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心を伝える、新しい体験価値を。〜人体通信婚活システムHiT〜

社会課題を解決し、世の中に新しい価値を生み出していくために。パナソニックは技術革新だけでなく、これまでにないソリューションやサービスの開発に挑み続けています。
今回は、まったく新しいコミュニケーションサービスを実現した「人体通信婚活システムHiT」の開発チームにインタビューしました。
※所属・内容等は取材当時のものです。

触れ合うだけで思いが伝わる、独自の人体通信HiTは新しいコミュニケーションサービスです。握手をすることで、腕に装着した人体通信デバイスがデータ通信を実行。サーバ上にあるプロフィールや、出会ってすぐには聞き出しにくい本音をタブレットに表示して、コミュニケーションを円滑にします。日本最大級の結婚相談所を運営するツヴァイ社さまに採用され、高いカップル成約率(通常イベントの2倍)を実現しました。

<TALK 1 BtoCがフィット>
どんどんキャッチに、直感的に進化、体験したくなる「人・体・通・信」。

左から、熊原 稔(企画開発)、富田 満(機構設計)、田中 健太(ソフト開発)、清水 直行(システム開発)、南山 征慶(回路設計)

秘めた可能性、動きだしたら猛スピード。

ー人体通信の技術はどのように開発が進められましたか?

熊原さん:
この技術は歴史が意外とあって、2000年代前半に当時の松下電工(現 ライフソリューションズ社)で始められました。めざしたのは、住宅や車載といったBtoB領域への導入です。触れることによって情報が伝わる、実感のあるユニークな通信手段ということで、当時から話題性がありましたが、どんなシーンで利用するのか、マネタイズをどうするのか?という事業化の面では苦労をしてきました。

南山さん:
人体通信には複数の方法がありますが、パナソニックが進めていたのは電界方式です。人体の周囲に微弱な電界を発生させ、それを媒介にしてデータ通信を行います。外的要因の影響を受けやすく、安定した通信の確保が難しいという一面もあり、どんな環境でも安定した通信性能を求められるBtoB用途においては、要求レベルが非常に高いと感じました。

富田さん:
潮目が変わったのが2015年頃です。ぱっと見で分かりやすく受けがいいと、イベントなどで引っ張りだこになり始めました。BtoBからBtoC用途へ徐々にシフト。約3カ月に1度、熊原さんが「ちゃちゃっとお願い!」と事もなげに特急の筐体設計依頼を出すのが日常に(笑)。求められるレベルもシビアで、短期間に集中して120%の力で挑んでいました。

「何度も自己PRするのが苦痛」という悩みは婚活現場では大きな課題になっており、触れ合うだけでデータ通信を行うHiTへの引き合いは多い。

田中さん:
私はファームウェア開発に携わっていますが、新卒入社後すぐにこのプロジェクトに加わったので他の環境は分からないままに、完成したと思ったらすぐに次がやってきて、毎回企画の方向性が変わる、それについていくだけで精いっぱいでした。ただ、この経験が、自信になったのは間違いありません。

清水さん:
最初につくったものは、特急というオーダーだったので3日で形にしました。ハードでしたが、新規ビジネスの創出をしたくてメカトロに来たのでとても面白かった。私は別のプロジェクト担当でしたが、他のメンバー含めプロジェクト間のリソース共有に対しては柔軟で、サイクルを回すために誰もがスピード感と緊張感を持って臨んでいました。

HiTでは金属パーツを使用した試作も行ったが、通信特性への影響が大きかったため、最終的に全てのパーツを樹脂で構成した。

技術の本質を見つめ、新領域でチャレンジする。

ー婚活システムの前にPoC(Proof of Concept)※を行ったアイドル握手会は、どういった経緯で始まったのでしょうか?

※ 概念実証を意味し、新たな概念やアイディアの実現可能性を示すために、簡単かつ不完全な実現化を行うこと。

熊原さん:
2016年のCEATECでヒトとヒト、ヒトとモノのコンセプトで出展したのが始まりでした。その後も北米のSXSWへの参加、シリコンバレーでのニーズ調査などを通じ、手間なく直感的なタッチで認証できることを特徴に、ID認証機能付き電動ドリルや、体験型イベントHug Battleの実施など、実績を積み重ねました。分かってきたのは、人体通信は「実感のある体験価値向上」ができるデバイスであり、「人間関係の定量化」に長けていることです。

人との交流がビジネスになる事業分野はどこか?と考えた末に行きついたのがエンターテインメント分野。その中で、事業ポテンシャルが高く、成長市場であるアイドル業界へ着目しました。アイドル握手会で人体通信技術を使い、より早くファンとアイドルとの交流が深まれば、新しいビジネスチャンスを生み出すことができると仮説を立てました。そして、チャンスがあるなら「すぐに試作してお客さまにテスト利用いただく」が私たちのスタンス。

南山さん:
握手会で使うため、装着がしやすいサイズ感が必須の要求仕様でした。ただでさえ通信がセンシティブな上に、小型化による性能の低下の影響も受けました。その中で、設計を見直しながら通信性能を上げ、ユーザービリティーを改善し、さらに小型化を実現する設計が一番の難所でした。最終的には、当初の4分の1のサイズまで小型化することができました。

熊原さん:
賛同してくれるパートナー、想いを実現する開発チームがあり、当時、実証しないという理由はありませんでしたファン一人ひとりが届けたいメッセージを瞬時に受け取るので、アイドルのレスポンスが変わるはずだ。求める答えが聞けたファンは、よりアイドルに夢中になる。ひいては、コストダウンや物販のセールス向上につながるのではと(笑)。

南山さん:
研究開発部門のR&Dでは技術を突き詰める方に頭がいきがちですが、ユーザーがどのように使うのかに思いを巡らせ、技術の出口を意識する事が重要だと思いました。

富田さん:
実際にBtoCの用途に変わっていく中で機構設計の意味も少しずつ変わり、婚活用のデバイス開発が始まった時は、さらに「かっこよく」と追加されました。BtoBではデザインを意識したことがなかった。毎回新しい挑戦ができて勉強になりました。

熊原さん:
かつてはモノの性能を上げさえすればという風潮でしたが、今はデザイン思考全盛の時代です。モノそのものではなく、そのモノを利用して顧客がどう悩みを解決するのか?ヒトとヒトの交流を促進する商品設計こそが人体通信技術の価値を生むと分かりました。イベント出展は大変でしたが、次の展開につながるいいチャレンジでした。

<TALK 2 サービス事業の勘所>
ソフトな握手で心の本音を通わせる。寄り添うべきは、ハートの内側。

左から、三浦 翔大(機構設計)、石田 琢磨(回路設計)、栗秋 智成(要素技術)、武田 将史(回路設計)

ほほ笑みあう2人、HiTが役に立っている。

ーHiTの開発はどのように進められましたか?

栗秋さん:
開発にあたって全員が婚活の場に行きましたが、開発の視点を大きく改めさせられました。BtoBでは信頼性が一番の課題ですが、BtoCはまるで違います。例えば、女性のなかには、時計をゆるく着ける人がいたり、服の上から時計をする人もいる。実証実験中に通信がうまくいかないことがありましたが、開発陣は全員男性で誰もそんなこと想定してなかった(笑)。

石田さん:
通信がうまくいかなければ、もちろん製品としては問題ですが、サービスは違った見方ができる。HiTは触れ合うことから始まります。このスキンシップが相手に安心感を与え、図らずもカップル成約率を高める要因になっていました。うまくタブレットに情報が表示されなくても、触れ合う時間が安心につながり、婚活にはむしろプラスになる場合もある。万一不良が発生しても、サービス運用の設計次第でマイナスにならないと分かったのは驚きでした。

「リベット総選挙」のために準備されたパーツの数々。ラピッドプロトタイピングに3Dプリンターは欠かせないとメンバーは口をそろえる。

三浦さん:
開発当初、私は「握手をして会話するだけのシステム」の存在意義がいまひとつ理解できませんでした。でも、婚活現場で「初対面の相手と会話を続ける難しさ」を実感しました。

武田さん:
ユーザーの立場を体験すればおのずと分かります。タブレットにはお互いの情報以外にコミュニケーション促進の質問項目が表示されるのですが、これは現場からも多くのヒントを得ました。

栗秋さん:
最初は握手をためらいがちな人でも、HiTの助けによってだんだんスムーズにやりとりできるようになる。その姿はうれしかったですね。誰かの役に立っている、この満足感は実験室では決して得られないものでした。

ユーザーが求める機能、サービスの品質を追求。

ー事業化においてのハードルはありましたか?

栗秋さん:
私は通信の特性改善を担当しているので、握手に注目しました。手の角度や握り方も十人十色。手のひら全体でしっかりと握手する人もいれば、指の先だけで握手する人もいます。こうした微妙な違いに加えて、天候や環境、性差が通信特性に影響を与える可能性を含め検討しました。

石田さん:
私たちが担当するアンテナ設計は難しいのですが、他社との技術的な差別要素はさほどありません。だから、技術が熟すまで待つと他社にポジションを奪われる可能性もあります。大切なのは、小規模でいいから、早く価値提供することです。参入障壁を築いて、ブランドを確立させることが先決。

三浦さん:
満足な性能のデバイスに仕上がってきたと感じていた頃、クライアントからどうも煮え切らない反応が。詳しく聞くと「ベルトが装着しにくい」と言うのです。こうした、細かな部分はお客さまからの指摘がなければ見逃してしまいます。

石田さん:
人体通信はまだ発展途上の技術なので、HiTのものづくりでは無理をせず、仕組みでカバーする方向にシフトしました。製造は社外EMS企業※に、運営はパートナー会社にお願いし、私たちは知財とシステムの開発、お客さまとの調整に力を注ぐことができた。工場は製造品質を第一とする場合が多いはずで、「ユーザーが求める機能と品質」にフォーカスしたHiTは珍しいケースだと思います。この方向にシフトしたからこそ早期リリースにつながりました。
※電子機器の製造を一括受託するサービス。HiTでは日本のEMSに製造を委託している

三浦さん:
ベルトの装着のしにくさの件も、性能に影響しない問題でしたが、設計変更をする中でリベット(突起)が原因とわかりました。20種類以上のパーツを設計し、チーム内で「リベット総選挙」を行いました。突起の形状を変えたり、サイズをコンマ単位でそろえたり。外に試作依頼すると1週間かかりますが、3Dプリンターで自分たちがつくれば半日です。クライアントから「実は、リベットの装着感が最大の導入ハードルだった」と後日談がありました。内輪だけで考えては、世に受け入れられるサービスはつくれないと、つくづく感じました。

武田さん:
婚活にユーザーが求めるものは、会話促進と価値観の深掘りでした。人体通信の本質に立ち返り、そこに付加価値を生み出したのがHiTです。まず婚活の当たり前に。さらに、人体通信を生活の当たり前に広げるために、エンドユーザーを知ることはこれからも欠かせません。

<TALK 3 まずは一歩、次の一歩へ>
ホームラン級イノベーションは「ヒット」の先に待っている。

山田 亮(プロジェクトマネージャー)

HiTの効果を実感したのは、2年間カップル未成約の女性が無事に結ばれた瞬間です。今まで言い出すことをためらっていた自分の趣味をHiTが代弁して、そこに共感した男性と意気投合したのです。この時のイベントはカップル成約率100%を記録しましたが、それ以上にこの成約には勇気づけられました。本音が伝えられない、知りたいユーザーの光になると。

私はレノボやマイクロソフトを経て、2018年4月にパナソニックに入社しました。ミッションは2つ、1年で人体通信の事業化めどを立てる。もうひとつは、水平分業によるオープンイノベーションの成功例をつくること。まず取り組んだのは研究費の削減です。比例して売り上げの期待が減り、小さな規模でスタートできる環境を整えました。同時に、外部パートナーと業務提携しパナソニックはライセンサーとなる意思決定を行いました。結果としてチームはより開発と技術を高めることに専念できたと確信しております。

パナソニックの技術レベルは言うまでもありませんが、「サービス」として捉えると力の入れどころや考え方が異なります。そこで、海外からリーンスタートアップに特化した講師を招くなどチームのマインドセットを高めるさまざまな取り組みを実施。従来の「モノ」づくりに、顧客の体験価値を変えるという意味を加える、つまり「コト」づくりを成し遂げることができました。

ブランド名に思いを込めたように、ホームラン級のイノベーションは「ヒット」の積み重ねの先に待っていると思います。人体通信が理想とするのは触れ合うことで分かり合える映画「E.T.」の世界です。次なる「ヒット」を探り、一歩ずつ理想に近づいていきたいです。

◆パナソニックグループ採用サイト

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