もうひとつのノモの国、展示エリア「大地」を知る〜自然に自然を育てる技術「シアノバクテリア」編〜
パナソニックグループが大阪・関西万博に出展するパビリオン「ノモの国」において、子どもたちの内なる力を解き放つ “Unlockエリア”と対をなすのが、5つのユニークな技術展示を行う“大地エリア”です。ひとの営み、自然の営みが響き合い、それぞれが持つ360°の循環がめぐり合って生まれる「720°の循環」を表現することが、大地エリアのコンセプト。このシリーズでは大地エリアに登場する技術と、展示の実現に向けて奮闘する人々の想いを紹介します。
今回お話を聞いたのは、バクテリアの力で植物の成長を刺激する 「Novitek」を使って、会場で植物を育てるという展示に挑むチーム。農作物をターゲットに開発された「Novitek」の活用フィールドを広げ、万博を超えて、大阪の街づくりに生かせないか。そんな大きな問いを掲げていることが、このチームの特徴です。植物の育成や会場のランドスケープ設計を手がける緑向ガーデンの谷向さん、「Novitek」の生みの親であるパナソニック ホールディングス(株)GX本部の児島さん、プロジェクト全体のデザインを担当するマイケルさん。人の思い通りにはいかない植物を相手に悪戦苦闘しながらも、プロジェクトを心から楽しむ3人の想いに迫ります。
自然の成長を、あくまで自然に応援する。それが「Novitek」。
児島:私たち動物は食事などを通して生きていくための栄養を得ていますが、植物は自らの持つ葉緑体を使って光合成をし、成長するためのエネルギーを確保します。「Novitek」はこの光合成の過程を活性化させ、植物の成長を刺激する 技術。シアノバクテリアという微生物を「葉緑体のように」変えることで生み出された、生物由来の植物成長刺激剤です。
マイケル:この技術を知ったとき、「なんて素晴らしいんだ」と感じました。食糧難や地球環境問題を乗り越えるために、緑を増やさなきゃという話はあらゆる場所でされていること。とはいっても、限定的な環境下でのみ植物を増やしたり、お金やエネルギーを大量に使って緑化を進めたりしているようでは、全く意味がないですよね。一方で「Novitek」は植物に散布する、という手軽な方法で植物の成長を促せる上に、生物由来の成分で作られているという自然さがある。この技術をもっと広く活用し、もっと多くの人に知ってもらわないといけないと思ったんです。
児島:元々は露地やハウス の農作物向けに展開することを考えていた技術だったので、「Novitekを万博の展示に使おう」という話を聞いた時は、私自身びっくりしましたね。観葉植物や屋内でのポット栽培で活用できるのかな?という不安も大きかったです。
マイケル:「Novitek」は使いたい。でも可能だろうか。そんな疑問を解決するために、チームに招いたのが植物プロである緑向ガーデンの谷向さん。谷向さんが手がけられた電車を植物で彩る展示などを知っていて、「この人なら、緑がないところに緑を茂らせたい、という私たちのチャレンジをポジティブに捉えてくれそうだ」と思ってお声がけをしました。
谷向:元々万博関連のランドスケープに関わっていて、「ぜひこちらも」という話が来たことを嬉しく感じていました。一方で僕自身も「できるかな」とは思っていて。普段から造園家として展示などを手がけることは多いのですが、一般的な展示期間は1週間、長くて2週間程度です。万博は6ヶ月間も続くわけですから、その間植物を元気に保ち続けることが大きな課題になるなと、最初の段階から感じていました。
児島:谷向さんにジョインしていただいて、緑向ガーデンの力を借りた実験をスタートさせました。ポイントとなったのは、屋内且つポットで長期間植物を維持できるか、その環境下でも「Novitek」で成長を促せるかどうか、の2点。最近結果が出て、それを元に大地に展示する植物を選定中です。
谷向:実験を行ったことで、どの植物なら長期間元気でいてくれそうか、どれくらいの光を、どのくらいの高さから当てる必要があるか、などが見えてきました。まだ変更はあると思いますが、現時点ではトウモロコシやミニトマト、パプリカ、バナナといった野菜を栽培して、果実が収穫できるところまでを展示の一部にできればなと思っています。
イレギュラーなトラブルも含めて、このプロジェクトを楽しみたい。
児島:プロジェクトを通じて、本当にたくさんの刺激をもらっていて。農作物向けだった「Novitek」を観葉植物に使おうというプロジェクトの出発点がすでに、自分にはなかった視点なのでおもしろいですね。ほかにも、緑向ガーデンで植物を実際に育てたり、みんなでアイディアをぶつけあったり……。実験室でこつこつ研究を行う普段の業務とは、大きく異なる体験を楽しんでいます。谷向さんが実験のために用意してくれたこのスペース、すごくないですか?秘密基地みたいで、来るたびにワクワクするんですよ(笑)
谷向:僕自身、太陽の光の下で育てることを前提として植物を育ててきたので、人工照明の光量などを計測しながら植物を観察することが新鮮です。「この植物には〇〇ルクスは必要だな」とか、「人工の光だと、このくらいの距離で当てないとダメだな」とか。プロジェクトを通じて新たな勉強もさせてもらったし、知見が広がったなと感じています。
マイケル:地球環境関連の問題って、いくら大きな会社でも一社では解決できないところまできていますよね。だから、テクノロジーも人も外部とコラボさせていく。このスタンスはある種パナソニックにとっても使命になってきているというか。今後どんどん当たり前にしていくべきことなんだろうなと思っています。
児島:たぶん私たちの展示は、会場に植物を運び込んでからが本番で。光にしても温度にしても、想定外なことは起きると思っているんです。でもそれも植物を相手にするからこそのおもしろさだと捉えて、このチームで乗り越えていくしかないなと思っています。
谷向:植物も個体差がありますしね。実験でうまくいったことが、うまくいかないということはあるだろうなと思います。でもやるからにはやっぱり、子どもたちが「この植物なんだろう?」「へー、こんな名前なんだ」「この形、かっこいい!」と、ワクワクしたり、おもしろがったりできるようなものにしたいですね。
マイケル:今の子どもたちって、トマトをトマトとしてしか知らなかったりするでしょう?果実としてしか知らなかったものが、実際に枝について育っている様子を見ると、すごく心に残るはず。まだどうなるかは分からないけど、植物にさわれたり、ちょっと虫がいたり。できるだけ自然な形で、緑とふれあえる場所にできたらいいなと思いますよね。
「Novitek」が、街や暮らしのなかに解き放たれた未来を見据えて。
マイケル:私は大地の会場で、緑が生い茂った様子を子どもたちに見てもらって「私の街もこんな風になったらいいな」「こんな街を、自分たちでつくっていきたい」と、思ってもらいたいんですよ。万博での展示はあくまで通過点。より自然で豊かな街、暮らしをみんなでつくっていこう、という気持ちを広げることを最終目標としたいです。
児島:「Novitek」が農作物だけじゃなく、観葉植物などの非食用植物にも効果を発揮すると証明できれば、いろんな場面に可能性が広がると思っています。マイケルさんがおっしゃったような街づくりのための緑もそうだし、燃料のために作られる植物の成長を助けるとか……。いろんな文脈で、社会に貢献していける予感がするんですよね。
マイケル:都市の環境って、どんどん過酷になってきているじゃないですか。夏は暑く冬は寒いし、天候も以前とは変わってきている。そういう過酷な環境でも「Novitek」のおかげで植物が育つぞ、となればこれは単なる緑化を超えた、グリーンインフラの創出にもつながっていくと思うんですよ。
谷向:僕は2年前までアフリカに住んでいたので、世界の食糧危機を身近で体感していて。「Novitek」の活用フィールドが広がって、その存在が多くの人に知られた暁には、海外からの需要が高まるんじゃないかと感じています。万博を皮切りに「Novitek」が日本社会に広がって、ゆくゆくは海外へ。そんな流れが生まれればいいなと思いますね。
マイケル:そのためにも、まずは万博に集中ですね。みんなでできるかぎり会場に通って、お世話をがんばらないと(笑)。その大変ささえも、楽しんでいけたらと思います。