Web3とブロックチェーンの生かし方[Proof of Concept:共感のコミュニティ]
次代のインターネットとして注目されているWeb3。その基盤となるブロックチェーン*に、デザイナーとしてどう向き合い、どう生かすべきか――。Panasonic Design NYの今枝侑哉は2021年にリサーチを始め、現地からレポートを発信してきました。
注目したのは「個の力で生まれる、新たなコミュニティ」。くらし領域にフォーカスするパナソニックにとって、ブロックチェーンの活用がこれから一つの軸になると仮説を描きました。
共にリサーチを行ったのは、日米に拠点を構えるWeb3スタートアップ、株式会社Final Aimです。アメリカの本社、日本支社を行き来する横井康秀さん(同社、共同創業者兼取締役Chief Design Officer)は今枝とのリサーチを経て、FUTURE LIFE FACTORY(FLF)の小川 慧と共に日本での実証実験「RMP Project」をけん引しました。
仮説を立てた今枝、そのコンセプトを継ぐ形で2023年3月の実証実験に臨んだ小川。キーマンとなった横井さんとともに、三者で「パナソニック×ブロックチェーンの未来」を語り合いました。
(以下、敬称略。所属は取材日:3月31日時点)
Web3の加速、中央集権から自律分散へ
――まず、直近のWeb3の動向を教えてください。
横井:ブロックチェーンの要諦となる暗号学の技術は、基礎研究レベルで1980年代には存在していました。それが2008年のビットコインの発明に始まり、さらにこの1~2年ほど前からWeb3という概念が活発になり、今や世界的なトレンドです。
先行するのはアメリカで、中心地には投資マネーが入ってイノベーティブなユースケースが生まれています。FinTech(Finance+Technology)と称される金融系と、それにひもづく形でゲームやコンテンツ制作の業界が続き、数多くの事例が生まれています。
こうした大きなテクノロジーの潮流に見られる特徴は、デザインや製造業のような物理層への展開が遅いということ。ただし、いずれWeb3はデザイン、製造業、モノづくりの領域に及ぶでしょうし、3Dデータや図面などの受発注でクラウドが主流になったように、Web3を気にもせず、当たり前に使う時代がやってくると私は考えています。
今枝:Web3が次のインターネットになるという空気感はこの1~2年で高まり、いろいろな実証実験が行われ、コミュニティも生まれました。
大きくはGAFAMのようなプラットフォーム型ビジネスの中央集権型から、プラットフォームを介さず個々人が直接やり取りできる自律分散型の仕組みになるというのが、広くWeb3について言われている変化です。
つまり、個人が強くなる社会動向がWeb3の特徴です。
横井:この業界を取り巻く規制も、日々変化しています。アメリカではつい最近の2022年頃までは厳しい規制をかけず、ユースケースをつくってきました。特にFinTechでさまざまな金融商品や取引所が生まれ、NFTアート*などのユースケースが出てきたのがここ2年の動き。しかし、最近になってアメリカは一気に規制を強めています。
それは、暗号資産(仮想通貨)大手取引所FTXが破産し、一部の暗号資産のステーブルコインが実は全くステーブル(安定)でなかったためです。
一方、日本政府は2014年に起きた大量のビットコインの不正流出、マウントゴックス事件を経て、規制を厳しくしてきました。今は逆にその規制を見直し、大臣官房Web3.0政策推進室を設置したり、また国全体としてもスタートアップとの連携も重視し、投資額を2027年度までに10兆円規模に引き上げる「スタートアップ育成5か年計画」を発表しています。
今、この瞬間の最大風速では、日本の方がWeb3の事業をやりやすい状態ともいえます。私たちは日米の双方を見ながら、変化に対応しています。
――ニューヨーク拠点で、Web3のリサーチを始めたきっかけは。
今枝:特にくらし領域にフォーカスするパナソニックのデザイナーとして私は、将来的なくらし・ライフスタイル領域で、プラットフォーム型から個人に力が渡る、その技術的な肝になるのがブロックチェーン、Web3だと仮説を立てました。そこで先進事例を北米でつかむため、横井さんに声を掛けてリサーチを進めました。
横井:ちょうど私もアメリカ拠点を立ち上げたタイミングでした。今枝さんのいるニューヨークで、世界最大のNFT関連のイベント「NFTニューヨーク」が開催されていたので、まずはそこを訪れて、現場のグルーヴ感を共有しました。
このイベントは各種のメディアで報じられますが、展示会スタッフのアクション、来訪者の生の声を捉えられるのは現地に行ってこそ。ラグジュアリーブランドから、システム系ブランドまでがNFTに興味を持っている、これだけ多くの人がWeb3の世界にいるのかと肌で感じました。
小川:その時期、私はまだ日本でNFTなどの話を耳にしていた程度。ただし、今枝さんがデザイナーの視点でWeb3についてのレポートを社内に共有してくれたことで、身近な話だと気付きました。
新しいコミュニティ関連の動向を知り、ブロックチェーンを使った事例も生まれているのかと。最先端の動きは激しく、半月で新しい情報が更新されていくようなスピードを感じます。
今枝:私がニューヨークで拠点としているコワーキングオフィスにもNFTやブロックチェーン関連のラボがいくつか入っていて、インターネット関連の優秀な人材がWeb3スタートアップに流れているトレンドを実感しています。
新技術から生まれる、新しいデジタルコミュニティ
――デザイナーの視点から、Web3の先進事例を教えてください。
今枝:リサーチをする中で、企業と人とのつながり方、コミュニティを新しく設計するサービス事例に出会いました。例えば、北米発のコーヒーチェーンやスポーツブランド、北欧のオーディオブランドが、Web3やブロックチェーンを使ってユーザーとつながる次世代型のコミュニティのサービスを実証実験しています。
ブロックチェーンを活用し、デジタルコミュニティのベータ版で、人と人との共感を検証している段階。リサーチを経て、パナソニックでこの技術を活用するには、どこにフォーカスすべきかを絞っていきました。
横井:クリエイティブの領域で分かりやすい例が、クラウドファンディングの新しい形として使われるトークンです。
証しとしてデジタル上のトークンで出資し、クリエイターの作品をもらう。ここで注目すべきは、個人のエンパワーメント、個人を動機付けるためにWeb3が使われているところ。作品をつくる人を集め、共感する場をつくる、その基盤にブロックチェーン技術がある。つまり、Web3は一つのトリガーです。
今枝:そう、Web3は革新的な技術の一つに過ぎません。それをデザイナーの視点を生かしてどう活用するかが重要で、アイデアの見せ所。
Web3を前提にサービスを考えるのではなく、この技術を活用してどう本質的な価値を示せるか。価値の方から生み出していく順序で考えています。横井さんはその軸が同じで、今回のコラボレーションは相性が良かったのだと思います。
横井:Web3で全てを解決する、そういう考え方に私は固執しないスタンスなので。技術を生かして価値を生むことが、サステナブルなメッセージになると思っています。
小川:私は今枝さんのレポートで2人のデザイナー視点のコメントを見ていたおかげで、早い段階から「Web3の使い方とはどうあるべきか」と考え、そのプロトタイプに着手できました。
今枝:当初はリサーチと仮説を日本にリレーする構想はなかったのですが、うまくFLFが具体的なプロジェクトとして実装してくれました。
FLFの魅力は、仮に価値が不確定であってもアジャイルに動いて検証していくこと。この力強さで、実証実験に至ったことがうれしいし、価値があると思っています。
小川:RMP Projectのコンセプトを自分は正しいと思っていても、世の中がどうなのかは正直分からない。実際やってみないと分からないところが多いですね。
――RMP ProjectとWeb3がつながったきっかけは。
小川:今枝さんに横井さんを紹介してもらい「Web3=自律分散型、個の力」と聞いて、これは今回のプロジェクトの推進力になる、フィットすると直感しました。
私たちがRMP Projectでテーマとしたのは「個を見よう」ということ。メイド・イン・ジャパンのような大きなくくりではなく、本当に大事なのはメイド・バイで、生産者一人一人がどういう思いでつくっているか。生産者と購買者の「共感」がポイントでした。
横井:最初にRMP Projectのコンセプトを小川さんから聞いたとき、そこにWeb3が合致するかは別として、シンプルに応援したいと思いました。メーカーらしい発想だけれども、メーカーに染まりすぎていたらこの発想は出てこない、ちょうど中間地点というか、面白いスイートスポットを示しているなと感じたんです。
ファンコミュニティにまつわるブロックチェーンの事例は、ここ半年で数々見てきました。また、サプライチェーンのユースケースで地道にブロックチェーンの技術開発は続いています。この二つをミックスケースにして、生産者と購買者が共感で結びつく。ここがRMP Projectの新しさですね。
一次請けや二次請け、一つの工場でも染めや縫製、糸を紡ぐ職人、パタンナー、企画の担当者、デザイナーとさまざまな人がプロダクトに関わっています。クリエイターと購入者が1対1でつながるNFTアートとは異なる文脈で、ブロックチェーンで共感を呼ぶ、かつてない事例です。
今枝:共感というキーワードは、私もしっくりきました。ブロックチェーンを用いた次世代のコミュニティのリサーチでも、今までは企業や人を応援するときにクラウドファンディングのお金やモノを差し入れるなど、思いの伝え方が限定されていました。生産者を応援する幅が広がる、RMP Projectのブロックチェーンに一つの可能性を感じます。
ブロックチェーンで「共感」を掘り起こす
――今回のプロジェクトで生かされている、ブロックチェーンの良さとは。
横井:Web3、ブロックチェーンの便益は、見逃されている価値の掘り起こしです。今までは大量生産で見過ごされてきた個人の思い「この職人さんが好き」「このフィット感が好き」。それを記録し、つないだのが小川さん主導のRMP Projectです。
これはブロックチェーンの本来の使い方だと、改めて私も刺激を受けました。生産者からの情報発信で考えると、具体的にどういった情報をパブリックのブロックチェーンに乗せれば、買い手に共感してもらい、なおかつ商品の魅力が高まるのかと。
小川:そもそも、大量生産のモノの中に、個の思いを見ることはとても難しい。しかし、その個の想いが購買のきっかけとして響く人がいるはず。そして、実現できれば生産者も報われるはず。横井さんとのディスカッションで、ここが浮き彫りになってきました。
横井:共感できる情報は、年齢や国籍など無機質なものではなく、人柄やどんな食べ物が好きか、どんな音楽を聴きながら縫製をしているか、憧れの人は、将来の夢は……と、一般的な人材情報では上がらない項目ばかりです。
また、ブロックチェーンの情報には誰もが見られる透明性があり、それは永続的に残る、改ざんできない情報です。つまり、それだけ情報をアップする前は慎重になるし、気軽にあげられないのがWeb3の面白さであり、醍醐味です。
注目されている業界ですから、あら探しをする人もいますし、勢いでローンチして炎上しているプロジェクトも私はたくさん知っています。今回の実装にはテスト環境のパブリック・ブロックチェーンを用いましたが、テストと言ってもその重さは同じ。小川さんも私も、最後のすり合わせをし、いざ書き込む前に「本当にこれでいいか、書き込んだら変えられない」と、めちゃくちゃ慎重になりましたよね(笑)。
――RMP Projectで、期間限定のポップアップストアを実施した理由は。
小川:期間限定ですが、実際にリアル店舗で販売した理由は、クリエイティブに関心の高い人ばかりでなく、一般の人にもWeb3に触れてもらい、肌で感じてほしかったから。ですから、生産者の情報も誰もが接しやすい項目にフォーカスしました。
実際に、1人の生産者があるアイドル事務所の熱心なファンだと書き込み、ポップアップストアでそれを見た高校生や大学生が「私もそう!共感するし、買いたくなる」と言ってハートのシールを貼ってくれたりしたんです。
人を見てモノを買う、こうした服の選び方が起こりうる、そういうコミュニティを創造できるという仮説が、しっかり証明できたと思います。
横井:私が驚いたのは、約1万円のシャツが数枚でなく、まとまった量で売れたこと。今回のシャツを仕立てた「SOLIT!」のブランド力ももちろんですが、それだけのペイメント(支払い)があったのは、重要なファクターです。
小川:しっかり数を売ることには、こだわりを持っていました。生産者の費用感も考慮しながら、このシャツにまつわる情報と価値を届けたかった。SOLIT!ブランドのオーダーメードシャツと同じぐらいの価値を今回は提供できたし、購入者に体感してもらえたと思います。
今枝:何かの展示をすると、興味がある人は「イイネ」とは言ってくれます。ただし、そこに「お金を払う」が乗った瞬間に別次元になります。売れた数はプロジェクトに共感し自分のお金を払った方の数。これは実証実験の誇らしい結果で、プロジェクトで起こった共感を示しているのではないでしょうか。
改ざんできない情報で「人の思い」を紡ぐ
――パブリック・ブロックチェーンの魅力はどのようなところですか。
横井:仮にFinal Aimがなくなっても、パナソニックがなくなっても、ブロックチェーンによって刻まれた証しは永遠に残り続けます。しかも、それを誰も改ざんできない。
例えば、今回協力してくださった職人の方が10年後に「昔、パナソニックが実験的なプロジェクトをして、私はそこに染めの職人として参加したんだよ」と、誰かに見せることができるわけです。これがどこかのSNSだと、プラットフォームがなくなれば、デジタル上のやり取りやそこに生まれた絆も含めて全て消えてしまいます。
小川:その意味で、Web3はユーザーと企業の共通言語になりえると思います。何が本当か、何がうそかが分かりにくい世の中ですが、掲載した情報やインタビューの内容が本当なのだと、購入者が読み取ることができます。
パブリック・ブロックチェーンを使えば、安心できる証し、ファクトを提示することができます。
横井:例えば、シャツというモノからその後を考えても面白いですよね。3年後もきっと購入者のクローゼットにあって、明確に購入体験も覚えている。仮にシャツが転売されても情報はそのままで、普通の白いシャツにないバリューがあります。また、着続けられたシャツはやがて廃棄されるのが通常の消費ですが、もしかすると思いが乗っているので廃棄しづらいかもしれません。
今回の実証実験で要件とはしなかったものの、おそらく隠れた効果として、サステナブルな施策の可能性を秘めています。
今枝:モノを売ったRMP Projectは、あるスポーツシューズブランドの事例に近しいと思います。スニーカーの素材の産地はどこか、どういう生産者がつくり、どのくらいの環境負荷かといった情報をブロックチェーンに乗せ、事実関係が得られるものです。
RMP Projectは、さらに人の感情や趣味などで生産者に迫り、ブロックチェーンで情報を丁寧に紡いだと私は捉えています。いわば、生産者を友達や知人のように身近に思えるつながり。私が知る限り、このような事例は初めてではないかと思います。
小川:多くの企業がトレーサビリティを重要視していますが、生産国や生産地だけを表示されることに疑問を感じていました。消費者の中はそういった情報よりも、どういう人が、どういう思いで働き、どんなこだわりでつくっているか、そこに価値を置く人もいるのではないでしょうか。
その意味で、一歩先をいく提案ができたと思っています。横井さん自身もデザイナーなので、ユーザー視点に立って、ともにアイデアをブラッシュアップできました。
横井:パナソニックとブロックチェーンは、実は相性が良いと思います。ブロックチェーンの技術開発の一部は、緻密なモノづくりに似た上流から下流へのウォーターフォール型も必要となります。
イベントを一つ一つ設計し、検証会やデザインレビューを重ねた上で、ブロックチェーン上にプログラムのコードを上げていきます。慎重を期すのは、もしも一つでもバグがあると、永遠にハッキングされ続け、取り返しがつかないからです。
――最後に、今後に向けてそれぞれの思いを聞かせてください。
小川:このプロジェクトで示したかったのは、新しいコミュニケーションの形です。生産者と購入者がうまくつながっていない部分を、ファクトの証し、共感しあえる情報で補えば、きっとミスコミュニケーションはなくなるはずです。
これから、よりよい時代をつくるために必要なのは、購入者と生産者(企業)のWin-Winの関係。真面目に働いている人、頑張っている人にフォーカスし、買う側はそれを正しく評価して支援する。このつながりがメーカーにも購入者にも大事になってくるのではないかと思います。
今枝:注目の先端技術といえば、2023年の初めはChatGPTが盛り上がり、その前はWeb3、今やメタバースは少し落ち着いてと、めまぐるしく変わっています。未来構想をするデザイナーの立場で、私はそうしたワードを表層的な流行と捉えず、新しい技術の活用=本質的な価値を生み出す軸になるという意識が重要だと思っています。
中央集権のプラットフォームから、個の力が強くなる自律分散へ、本質的なWeb3の可能性に対して、ライフスタイルの文脈でパナソニックとしてどんな価値を提案できるか。Web3を定点的に見ながら、未来探索をしていきます。
横井:Final Aimが目指すのは、デザインとモノづくりを軸にした課題解決です。数年後にWeb3という言葉は、流行ではなくなっているでしょう。だとしても、クラウドのように、ブロックチェーン、スマートコントラクト、トークンは日々の写真共有から社会的な基盤まで含めて、皆さんが無意識に使うようになっていく。
ぜひ、今回のプロジェクトをステップに、中長期的な視点でパナソニックさんに取り組んでいただければと願っています。私たちスタートアップによる技術的な進化、情報の流れや開発スピードと、中長期の視点をうまくミックスできればと思います。
執筆:畠中博文 写真(対談):吉間完次
(ポップアップイベント・今枝写真は全てパナソニック)