PiiMoがめざす自律移動の一歩先、人に寄り添う「移動」の未来〜PiiMo開発プロジェクトチーム インタビュー〜
顧客共創で高いユーザビリティを実現したロボティックモビリティの開発・事業化
自動的に目的地に向けて動いてくれる、自律移動技術にもさまざまな使い方があることをみなさんはご存じですか? Piimo※の開発プロジェクトは、次世代型電動車いす「WHILL」をベースに、自律移動技術と自動停止機能を付加したサービスを生み出そうと始まりました。
しかし、プロトタイプを携えて伺った現場では想定とは異なる使い方の連続。チームはあらゆる設計を見直さざるを得ませんでした。解決すべき課題の本質はどこにあるのか。机上の計算から離れて、アジャイルに「本当に使いやすい」を追求し、ついに誕生したのがPiiMo。今回はその開発プロジェクトチームに話を聞きました。
※ PiiMo(ピーモ) WHILL(ウィル)社の電動車いすをベースとし、パナソニックが独自に開発したセンシング技術や制御技術を搭載した次世代パーソナルモビリティ
プロフィール
重兼 聡夫
パナソニック プロダクションエンジニアリング株式会社 新規事業センター
廣瀬 元紀
パナソニック プロダクションエンジニアリング株式会社 新規事業センター
永田 貴之
パナソニック プロダクションエンジニアリング株式会社 新規事業センター
PROBLEM:移動不自由者の急増に伴い、空港における移動支援が課題に
移動に不自由を感じる高齢者が増え続け、国内で1,000万人に上るとも言われています。中でもいち早く問題が顕在化したのが、移動支援を義務付ける法令の対象となった空港です。飛行機1便につき30~60人の移動不自由者が搭乗されており、車いす1台に職員ひとりがアテンドするという状況に。多くの人手を割かざるを得ないため、その対策が課題になっていました。
移動支援を義務化する流れは世界的な潮流で、各国の空港で2010年代半ばから解決策を探る動きが本格化しています。現場を適切にサポートしてくれる製品の開発を、航空業界は切望していました。
INTERVIEW:「メインターゲット」はスマホに慣れていない?
ー車いすが自動で人を運ぶモビリティ、その開発はいつから始められたのですか?
重兼:プロジェクトが始まったのは2015年。「最速の商品化」を目標に掲げ、WHILL社の車いす本体を生かした移動サービスが開発テーマでした。従来多くの手を取られている移動介助をロボティックモビリティが受け持てば、空港スタッフはもっと時間を有効に使えるのでは。そうした仮説のもと、得意とする自律移動技術に関連する機能や部品を車いすに組み入れ、スマートフォンのアプリで制御するしくみを考え、国内外にアプローチを始めました。
廣瀬:クライアントに売り込みをかける中で分かったのは、「自律移動そのもの以外の技術手段でも、お客さまのお困りごとを解決できる余地がある」という事実でした。自律移動の導入により空港スタッフの負担を軽減できる可能性を確かに実感しましたが、予め設定したエリア・走行ルートにしたがって走行する自律移動技術を、柔軟性の必要な移動支援サービスに継続して使っていけるかはまだ検証が必要な状況でした。
その一方で、先頭機体は人操作であっても、後続機体を先頭機体に追従させる部分的な自律移動機能であれば、ひとりのスタッフで複数人の移動介助を負担少なくサポートでき、柔軟な環境変化にも対応しやすいため、早期導入が可能だと実感しました。そこで、自動停止機能と自律移動技術ありきの開発を2018年に方針転換。空港スタッフが先頭の1台を操作して移動不自由者の隊列を導く追従走行技術の深化にシフトしました。私が電気制御担当としてプロジェクトに参加したのも、このタイミングです。
ー競合と比べて、どのような評価でしたか?
廣瀬:追従走行するモビリティの開発は、数社先行するパイオニアがいました。ある時、彼らと性能を比較される場面があり、私たちは自信満々で試作機を送り出しました。特に追従性や安全性、走行安定性など性能面で絶対の自信がある。誰もがそう考えていましたが結果は散々でした。
というのも、モビリティを操作して移動不自由者のみなさんを誘導する担当者は、年配の方が大半。私たちは安全性を重視して厳密なアプリ操作などでミスが起きない設計にしていましたが、担当者の中にはスマホを触ったことがない人も少なくなく、「細かい操作が分からない」「ボタンが小さくてタッチできない」などの声が続出したのです。「考え抜いたマニュアル、その通りにやってくれば絶対に大丈夫」と思っていた私たちは、自分たちの驕りに気づかされました。
ー新しい気づきを得て、開発はどうなりましたか?
廣瀬:「どんな人でも使いやすいユーザビリティを」と、最重要の開発方針がはっきりしました。そのためにはPoC(概念実証)を受け入れてもらい、さらなる声を集める必要性があります。それも1日程度の短期PoCではなく、例えば1カ月以上の長期間PoCを行い、我々技術者から手離した状態でお客さまだけで使っていただく機会をつくることで、まさに「お客さまと一緒になってユーザビリティを高める活動」が必要と感じました。
そこで、それまでに得た現場の声をもとに急ピッチで、お客さま環境で長期間PoC可能な品質や安全性を担保した商品化レベルの機体開発を進めました。ベースとなるWHILLの座面やフレーム、特徴的な前輪の動きなどはそのまま利用しますが、その他の設計は一から見直し。最優先は安全性の確保ですが、ロットが少ないのでコスト感覚も大切です。専用基板は必要最低限として、市販品をうまく使いこなすカスタマイズが求められました。
例えば、安全性を高めるために安全保証されたセンサーを使えば、安全性は簡単に確保できます。しかし、コスト面が合わない。私たちは現場を見てリスクをとことん洗い出して、求める機能を絞り込み、機能安全としてソフト・ハード処理で担保しました。結果的に、小型な汎用センサーでも大丈夫と全員が確信。また、新分野の開発とあって評価基準もないため、社内外を駆けずり回り、情報を集めては実践しました。思い返せば、アジャイル開発を地で行く日々でした(笑)。
結果、設計から品質保証までを9カ月で踏破しましたが、従来のやり方であればその数倍は要したでしょう。いよいよPoCを実施できるレベルになり、2019年に事業部門であるPPE(パナソニック プロダクションエンジニアリング株式会社)に移管されてロボティックモビリティプロジェクトが始動。ソフトウェア担当の重兼さんやメカ担当の永田さんたちが加わり、開発は次のフェーズへと進みました。
最高の機能は、現場によっては最適でない。
ー追従機能による隊列走行はどのように実現しているのでしょうか?
重兼:「追従」は簡単そうに見えて、それを構成する動作は複雑です。2つのLiDAR(光学センサー)を使った測定により空間のマッピングを行い、自機体の位置はタイヤの回転数で把握し、機体間の無線通信や前機体の反射マーカ追跡で隊列走行を行います。もちろん追従車の前に人や物が現れれば、センサーが感知して機体を自動でストップ。これにより安全性を担保しています。
永田:人ごみ走行や安全性能において、PiiMoは圧倒的に優れています。通常、LiDARはひとつのみの搭載が多く、感知面が課題でした。また、3〜5台程度の隊列走行が一般的な中、私たちは10台まで隊列走行が可能です。しかも、PiiMoはエレベーターなどで隊列が別れるシーンを想定して「一時解散モード」を設け、スタッフも移動不自由者も混乱を招かないしくみです。
廣瀬:スペック以上に、走行性能を高く評価いただいています。通常の追従走行は、前を行く機体をただ追跡するのみのためコーナーを回る際に後ろの車いすがどんどん内側にショートカットしてしまい、内側の障害物に接近してしまうことがあります。しかし、PiiMoでは前の機体の走行軌跡を忠実にたどっているため、全く同じルートを走行でき、安定走行の面では群を抜いています。
重兼:実は、当初のテスト機はコーナーを回る際に壁面にぶつかりそうになるなど、同じ問題が起こっていました。そこで、この課題にソフトウェアで対応。ここで生きたのが、パナソニックが得意としていた自律移動技術です。自律移動は「今自分がどこにいるか」、リアルタイムで自機体の位置を把握します。その上で前の機体の座標をもとに、追従するアルゴリズムを開発。こうした技術の組み合わせで、PiiMoは世界初となる10台追随を実現しています。
ー進化がすごいですね!
重兼:ただ、開発が順調かと言えば、全く逆。苦労の連続でした(笑)。成田空港やJR高輪ゲートウェイ駅など、さまざまなPoCは事前にひとつずつ問題点をつぶした上で臨みました。しかし、現場に行けば、課題が出てくる出てくる。特に、エレベーターでの移動はその最たるものでした。
当初想定していた運用方法は、エレベーターに乗る前にまずアプリで隊列を解散させ、全機が階移動を終えた後に隊列を再度アプリで組み直すというもの。しかし、この機能を使用したみなさんが右往左往する姿を見た時はショックでした。私たちは最高の機能を準備したつもりでしたが、使う人に親身になっているとは言えず、現場に寄り添った操作性改善をそこから徹底しました。
考えたのが、隊列から自由に離れられる「一時解散モード」です。必要な動作は、物理的にブレーキを解除するだけ。しかも、解散前と違う並び順でもOK。今まではアプリで複雑なタッチ操作が必要でしたが、ソフト・ハード・メカと多分野を合わせた改修を実施することで、アテンドする人がブレーキレバーを操作さえすれば、自由に隊列を組めるようにしました。
永田:今となっては、とてもいい失敗ができたと思います。私はメカ担当で、異動した時点では機構の大枠はでき上がっていましたが、PoCを通じて、そのブレーキレバーの設計を変更しました。もともとロック解除機能を持つブレーキは車いすのひじ掛け周辺にありましたが、アテンドする年配の方が毎回前かがみでロック解除を行っており、負担を減らせないかと考えたのがきっかけです。
「手元ブレーキ解除機構」はそこから生まれました。ブレーキはアテンドする人だけの機能と再定義して、押し手ハンドル付近に移して取り扱いしやすい形状に変更。結果的に隊列解散がしやすくなり、使用者の操作ステップで換算すると実に71%が削減できました。まだまだ途上ですが、誰でも使えるシンプル操作はPiiMoの大きな強みです。
重兼:いずれはスマホなども排して、ボタンひとつで望む動きができるようになればさらに使いやすくなるはず。今は空港にフォーカスして開発を進めていますが、活躍の場はさらなる広がりが予想されています。まずは使いやすいユーザビリティをしっかり構築して、どんな場でも対応できる製品に育て上げていきます。
MESSAGE
重兼:スマホアプリの操作性ひとつでこんなにお客さまの反応が変わるとは。でも、そんな体験が何度もあったことに最も驚きました。現場では使い勝手の一つひとつが大きな障壁になる。問題が起きて初めて知ることばかりで、本当にためになりました。追従走行という技術的な開発ができただけではだめで、その先にこそ本来は気を配る必要があったのです。
自律移動技術と自動停止機能はパナソニックの得意分野で、運転性能には大きな自信を持っていました。絶対に安全だと。なので、実際に現場でサービスとして利用してもらった時に、現場スタッフやお客さまがどう感じるか、想定しきれていませんでした。確かに、万一暴走でもしたらと思うと、サービス提供者は不安でしょう。でも、この言葉で私たちの目指す方向がはっきりしました。商品の進化は、やはりお客さまの声の先にあるのだと感じました。
廣瀬:低速モビリティが広がる社会になれば、障がいがある息子も暮らしやすくなるはず。そう思って、プロジェクト参加を志願しました。工学のみならず、心理学やユーザーインターフェースにつながるデザインなど、ロボットには幅広い知識が欠かせません。トラブルの原因が電気制御だけ、ソフトだけ、メカだけでなく、複雑に絡み合うことが多い。プロジェクトのメンバーは全く違う現場で経験を積んできた人が多く、パナソニックの「広さ」と「深さ」が結実しました。決してロボット専業メーカーにはできなかったと思います。
もともとブルーレイの量産設計を担当していた私にとって、ロボティックモビリティは新しい世界が開けた開発でした。家電の量産においては、既に実績のある機器をベースに、数十万台規模の製造で正しい品質を出せるよう基準に照らして開発することが多かった。しかし、本開発は全てが新規要素であり設計基準もなく、また量産数量も限られている状況です。そこで、安全性や品質の考え方を自ら設定すると共に、速く調達できる市販品を使いこなし最短でお客さまに提供していく、こうしたスピード重視な開発はとても勉強になりました。
永田:スピード重視な開発には戸惑いもありました。半数を先行納品、その3カ月後に残りを本番納品というスケジュールで進行している時に、先行納品直前に電波が不安定になるトラブルが発生。モジュールを養生テープで付け直して最適な配置を再検討し、カバーなどを急いで3Dプリンターで造形して先行導入を行いました。そして、3カ月後の本番では無事成形品を納入し、先行品も成型品に取り替えました。しかし、対応スピードにクライアントが喜んでくださり、新しい開発の扉が開けた気がしました。
光ディスクやディスプレイ、超音波診断装置など、今までに多くの分野に関わってきましたが、商品に結び付く開発は久しぶりで、自分が生み出したものを誰かに使ってもらえるうれしさを改めて噛みしめました。量産に立ちはだかったのはコストです。メカ部品で多用している板金構造では、精度と強度を維持したままつくりやすい構造にするため、板金のプロからも意見を求めました。コストダウンのために、あらゆる部材を再検討。コストと信頼性をしっかり両立させて、PiiMoの将来性をさらに広げていきたいと思います。
FUTURE
2020年秋にPiiMoがリリースされると、移動不自由者が多い病院や高齢者向け施設などから多くの関心が寄せられ、ロボティックモビリティへの期待値の高さがうかがえます。また、移動支援以外にも、新たな可能性を感じる潮流もあります。博物館や美術館、国によってはカジノなどのエンターテインメントの現場に導入して、来場者への付加価値を高める方法を模索。野外でのツアーも含めて、クライアントの世界観を広げるサービスとして、広く定着している未来もあるかもしれません。
〈関連リンク〉
[プレスリリース]ロボティックモビリティ「PiiMo」を活用したイベントパッケージを提供
*記事の内容は取材当時のものです。
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