。
「透明じゃなくてもいいんですか?」固定観念を突破させてくれた現場の声
ー隅さんのアイディアとはどんなものでしたか?
滝野:隅さんは「酸素が原因ではなく、そもそも結晶核ができやすい条件で実験していたからでは」と訴えていました。では、結晶核を生まれやすくしているパラメーターは何だろうと。
隅:私は院生時代に領域外のことにもチャレンジしており、ふと漏れ聞いた医薬品業界の話が頭をよぎりました。創薬分野における大きな悩みのひとつが「たんぱく質の結晶核ができない」です。結晶核ができずにたんぱく質が育たないと、構造の分析ができず、そもそも開発につながらない。これは私たちと真逆で、彼らがブレークスルーする方法を逆に応用することで、「結晶核ができづらい」条件が分かるかもという仮説です。
キーワードは「過飽和比」。難しい言葉ですが、安定した状態における原料同士の濃度のバランスを表します。ある原料が多くてバランスが崩れると、その影響で結晶ができすぎてしまう。つまり、何がきっかけで影響が出るのかを探るのが最重要でした。
滝野:今までは、多結晶を生み出す原因物質の特定に躍起になっていました。しかし、「原料同士のバランスが原因」という仮説には目から鱗でした。このバランスを求めるには、さまざまなパターンの実験が必要で、人力ではとても網羅しきれないと判断。
私は熱力学解析ツールをつくり、さまざまなパターンを片っ端から解析しました。すると、2つのガス(H2とNH3)の制御による過飽和比の最適条件が見えてきて、従来のOVPE法による実験がバランスに欠いた状態で繰り返されていたと判明しました。
理論が分かれば、実践あるのみ。ウェハーとして使うには厚みが必要なので、炉内に成分を満遍なく行き渡らせる環境が前提になります。そこで、炉内におけるガスの動きを熱流体解析によって見える化させました。炉内の噴出口ノズルの向きや素材を変えるなどOVPE法で試行錯誤を重ねて、ついに2018年、2インチというサイズのウェハーを取れるまでにGaN結晶を成長させることに成功しました。
ーそれで、いよいよウェハーづくりが始まったのですね。
隅:そう簡単ではありませんでした。この結晶で驚いたのは、表面がザラザラで真っ黒だったこと。HVPE法でつくったものは表面がきれいで透明だったため、その違いに動揺しました。また振り出しかとも⋯⋯。
滝野:さんざん悩んだのですが、IS社(パナソニック株式会社 インダストリアルソリューションズ社)の技術者に相談すると「考えたこともなかったけど、確かにウェハーが透明である必要はないですね」とひと言。誰もが捉われていた「GaN結晶=透明」という常識は、実は固定観念に過ぎないことが分かりました。
黒色に見えているのはOVPE法によって加えられた酸素が原因と考えられ、現場から「黒いウェハー」が許容されたのは大きな一歩でした。実際にウェハーにして大阪大学に解析を依頼すると、「既存の他社GaNウェハーよりも電気抵抗が10分の1以下」との報告。
これは、一般的なシリコンウェハーを使った電気自動車であれば12〜13%の電費を向上させられ、トータルで大きく電気ロスを減らせます。しかも、デバイスの寿命や耐圧に関係があるとされる転位(線状に引き継がれる結晶欠陥)の密度は従来品のおよそ100分の1。この結果が分かった瞬間、今までの努力が報われた気がしました。
隅:その要因は、ザラザラの表面にあります。少し専門的な話になりますが、GaN結晶は、最初はサファイアの板の上に成長していきます。その際にサファイアとGaNの原子の並びがずれていることから「転位」が生じます。HVPE法では転位がそのまま上方向に引き継がれていきますが、OVPE法ではザラザラのおかげで転位が上方向には引き継がれず、結晶が成長していくと転位密度が低減していくことが判明。これは長寿命や高耐圧につながり、高い性能を実現してくれます。
ーOVPE法の開発の振り返りと、今後の展望を教えてください。
滝野:「やっと産業用への一歩を踏み出せたかな」という思いです。環境省のプロジェクトに参画していますが、「実現不可能」とあちこちで声が上がることがありました。私たちのGaNウェハーでダイオードをつくって市販品のGaNウェハー製と比較すると、抵抗が8分の1になるなど、あらゆる電子部品に省エネの可能性があることが分かってきました。まずは基板(ウェハー)の事業化が目標で、量産という大きなハードルが待ち構えていますが、周囲の協力を得ながら一歩ずつ前進していきます。
MESSAGE
隅:「上位概念(メタ)で考える」というモットーを、今回の開発で生かすことができました。実験がうまくいかない原因はなかなか分からず、「結晶成長」よりも大きな「物理学」の視点で捉えなおしました。創薬分野の知見を応用するアイディアはその時に浮かんできたもの。「たんぱく質」という狭い視点ではなく、「結晶核の成長」の広い視点で考えると、物理現象として共通するように思えてピンときました。
私は根っからの技術者で、とにかく開発をしているのが楽しい。古巣の大阪大学をはじめ、いろんな大学に、気になることがあればすぐに教えを乞いに伺いました。今回はとことん突き詰めることができ、テーマに自由に向き合わせてくれた滝野さんに感謝しています。
滝野:隅さんに課題解決のお願いをすると、確実に結果を出してくれます。私ひとりではとても無理だったでしょう。この技術によって、まだまだ日本が半導体で勝負できることを示せたことは、個人的にとてもうれしいです。
とはいえ、これはあくまで通過点で、いかに社会実装して、きちんと事業化できるかが鍵だと思っています。研究分野は強いのですが、日本は事業面で後れをとっています。私たちだけで全てを変えることはできませんが、先細りと言われる日本の半導体産業を少しでも盛り上げたいという思いを強く持っています。
岡山:この2人だからこそ到達できた、と感じています。全国の研究機関と密な連携を取りつつ理論を固めていった隅さんと、その理論をどう事業化するかを事業部などの協力を仰ぎながらアクティブに模索し続けた滝野さん。シリコンウェハーがよく利用される理由のひとつは、量産が簡単なためです。GaNにはコスト面などの問題がまだ残っていますが、「基板(ウェハー)を変えるだけでここまで省エネできるのは驚き」と関係者からは期待が高まっています。
FUTURE
「ウェハーを変えるだけ」というシンプルな着目点はデバイス関連業界からの注目度が高く、今後の量産化、省エネへの貢献が心待ちにされています。環境規制が強まり、ますます注目を集める電気自動車はもちろん、太陽光発電システムなどのエネルギー分野のパワーユニットにおける応用も大きな社会的インパクトがあるでしょう。ウェハー普及の先には、さまざまな電子部品の高性能化が待ち受けており、カーボンニュートラル時代にとってなくてはならない技術になるかもしれません。
*記事の内容は取材当時のものです。
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