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教育から、“共育”へ。『未来の教育会議 from AkeruE』オープニングイベント【前編】

わたしたちは、嵐の日も、おだやかな日も、夜も昼も探検にでかけていきます。それは、なにかを教えるためにではなく、いっしょに楽しむためなのです。

(出典:『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン著,上遠恵子訳,新潮社,1996年)

この、環境保護運動のパイオニアとしても知られるレイチェル・カーソンが、幼い甥と海や森を巡り、星空を眺めた記憶が描かれた優しく美しい遺作『センス・オブ・ワンダー』の一節のように、「一方的な教育ではなく、ともに楽しみながら気づき、学び合う場を創りたい」そんな想いを胸に、パナソニックは、ひらめきをカタチにするミュージアム「AkeruE(アケルエ)」をオープンしました。

2021年4月3日のオープニングイベントでは、AkeruEのビジョンに賛同いただいた、教育、テクノロジー、アートの領域で活躍する方たちと、これからの教育について考えるトークセッション『未来の教育会議 from AkeruE』を行いました。

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<セッション①『これからの時代に必要な教育とは?』>
●登壇者

・井上 祐巳梨氏(STEAM JAPAN編集長、株式会社Barbara Pool 代表取締役)
・中島 さち子氏(ジャズピアニスト、数学研究者、STEAM教育者)
・松本 理寿輝氏(まちの保育園・こども園/まちの研究所株式会社 代表)
・池之内 章(パナソニック株式会社 パナソニックセンター東京 所長)

●ファシリテーター
・松井 創氏(株式会社ロフトワーク Layout Unit CLO)

誰もが創造性に向き合う文化を育てる場所

ジャズピアニストで数学研究者でもある中島さち子さんは、「創造性の民主化」という言葉でこれからの時代を表現します。

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中島: 幼いころ、誰もが砂場あそびで自由な発想で好きなものをつくっていたように、本来創造性とはみんな自然に持っているものです。今はテクノロジーのおかげで、知にアクセスし、誰かとつながり、発信することが容易な環境にありますよね。

だからこそ今までは出会わなかったものが絡み合い、社会は複雑になっていく。現代のような「先が見えない時代」は、問いそのものから創造する必要があると思います。万人が創造性に向き合う文化を育てる場として、AkeruEに期待しています。

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中島: 境界や分断を破壊していくことで、今までは共創関係になかった人たちが共感し合い新しい何かを生み出していける。そのような取り組み方が、自分の創造性を拡張し世界の見え方を変えていくと思います。

学びを実社会に還元する

子どもたちが楽しく学べる場所でありたい。そんなAkeruEを紐とくにあたり、そもそも、「学ぶ」とは何なのか改めて考えます。

まちの保育園・こども園・まちの研究所株式会社代表の松本理寿輝さんはそのポイントをこんな言葉で表現します。

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松本: 学ぶという行為のポイントは「世界を察知するアンテナの表面積をいかに広げるか」だと思います。アプローチは2つ。

まず、言語だけで世界とコミュニケーションしないこと。別の言い方をすれば、100の“ことば”で世界と関わるということです。描く、奏でる、造形する……あらゆる表現を“ことば”としてとらえ、世界とつながろうとするのが重要だと考えています。

もう1つは、他者の考え方を知ること。子どもだけでなく大人も一緒に問いを共有していくことで、一人では気づけなかった世界を発見できる。AkeruEにはそのアプローチをたくさん感じました。

ここは、“大人”と”子ども”、“教える側”と”教わる側”、“あっち”と”こっち”という境界をつくらずに、誰もが当事者になる場所ですね。

アンテナをひろげ、発信する力を養うキーワードとして、AkeruEでは「STEAM」という考え方を取り入れています。

「STEAM」とは、SCIENCE(科学)、TECHNOLOGY(技術)、ART(芸術)、ENGINEERING(工学)、MATHEMATICS(数学)の5つの分野を横断する創造的な学びです。

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STEAM JAPAN編集長の井上祐巳梨さんは、STEAM教育の重要性と今後の日本に求められる姿勢を以下のように示唆します。

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井上: 文部科学省では、STEAM教育を「教科横断型の実社会につながる学び」と定義づけています。この「学びが実社会に還元される」という点が、今の日本には重要です。

2019年に18歳を対象に行われた意識調査で、「自分が日本の社会を変えられる」と回答したパーセンテージは20%を下回っています。世界を自分ごと化する、というマインドセットが求められる今、実社会と結びついたSTEAM教育は非常に有効です。

イベントのファシリテーターであり、AkeruEのボードメンバーである松井創さんは、当事者意識の芽生えとしてこんなエピソードを共有しました。

松井: AkeruEの映像を制作できるPHOTON(フォトン)というブースで子どもたちがムービーを作ってくれました。完成した作品を上映すると、大人も子どもも大拍手。

制作者の子どもにとって、「自分も誰かを感動させることができるんだ」という成功体験になりました。それは「自分には社会を変える力がある」というマインドにつながると思います。

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「物」をつくる前に「人」をつくる

AkeruEのような場をパナソニックが自社のコーポレートショウルームの中にオープンさせた背景には、松下幸之助創業者から受け継ぐDNAがあります。パナソニックセンター東京所長・池之内さんは、会社に根付く考え方を紹介しました。

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池之内: 創業者には「企業は社会の公器である」という強い想いがありました。パナソニックが目指している「A Better Life, A Better World」の実現には、一人ひとりのくらしに寄り添い、世界全体をより良くするという理念が込められています。製品をご利用いただくだけではなく、「物」を作る前に「人」を作る会社であるという創業者の言葉に現れているように、当社は未来のために人を育てるという使命感も深く根付いているんです。

とはいえ、いち企業にできることは限界があります。だからAkeruEはオープンで開かれた場として、想いに共感してくれる方の参加を期待しています。

このコミュニティの考え方は、先の松本さんのお話につながるものがあります。学びに関するセッションで、松本さんは「全員が参加者である」というスタンスを、「アクティブラーナーは境界を持たない」という言葉で表現しました。

企業からの一方的なメッセージではなく、誰もが自分の場所としてAkeruEを使ってほしい。そうやって境い目を越えていくことは、世界を分断せず、知識や経験を縦横無尽に組み合わせ、人類共通の目標に取り組むSDGs的な発想につながる姿勢です。

さらに井上さんからは、AkeruEへの期待することとして、具体的な活用のアイデアも。

井上: オンラインとオフラインを組み合わせれば、都市部だけではなく地方の子どもたちともつながることができる。地域のリアルな課題にみんなでチャレンジするハブとしてAkeruEが機能したら良いなと思います。こういった活用方法も、大人だけではなく子どもたちからもアイデアが寄せられたらすばらしいですね。

実際に展示された子どもたちの作品を見た中島さんは、その一つひとつに込められたコンセプトに気づかされた点もあったと言います。

中島: 「本当のもの」を分解してみるというのも良いと思います。パナソニックの製品であったり、実際にコンセプトがあるものを壊し、自分なりに創りかえ、発信していく。そうして世界とつながっていく体験ができると大人も子どももワクワクしそうですね。

教育から、“共育”へ――。

セッションは、そんな言葉で幕を閉じました。一方向に流れてくる情報を処理するのではなく、絡まり、ぶつかり、変化し合う空間に身を置いてみる。双方向につながり合い、自分と世界の境界が曖昧になったとき、人はどこまでも突き進んでいけるのかもしれません。

最後に再び、レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』から、こんな一節を引用して締めくくりたいと思います。AkeruEプロジェクトの傍らにいつもあった本著は、メンバーにとって憧れであり、指針であり、ひらめきの源泉です。

自分の好奇心と出会えたときの感動が、一人でも多くの人に訪れますように。AkeruEへの期待と、そこに携わる者として「こうありたい」という決意を込めて。

もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。(中略)妖精の力にたよらないで、生まれつきそなわっている子どもの「センス・オブ・ワンダー」をいつも新鮮にたもちつづけるためには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります。

(出典:『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン著,上遠恵子訳,新潮社,1996年)

構成・文/串田未来(「ソウゾウノート」編集部)

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