心にまっすぐ届く。業界の先駆者、中川政七商店に学ぶブランディング(前編)
デザイン本部の岡澤です。経営とデザイン、最近二つの距離は近くなってきたと感じます。1人のデザイナーとして、向き合うべきテーマだとも思うようになりました。そんな折、生活雑貨店を全国展開する奈良の老舗企業・中川政七商店の十三代目にお会いする機会をいただきました。中川さんは独自の経営改革で自社の売上高を3倍超に拡大し、工芸の再興に取り組んできたカリスマ。名経営者を前に緊張しつつも、ビジョンやブランディングの本質について伺いました。
本記事は2021年10月28日に収録したパナソニックミュージアム オンライン番組「起業家たちの“行き方 考え方” ~松下幸之助の現代性を探る~」の内容を再編集・構成したものです。
(本文太字は岡澤、細字は中川さんの発言)
今日、私は中川政七商店 奈良本店がある鹿猿狐ビルヂングにお邪魔しています。ならまちの古い空間に溶け込みながら、どこか新しさもある、奈良県民の私としてもうれしくなる空間です。早速ですが、中川政七商店と商品の特徴について、改めてお聞かせいただけますでしょうか?
中川政七商店は江戸時代中期の1716年(享保元年)、奈良晒(ならざらし)と呼ばれる麻織物を扱う問屋業からスタートしました。当時、麻織物は武士の正装である裃(かみしも)に使われていたのですが、時の幕府から奈良晒が御用品指定を受けたことで発展。当時はこの辺に60軒程度の問屋があったと聞いています。
しかし、明治時代になり武士がいなくなると一気に産業として廃れ、同時期に越後や近江など他産地の台頭もあって、今も続いているのは当社のみ。明治以降は僧侶の法衣といった着物関係や茶巾などを家内制手工業のような感じでほそぼそと作り続けてきました。
父が大手アパレル企業に勤めた後に、家業に戻ってきたときも、5人、10人で生産を続けている状況。その後、父が茶道具に事業を拡大し、従業員も30人を超えて会社らしくなってきたタイミングで株式会社化しました。今の雑貨事業の起点となった遊 中川を始めたのもこの頃。祖業である麻を用いて、日常生活で使ってもらえるものを消費者に届けたいと思ったのがきっかけです。
ただ、私が2002年に戻ってきたときは、お茶道具が主力で雑貨は赤字。まずは、雑貨事業の立て直しから始めました。さまざまな施策のうちの一つがブランドの認知度アップ。当時は卸が中心でしたが、お客様に認識してもらうために直営店を増やしていきました。そんな時に、ものづくりを担うメーカーがどんどん廃業していく現状を目の当たりにしたんです。当社は厳密にいうとファブレスなので、このままでは自分たちの商売が続けられない、何とか助けなきゃと。そこで“日本の工芸を元気にする!”というビジョンを2007年に提言し、業界特化型のコンサルティングを手掛けるようになりました。今は中川政七商店というブランドを中心に3ブランドでのべ60店舗を展開しています。
目の前にいくつか商品を並べていただいていますが、中川政七商店といえば、花ふきんですね。
看板商品であり、今では奈良の定番土産としても親しまれています。基になったのは蚊帳。明治期に麻織物産業が下火になったときに蚊帳に用いる生地「かや織」の生産にシフトする動きがあったものの、アルミサッシの台頭で需要は下落します。しかし、耐久性と給水性に優れた生地を何とか使えないかと母が考案し、商品化に至りました。
私も家で使っています。色がきれいですし、使うほど柔らかくなる感じも好きで気に入っています。
ありがとうございます。この花ふきん、なぜ大ヒットしたと思いますか?
なぜでしょう……、色がきれいだから? それとも有名な誰かが使ってくださったのでしょうか?
いえ、そうではないんです。私が入社した時、既に売れ筋だったのですが、当社の営業も皆「色がきれいだから」「柔らかいから」と言っていましたが、違うんです。ヒットの理由は大判薄手。通常ふきんは30センチ角で生地を8枚ほど重ねているのが多いですが、花ふきんは58センチ角で2枚重ね。使うときは折りたためば厚さが増して吸水性が高まる、干す時は広げれば、あっという間に乾く、雑菌が繁殖しにくいと人気が出ました。
確かに乾きやすいです。
でも、意外なことに社内の営業担当もそれをしっかり理解していなかった。そんな折、花ふきんをグッドデザイン賞に応募し、2008年の金賞を受賞しました。審査委員の方から先ほど申し上げた機能性の部分を評価いただけたのはもちろん、衰退しつつある地元の産業に新たな用途を見いだしたこともグッドデザインだと言っていただけたのがうれしかったですね。
本当に見てほしいところを評価いただけたのですね。
受賞以降は当社の営業も大判薄手をアピールしてくれるようになりました。
※後編では中川さんが中川政七商店に入られたころのことから、日本の工芸にかける思い、今後についてなどのお話を伺っています。