AIを活用し、当社の材料開発を革新するキーパーソンになりたい。
「最後の決め手になったのは、人でした」。小林優希は、パナソニックを選んだ理由をこう語った。「冬のインターンシップの選考会の時でした。外でコートを脱いで会場に入ろうとしたところ、社員の方が急いで外まで出てきて『寒いからそのままで大丈夫ですよ』と、声をかけてくださったんです。また、インターンシップ中も、お仕事も忙しいなか、私の成長につながる指導やアドバイスをくださるなど、とても親切にしていただきました。このような社員のみなさんと一緒に働いてみたい。そして、長く働くうえでは『誰と働くか』は大切なのではないかと思いました」。
小林は、入社後、材料開発に、MI(マテリアルズ・インフォマティクス)を導入するための研究開発メンバーとして、技術開発センターに配属された。MIとは、AIや機械学習などデジタル技術を駆使することで、材料開発のプロセスを一新する画期的な手法として注目されている。
これまで長期間を要した新規材料の探索や材料開発を、大幅にスピードアップさせることが可能となる。たとえば、複数の素材を合成すると、その材料はどんな特性を持つか?これまでは実験などでしか得られなかったデータも、MIを使えば、機械学習(過去データの学習と予測)により、その特性を予測することができ、実験にかかる時間を節約できる。
1年目は、MIを活用する材料について学ぶために、回路材料開発課で電子回路に使われる多層基板材料の研究開発に従事した。材料開発のエンジニアとともに、新素材を探してさまざまな実験を繰り返しながら、材料の知識はもちろん、材料開発のエンジニアの考え方、求めることなどをつぶさに学んでいった。
そして、2年目からは、いよいよMIの取り組みが始まった。「当初は、事業部にMIの活用事例がなくゼロベースで検討する必要があり、社内外のセミナーや書籍から学びながら、ひとつずつできることを増やしていきました。私は、大学院で化合物の立体配座(空間的な原子の配置)や反応機構(化学反応の論理的推論)を研究していましたが、データを取得するための論理計算(シミュレーション)や、データの取り扱い方など学んだことが役に立ちました」。
そして、ある程度MI活用のベースができると、社内に向けてプレゼンテーションを行った。すると、興味を示した他部署から連携やMI活用の依頼の声がかかるようになった。
「いただいた依頼が、時には無理難題のように感じることもありますが、実験検討を行うメンバーとの議論や試行錯誤を繰り返しながら方法を導き出し、うまく実を結んだ時はとても嬉しく、やりがいを感じます。また、自分でプログラミングし、アルゴリズムを構築して、理想の素材モデルを組み立てていくプロセスは、技術者としての醍醐味でもあります」。
小林は、こうした取り組みやMIの価値を社内に広く知ってもらうために、チームのメンバーとともに論文にまとめ学会誌に投稿した。タイトルは、「熱硬化性樹脂コンポジットにおける物性予測に向けた機械学習モデル構築」。1年後、その論文の受賞(日本コンピューター化学会 2021年度 吉田賞)の知らせが届いた。論文が賞にエントリーされていたことすら知らなかった小林は、歓びよりも驚きの方が大きかった。
「MIは、自分たちでゼロベースからやってきた分、自信はありつつも、正直、本当にこれでいいのかなという不安もありました。でも、この受賞で、やってきたことは間違っていなかったんだと確信が持て、とても勇気づけられました」。
小林は、この仕事で大切にしていることがある。「MIと言うと、パソコンと向き合っていれば、AIが勝手に答えを出してくるようなイメージがありますが、実際は、いろんな方と関わらないと、いいアルゴリズムや素材モデルを構築することができません。やはり、実験検討を行うメンバーとのコミュニケーションを通して、何を求めているのかを突き詰める作業が欠かせません。また、チーム内で新しい技術を共有していくためにも、日頃の情報交換が大切だなと感じています」。
自社の材料開発に、MI導入を実現した小林に、これからの目標を尋ねた。「MIによって、これまで以上に高性能な材料の開発や開発期間の短縮、新たな知見の習得ができれば、材料開発におけるターニングポイントとなると考えます。また働き方改革という面でも貢献できるのではないかと感じています。そのためにも、まずはMIの成功事例を地道に一つひとつ増やしていくことが目標です。また、私自身としては、日々進化するMIの技術をアップデートし、部署内で早く使いこなせるようにしていきたいです。そして、いつか、当社の材料開発を革新するキーパーソンになりたいと思っています」。
<プロフィール>
*所属・内容等は取材当時のものです。