中国人の健康をトイレから考える。〜温水洗浄便座 健康一体机〜
中国では医師不足や施設の偏在で慢性的に病院が混雑するなど、現状に不満が募っています。そうした背景を受けて2018年に発売した健康一体机は、「体脂肪測定」と「尿検査」機能を搭載。計測データをサーバに蓄積し、連携するアプリやスマートミラーを使って、日々の健康状態がひと目で確認できます。「世界初、自宅で健康チェックができる便座」はトイレに新しい価値をもたらし、2019年中国家電博覧会(AWE)でBest of Innovation Award(知能イノベーション賞)に輝きました。
<TALK 1 健康ニーズを捉えた挑戦>
自宅で毎日、健康チェックができる!IoT家電に進化した純中国産トイレ。
ー中国人の、中国人による、中国人のためのトイレ。
トイレ空間をIoT化する野心的な取り組みは、どこから始まりましたか?
衛生環境改善の国策もあり、近年中国では健康意識が急速に高まっています。「健康」は消費の中で大きな割合を占めるようになり、それに伴って温水洗浄便座市場も大きく伸びています。
人気の火付け役になったのが旅行者の日本体験です。ホテルなどで体験した便座に感動して温水洗浄便座を「爆買い」。同時に中国での販売量も大きく伸びました。便器を交換しなくても取り付けられる手軽さもひとつの要因でした。
高い機能性とアフターケアを武器に、われわれはシェア1%を得てトイレ市場のリーダーに成長しました。運送や設置費用は中国全土で無料、他社の製品は1年保証ですが、パナソニックは5年保証となっていることなどが人気の理由です
トイレ環境は劇的に改善されましたが、健康に関する課題は尽きません。特に医師不足・病院不足は深刻な社会問題になっています。そんな中浮かんだのが、自宅のトイレを健康測定・管理の場にというアイディアです。パナソニックの飛び抜けた技術力を示し、トイレに新たな空間価値の提供をめざしました。
体調変化から糖尿病などの慢性疾患の兆候を察知できれば、病気の未然予防につながる。私たちはそう仮説を立て、2014年から体脂肪測定の組み込みを模索。2年後に尿検査機能の搭載も含めた研究を始め、2018年9月に中国独自の商品として健康一体机を発売しました。
第一弾モデルは、体脂肪率やBMI測定、基礎代謝量など6項目の健康測定と、尿蛋白や尿潜血、クレアチニン値など6項目の尿検査ができ、それを元にスコアリングされます。こうした健康チェックができるトイレは世界初。医療機器の認証など非常に高いハードルがありましたが、その分だけ、お客さまに価値を提供できます。
ー開発はパートナーとの協業で、スピードを最優先。
わずか4年で、そうした壁をクリアできたのはなぜですか?
生き残りのためには「まず試す」姿勢が大切だと共有できていたからです。ただし、初体験のことも多く、多くの壁にぶつかりました。
今回のデザインは便器と手すり部がつながっていますが、中国主導でゼロから便器をつくるのは初めての挑戦です。中国人の「パナソニック=高品質」という期待に応えるために、泡パワーやナノイー除菌などのコア技術を組み込むのは大前提。中国独自開発の陶器製便座に全てを盛り込むことが、ものづくりの最初のハードルでした。
中国の工業基準は日本よりも厳しく、耐荷重性能などで高い水準を求められます。それらは現地メーカーの協力なしには実現できませんでした。また、体脂肪率測定でもより正確さを求めて電流の配置からこだわっています。そのうえデザインでも妥協なしだから、量産が大変なのですが(笑)。
健康測定、特に尿検査の部分は医療機器認証が必要なため、現時点では全てをパナソニックで対応することができません。そのため、医療機器メーカーの全面的な協力を得て、約1年半で承認を得ることができました。
2018年12月にはベンチャー企業と共同開発したスマートミラーをリリースし、壁面パネルでも測定データがチェックできるようになりました。スコア情報を導き出すアルゴリズムの開発や個人判定の指紋認証など、ソフト面でもさまざまな協力を得ています。
自前で全てつくれば、確実にリリースが遅くなる。信頼できるパートナーと開発スピードを上げる、それが中国流。機能面でも同様です。2018モデルは機能を絞っていますが、2019年に発売する商品には新たに心電図、血圧計、血中酸素の健康測定機能を追加し、さらに尿の検査項目は14項目まで増やす予定です。
現在はひと手間かかる尿検査は、心理的なハードルになりかねません。いずれはデータ測定から分析までオートマチックに行い、ストレスフリーにしたい。
並行して大便から生態情報を検査する研究もしています。日々トイレに座るだけで健康状態を把握、それをキッチンと連動させて最適なメニューを提案するなど、中国人の暮らしを変える商品に育てていきたいです。
<TALK 2 開発メンバーの思い>
浙江省杭州市を拠点に、さまざまな現地メーカーやベンチャー企業と手を組んで開発した健康一体机。トイレに革新をもたらしたメンバーにそれぞれの思いを聞きました。
王 銀輝さん(先行技術):
私の役割は先行開発です。尿検査と健康測定機能について、中国のセンサーメーカーや研究機関と連携して商品に落とし込んでいきました。医療機器は研究開発から製造、販売まで厳格な規制が定められており、パナソニックでは知見が少ない領域です。医療機器業界の専門家の力を借りて、他社の成功例を分析しながら、時間をかけて現地の規制要件に準拠させていきました。このプロジェクトを通して知らず知らずのうちに私たちの働き方は変わっていき、産学での連携は当たり前になりました。生活を刺激的にしてくれるプロダクトをめざし、今後さらにIoTとAIの活用を進めていきます。
楊 波さん(制御技術):
システム全体の構想から、温水洗浄便座本体と健康測定や尿検査モジュールとの通信、制御回路の設計までを担当しました。指紋認証や体脂肪検知には初めて関わりましたがとにかく「難しい」のひと言です。中国が採用するIEC規格※は、とりわけ電磁波妨害への配慮が求められます。発する電磁波が他の機器に影響を及ぼさず、なおかつ高い耐ノイズ性を持たせるため、ICメーカーに試作品の依頼、部品の定数調整、試験、課題検討、定数の計算、また試作品の依頼と、サイクルを回し続けました。今回の開発から、IoTやAI時代において温水洗浄便座のみで完結するのは「木を見て森を見ず」だと感じました。トイレ空間や家全体の中で、どう温水洗浄便座を位置づけるかがこれからの問題です。
※各国の代表的な標準化機関によって組織される「国際電気標準会議」制定の国際規格
張 灯さん(機構技術):
私は健康一体机の開発リーダーとして、機構設計を担当すると同時に、制御開発と工場部門をつないで製品化を推し進めました。今回の商品では中国で一般的な陶器製便器にアームを設置しましたが、その耐荷重基準は日本よりも厳格です。そこで、理論力学に基づいてアームパイプの材料特性や断面形状、曲げ角度、材料の厚さなどを検討・分析、3D解析によって設計案を詰めていきました。最終的に試作で耐荷重試験を実施し、無事に基準をクリアできました。初めて健康チェック機能を持たせたことで、トイレは今後さらなる可能性を手に入れました。
島津 貴夫さん(事業企画):
国家プロジェクト「健康中国2030」を打ち出して健康促進を進める中国で、お客さまへパナソニック独自の「くらし空間」の価値提供をめざしました。尿検査技術を保有するベンチャー企業とアライアンスを結び、他社に先んじて健康チェック機能付きの温水洗浄便座を市場に投入。健康一体机は、空間事業の入り口となり、要となる商品です。今後は自社の要素技術開発を進めるなどさらに進化を図るとともに、プロダクトの先にある健康サービス事業の拡大を進めていきます。チャイナコスト・チャイナスピード・チャイナスタイルといった中国流と、確かな品質力・技術力・ブランド力を誇る日本流を両立して、スピード感を持って今後も事業展開していきます。
<TALK 3 中国人の健康を面でカバー>
いい時に「種まき」をして、次の市場を自ら生み出す気概を。
パナソニックは2003年に中国のトイレ市場に進出しましたが、温水洗浄便座の当初の出荷数は年間1000台にも届きませんでした。かつてはどこも汚かった中国のトイレは沿岸部を中心に様変わり。2018年には出荷数が42万台まで増加しました。
中国は玄関の開施錠での指紋認証が一般化するなど、日常シーンでは日本を上回る部分すら出てきている。しかし、社会全体としては健康・養老などのインフラの整備が追いついておらず、健康重視のお客さまのニーズを私たちが補完しています。チャンスはまだまだあります。
販売の特殊性も見逃せません。私たちは年間販売量の半分を、11月11日に開催されるW11(ダブルイレブン)と呼ばれる秋のショッピングイベントで売り上げます。つまり、そこに合わせて製造や配達、設置の人員手配などの準備を進めていく必要がある。そもそも売り上げはネット通販が7割を占めるなど、販売戦略においても頭を切り替えていかなくてはなりません。
トワレ事業として中国に進出してから12年間育て、2015年にやっと花が開き始めました。しばらく芽が出なかった温水洗浄便座の躍進は、丁寧に育ててきた先輩たちの存在あってこそ。高価な健康一体机はまだ出荷台数は少ない現状ですが、いずれ一般家庭に普及する日のための「大切な種まき」です。
私たちは健康一体机の先にキッチンとの連携や食材配達への進出を、さらにはオンライン病院と連携して、データを生かしてより深く健康に貢献できればとも考えています。住宅設備事業を挙げて、中国人の健康に欠かせない存在をめざします。
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