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時代の熱気を映す、プロダクトデザインの変遷。 ―大阪中之島美術館 開館記念展「みんなのまち 大阪の肖像」<後編>

8月6日から大阪中之島美術館でスタートする「みんなのまち 大阪の肖像 第2期/『祝祭』との共鳴。昭和戦後・平成・令和」に、パナソニック収蔵の歴史商品が多数展示されます。この街に生まれ、人々の暮らしに寄り添ってきた数々のプロダクト――。大阪中之島美術館の植木啓子さんとパナソニックミュージアムの川原、デザイン本部の坂本が、展示に込めたそれぞれの思いを語り合いました。

時代の変化が表れた、2台の家具調テレビ

――ここに注目してほしい!と植木さんが考える展示は?

植木:実物大の家を再現するとき、絶対に入れたかったのに却下されてしまったものが、松下電工の「三角タップ」です。個人的には、パナソニックの製品デザインの中である意味、究極の到達点だと思うのですが、展覧会映えという視点ではこれほど映えないものはないですよね(笑)。結局、三角タップは家の外で展示することにしたのですが。それを除いてイチオシとなれば三洋電機の「日本」と松下電器産業の「嵯峨」です。この2台が並ぶ展示は、テレビの造形的な捉え方、空間の中の存在が変わったといった意味でとても貴重です。

ハイ三角タップ WH2012/1962年 松下電工株式会社

発売はいずれも1965年。カラーテレビはめちゃくちゃ高くて、売れるのはまだ白黒テレビ。その販売台数が落ち込んだとき出てきたのがこの家具調テレビです。スタイリングを変えてヒットする、外側のデザインが大きな影響を与えたことが面白くて。テレビは映し出す箱、単なる機械から豊かな暮らしを彩るインテリアになった。暮らしと商品開発のタイミングがうまく一致したんです。北欧家具をモデルにしているのですが、むしろ日本的なデザインとして受け入れられました。デザインは、発信側の考えと受け取る側の考えが異なったとしても、成功するものは成功する。これは、幸せな一致ですよね。

テレビ 嵯峨 TC-96G/1965年 松下電器産業株式会社

川原:無垢材を使ったスタイリッシュな「嵯峨」は、ロングヒットを飛ばしました。居間にも和室にも心地よく収まるんですね。また、偶然全く同じ時期に三洋電機から同じようなコンセプトのテレビが出てきたのがとても面白い。「嵯峨」と「日本」が並ぶ展示には私も思い入れがあります。それまでテレビ、ステレオと単体で考えられていたカタチが、日本人の住空間を意識したデザインへと進んでいくという時代の変化点があります。1953年の電化元年から始まる今回の展覧会は時系列でご覧いただけるので、そうした時代や暮らしの変化を感じることができると思います。

テレビ 日本/1966年 三洋電機株式会社

坂本:家電製品の変遷をデザインの観点から考察すると、一通り家庭にいきわたったテレビがいったん売れなくなった1964年の東京オリンピックの後、「嵯峨」は再び起爆剤になっています。世の中に製品が普及し、変化が求められると新しいものが出てくる、という変遷が見えますね。床置きテレビ「αTUBE」も展示していますが、これも普通のテレビが成熟してきた中で出てきたものです。その時代の流れを突破したいという思いが、時系列に並べると見えてくると思います。

テレビモニターアルファチューブ TH28-DM03/1985年 松下電器産業株式会社

植木:実は、最初に出た家具調の家電はテレビではなくオーディオなんです。今回展示する「飛鳥」は住空間に非常にしっくりなじむ。サイドボード型でインテリアのエレメントとしても面白いんです。でも「飛鳥」が家具調テレビのように一般に普及したかといえば、そうでもない。さらに、家具調の冷蔵庫もありましたが普及しなかった。その機能も含めて、暮らしの中でどう見せたいのかが一つの分かれ目になったのかもしれませんね。

アンサンブルステレオ 飛鳥 SE-200/1963年 松下電器産業株式会社

また、1980~90年代は個々の好みが多様化していき、家電にも豊かな個性が見られますが、以降はその多様性が急速にシュリンクしていきます。今回の展示で、三洋電機さんの「it'sシリーズ」や知育家電「ROBOシリーズ」を出展していますが、あのあたりは家電が表現の媒体になったピークでしょう。時代の流れと家電の変遷の見え方は各世代で異なると思いますし、いろいろな見方をしていただきたいですね。

it's シリーズ/1984年 三洋電機株式会社
知育家電 ROBOシリーズ/1989年 三洋電機株式会社

より多くの記録を積み重ね、記憶をつなぎたい

――プロダクトアーカイブの価値とその難しさとは?

植木:IDAPの目的は非常にシンプルで、放っておいたらなくなってしまうものを記録して残しておく、これに尽きるんです。「どの記録を残していくか」については現時点で要不要の判断をするのではなくて、とにかく、今、残しておけるものは全部残しておこうと。パナソニックで保管されている歴史商品についても、できるだけ数多く残していこうと思っています。

「昔のデザインの価値」を問われると答えは難しいかもしれません。でも、どういう状況の中で、どういう発想をし、どうデザインに取り込むかという構想力は、現代にも応用できるのではないかなと思います。パナソニックミュージアムの歴史商品は誰も捨てようと言わなかった、長い長い時間のテストに耐えてきたものが残っているわけですよね。やはりそこに何かがある。それが何か、というのは未来に託したい。そのための財産をどんどん蓄積して、整理して見やすくして、簡単に掘り起こせるようにしておこうと。

またIDAPでは、ものだけでなくオーラル・ヒストリー(口述歴史)も重視しています。これは開発者に今インタビューしないと全て失われていきます。記憶を記録として残しておかないと、歴史的になかったことになってしまう。製品開発に投じられた能力、知力、体力、それらをゼロにしてしまうのはあまりにもったいない。将来の研究や活用を考えたら、残せるものは残しておきたい。

川原:製品は、発売された時にまず本来の役割で活躍し、やがてその役割を終えます。しかしこうして展示されることで、二度目の脚光を浴びると同時に、開発者たちへ過去への学びと未来のモノづくりのヒントを提供することができます。私は最初にIDAPの話を伺ったとき、植木さんの「線で残したい」という言葉がとてもステキだと思い印象に残っています。時代の変化点を探ってみると、ヒット商品や注目を浴びた商品ではなく、案外その前後の製品にそのきっかけがあったというのはよくあることです。パナソニックでは、ミュージアムだけでなく、各事業会社でもさまざまなエポックメイキングな製品が保存されていますのでぜひ、それらを単体でなく、線で残したい。その線がつながっていれば、後々に振り返って研究をすることができます。IDAPの活動を通じて、大阪中之島美術館さんや他社さんとも一緒に情報を蓄積していけたら、戦後の生活の変遷を知る上での大きな遺産になっていくはずです。

坂本:パナソニックだけでなく社外にもオープンにして学術的な研究がなされたり、第三者に時代を超えて何かを感じてもらえたりするのは、とてもありがたい機会だと思います。懐かしいと思っていただける世代の方はもちろんですが、若い方にも決してレトロな興味だけではなく、その時代を彩ったプロダクトに直感的に向き合っていただければと思います。

この会期中には、製品の展示だけでなく、レトロ家電ハックプロジェクト「リミックス」の展示と、参加型ワークショップも企画しています。今、若い人たちがどうやって音楽に触れているかというと、ネットの世界から落ちてくる音楽を手元のスマートフォンで拾っている。ネット検索をして楽しむことに慣れている若い人たちに「楽しみのかみしめ方」みたいなものを提案できたら。感じること――、それがデザインです。自分で描いた絵が音に変わるというワークショップも実施する予定です。音楽を聴く原理と基本は同じで、こんな楽しみ方もできるんだと感じてもらえたらうれしいですね。

執筆:末松翔平 編集:畠中博文 写真:海野貴典

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